第四十二話 プロローグ
第二部スタートです。
章題はネタバレ防止のため、終了後に付けますのでよろしくお願いいたします。
水も滴る良い女なんて言葉があるけれど、まさかこんな事になるとはね。
どうやら閻魔様は気が狂ったらしい。
生まれ落ちた湖で生存競争に勝ち残ったまでは良いけれど、まさかこのまま水の中で人生を終えるわけにもいかない。
でもねえ。
この姿じゃあ、人型とは言え、ひのきの棒か何かで叩かれちゃいそう。
ぷるぷる。
私と一緒に発生した御同類や、キモ過ぎて引いた人面魚なんかをすっかり駆逐して、もうこの湖にいる異形は私一人だ。
初めの頃にあった妙に淀んだ空気も無くなり、湖は恐らくは平時の姿を取り戻しているのだろう。
私?
私は良いのよ。
湖面から頭を出して、上空の景色を眺める。
湖に落ちる滝から散る飛沫によって、大きな虹がそこには掛かっていた。
それが鏡の様に湖面に反射して、波紋に揺れる上下逆さまの虹を創り出していた。
うーん。実に幻想的ね。
そうやってこれからの事を思案しながらプカプカと浮いていた所、何やら妙な気配が近づいてきた。
意識を集中して探ってみたところ、どうやら近くの街に住む人間の一団がやって来たようだった。
何人かの気配に覚えがあった。
これでも一応、何度か情報を得ようと湖の外に出かけたことはある。
けれどもその際に、うっかり姿を見られてしまう事態が何度かあった。
透明な水の塊で出来た裸の女のインパクトは中々のものだったらしく、大体素っ頓狂な声を上げて逃げられてしまった。
色を付けるべきだったか。
そんなくだらないことを考えていると、湖のほとりにその一団が姿を現した。
勿論、私はそれを水の中に隠れて観察する。
おっぱいに目が釘付けになっていた少年二人。
おっぱいに目が行った後逃げて行った青年一人。
凝った装いのローブを身に着けた厳ついおっさん共、沢山。
その何人かは、見事に禿散らかしている。
あー出ていく気が失せたわー。
居留守を決め込もうとしたその時、むさい男共の後ろから、地面まで届きそうな淡い水色の髪を揺らしながら、とんでもない美少女が現れた。
その手には、鈴なりになった小さな宝石の様な物が沢山付いた錫杖を持っており、服装も他の人間と比べて明らかに高価な素材を使用している。
分かった。
聖女ね。
はいはい、もう服装からして聖女。
錫杖、宗教色溢れる服装、更に男共より立場の高い少女と来たら、それはもう聖女でしょ。
古今東西、物語のテンプレとして死ぬほど書かれている。
でも、私が死んだ頃は、そうでもないんだっけ? 良くは知らないけど。
「この湖に魔物が逃げ込んだと言うのですか? ここはグラガナン=ガシャ様がおわす霊峰より湧き出でる霊水の溜まる湖。そのようなことはあり得ませんぞ」
禿その一が、いたいけな少年に向かって疑惑の目線を向ける。
これだから男性ホルモン旺盛な男は。
その子はちゃんと、私のおっぱいを目で追ってましたー。
そしてここに入るところまで、ばっちり見られてましたー。
「まあまあプレキマス殿。目撃者は他にも大勢おりますのでな。……些か、破廉恥な証言もございましたが」
禿その二が、その一を窘める。
誰が破廉恥だこら。
エロいと言え。
いや、やっぱり言わなくていい。聖女ちゃんがすっごいキョトンとした表情をしている。
何となく、汚しちゃダメな感じがする。
私が汚れってわけじゃないわよ。
今は透明だし。
「態々ご足労頂き、誠に申し訳ございません。それで……如何でしょうか」
禿その三が……やはり多いな、禿。
兎に角、取り巻きが少女に向かって何かを問いかける。
少女は自分の持つ錫杖の先端を湖に入れると、薄っすらと目を開けた状態で、何やら呟き始めた。
暫くして湖から錫杖を引き上げると、湖面を見つめたまま背後の人間達に向けて話をする。
「そうですね……おります。でもこれは、魔物……?」
鈴が転がる様な可愛らしい声で、少女はそう告げた。
途端に騒めき立つ野郎共。
バレたかー。
この水の中で透明な私の姿を肉眼で捉えることは不可能だろう。
だが、少女が錫杖を入れた後、私には、まるで全身の輪郭を確かめるかのように撫でられた感覚があった。
所謂、魔法ってやつかも知れない。
「もし……この霊泉に住まう御方。聞こえていましたら姿を見せていただけませんか?」
少女は丁寧な口調で、私の位置を正確に見据えながら話しかけてきた。
まいった。
凄いなこの子。
完全に捕捉されているなら、隠れているのは印象が悪い。
この場所は気に入っていたが、もしやられそうになったら逃げよう。
私はゆっくりと浮き上がる様にして湖面から姿を現した。
足の先まで露になった私は、カッコつける意味も込めて、まるで地面に立っているかのように水面に立つ。
その際、腕は胸の下で組むのを忘れない。
癪だが、男共にはこれをやった方がウケも良いだろう。
うむ、目線が来てるわね。アホか。
だけど、私に話しかけてきた少女だけは、そんな間抜け共とは違って、真っすぐに私の顔を見つめていた。
私も、少女のその整った顔立ちを正面から見据える。
あれ?
うわ。
マジか。
そういうの有り?
そういう事なわけ?
まいった。
これはまいった。
そういう事なら、逃げるのは、ないわね。
私は自分の体色を彼女の髪よりも若干濃い青色に変化させると、そのまま湖面を歩いて行った。
彼女との距離が縮まる。
それを見た取り巻き達が、慌てて自分たちの後ろに少女を隠そうとしたが、彼女はそれを制し、私から目線を外そうとしなかった。
私はついに湖のほとりまでたどり着いた。
「私の言葉が通じるのですね。『奇妙な魔物』さん」
その言い分に引っかかるものを感じたが、私はその質問に頷いた。
その結果に他の人間達がどよめく。
「私の名前はサーレイン・ボイボスティア。もしかしたら、貴女にもお名前があるのではないでしょうか?」
随分長い名前だと私は思った。
昔は、確か、もっと普通の名前だったと思ったけれど、流石に覚えていない。
自分の名前も覚えていないのだから仕方がない。
名前ねえ……・。
よし決めた。
「『ゼラ』よ。サーレイン。私はゼラ」
何だ?
皆、滅茶苦茶驚いてる。
「しゃ、喋れるのですか?」
サーレインがその表情を可愛らしく崩しながら言った。
そりゃあ喋れるわよ。
この身体で喋れる理屈は、全然わからないけど。
魔物だから喋れないって言うのは、頭が固いんじゃないかと思う。
こんな身体に生まれ変わった時点で、何だって有りだと私は思うのだ。
そうだ。
お喋りついでに、お決まりのセリフでも言ってみようかしら。
「こう見えて、悪いスライムじゃないわ。よろしくね、サーレイン」
そう言って私はにっこりとほほ笑んだ。
これが、私と、彼女との、この世界での再会だった。
転生したらスライム娘だった件について。
転スラ大好き。だから許してください。