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第四〇話 私のノゾミ

 咄嗟に両腕を構える。


 その腕が、連続して通過した何かに輪切りにされていった。


 転がりながらその場から離れる。


 その空間を赤い何かが乱舞する。


 地面が爆ぜ、それを行った存在を見やる。


 赤い鞭だ。


 戦車の残骸から一本の赤い鞭が飛び出ていた。


 急速に腕を修復しながら、その残骸から離れようとする。


 その動きは、しかして横薙ぎに振られた鞭によって阻止される。


 それは今度は私の右腕を切断することなく巻き付くと、自身の根元に向かって引き寄せる。


 抵抗を試みるが、その力に逆らう事が出来ない。


 引きずられるように、少しずつ残骸に引き寄せられて行く。


 自切を行おうとしても、接触部から流し込まれる魔力によって、それも阻害されてしまった。


 甘く、苦い香りがする。


「そう邪険にするな。私が褒めてやっているのだ」


 赤黒い粘性の液体が、気泡がはじける音と共に立ち上る。


 残骸から、その鞭の発生源が姿を現した。


 邪血。


 それに塗れた魔窟核が、赤黒い血の塔の中に納まっていた。


 やがて核を覆うそれはこちらに向かって右手を伸ばす女性の姿を取る。


 その手の先からは私を拘束している鞭状の物体が飛び出していた。


 ズヌバ。


 貴様、ずっと中にいたのか。


「そうだとも。外の様子は見え無かったがな。流石は今代の勇者だ。まさか勝つとは」


 どんどん奴に向かって引き寄せられて行く。


 全身を真っ赤に染めた人型のそれが残った左手をこちらに向けた。


 瞬間、そこから飛び出した同様の物体が私の首に巻き付き、その引き寄せる力を強める。


「本当におめでとう。貴様には資格があることがわかった」


 流し込まれる魔力が増える。


 頭が、いや、心が痺れていくようだ。


 甘い香りがする。


「嘗て私が戦った際に負けたのは、実に簡単な理由だった。学んだよ。私には仲間がいなかったからだ。仲間とは実に素晴らしいものだな」


 なおも抵抗を続ける私を見たズヌバは、その両手を大きく広げる。


 いつの間にか周囲からは魔法が飛んで来ていた。


 状況を見た防衛隊が放ったものだろう。


 しかし雨の様に降り注ぐそれらは、ズヌバの腕から発せられた正体不明の波動によって掻き消されて行く。


 次々と飛来する魔法その全てが打ち消され、それを構成していた魔力が空間に残留する。


 そして、血で出来た身体でどのようにしてかは分からないが、奴が指を鳴らす。


 すると残留していた魔力が不気味な赤色の光弾と化し、元々の持ち主の所へ返って行った。


 着弾の衝撃と悲鳴が伝わってくる。


「私と共に、生きて行こうではないか。もう何者にもおもんぱかる必要は無い、へりくだる必要も無い。気に入らぬものを否定し、好きな物だけを肯定して生きて行ける。傲岸不遜と思うか? いいや、これが『自由』だ」


 遂に耐えられなくなり、戦車の残骸に私の身体が叩きつけられる。


「自由に生きていく事に何の罪が有ろうか。己の欲望を満たすことに何の負い目が有ろうか」


 奴が残骸に埋もれる私を見下ろす。


 身体に奴の魔力が流し込まれて行くのが分かった。


「分かるだろう? 誰かの自由のために、自分が不自由を強いられることの理不尽さが」


 それは、理解出来る。出来てしまう。


 世界は、自分の思い通りにならない事は身に染みて理解出来ている。


 悲しい事や、悔しい事、どうにもならないことをどうにかしたいと願っても、それは叶うことなど、無い。


 自分に何の非が有るのか。


 何故、他人から押し付けられた理不尽に、自分の身を焼かなければならないのか。


 赤黒い魔力で視界が染まる。


 甘い匂いがする。


「己の心に素直になれ、アダム。それは欲望では無い。お前が得るべき対価だ。新しく得た命は、何のためにある?」


 何のため?


 私の脳裏にライラの顔が思い浮かぶ。


 古ぼけた写真のような記憶がそれに重なる。


 やがて同様の記憶が瞬くように続く。


 刺すような苦しみが私の心に満ちた。


 何故、あの子が死ななければならない。


 何故?


 病気になってしまったのは誰の所為だ?


 治せないのは誰の所為だ?


 死んでしまったのは誰の所為だ?


 もっと楽しい思いをさせてあげたかった。


 色々な所へ遊びに行かせてやりたかった。


 友達と遊ばせてやりたかった。


 学校に行かせてやりたかった。


 成人式に出させてやりたかった。


 恋人なぞ作ってそれを渋々認めてやりたかった。


 もっと、もっと、もっと、もっと。


 幸せに、してあげたかった。



 最早、何もかも叶わない、夢だった。



 心から、愛していた。


 愛している。



「手を伸ばせアダム。最早――叶わぬ夢では無い」



 愛している。


 愛している。


 愛している。


 そう――愛している。


 心から。


 甘い匂いがする。


 甘いニオイガする。


 アマいニオイガする。


 アマイニオイガスル。



『――お父さん』



 ふと、誰かに呼ばれた気がした。


 昔の記憶に呼ばれた気がした。


 気がしただけだ。


 それだけだった。


 だが、思い出した事があった。


 甘い匂いが――した。


 全身を赤い血に侵されつつあった私の身体に青い光が宿る。


 私の核から青い光が漏れ出る。


 私の心から、光が溢れた。


 それは邪血と拮抗して、身体中を駆け巡った。


「何っ!?」


 僅かに拘束が緩んだ瞬間、私は身体を戦車の残骸に向けて叩きつけた。


 身体が残骸に埋もれる。


 だが、それでもズヌバは小動こゆるぎもしない。


「そうか。せっかく生き返ったというのに無駄にしたな。哀れな男よ」


 ズヌバはそれだけ言うと、その腕を幾本もの鞭に変え、私の身体を貫いた。


 両腕でなんとか核への攻撃を防ごうとするが、それは無駄だった。


 奴は私の抵抗をあざ笑うかのように、わざと核周辺に鞭を突き刺し、それを抉り出そうとする。


 身体が持ち上がる。


 青い光が、再度冒されて行く。


「土くれに戻ると良い」


 そんな物には初めから成っている。


 私は死んだ。


 それがたまたま、どういう訳か動いているだけの存在に過ぎない。


 今この時は妄執で続いた延長戦の様なものだ。

 

 お前も死ぬべきだったのだ。


 それが酷く悲しい事も、苦しい事も、私には理解できた。


 死にたくなどなかったのだろう。


 何と言われようとも、納得など出来ないだろう。


 泣きたいくらい、目の前の相手が理解出来た。


 だが、お前は理不尽になり過ぎた。


 命の最期を穢し過ぎたのだ。

 

 お前は、もう、死なねばならない。


 身体が持ち上がった事で、戦車の残骸に埋もれていた私の右脚がその中から現れる。


 その爪先つまさきには、緋色に輝く槍の穂先が埋め込まれていた。


 ズヌバは、その輝きに一瞬目を奪われ、驚愕に目を見開いた。


 そして、私も死なねばならない時が来た。


 そういう事だった。


 核が抉り出されるその前に、残る全ての力を込めた右脚を、奴の身体に取り込まれた魔窟核に向かって、身体を捻りながら蹴り上げる。


 穂先は、吸い込まれる様に核へと突き刺さった。


 緋色の稲妻が、ズヌバの邪血を焼いて行く。


「馬鹿な!! ヒヒイロカネの……! 貴様!?」


 生きた証は残る――ものだ。


 どんなに栄光に――満ちていても、惨めでも、結末は――それぞれだ。


 だが、それぞれの命の終わりに、残るもの――は――きっとある。


 私の願望に過ぎないだろう――が、そう思ってい――る。


 遠くに――少女が――見え――る。


 ライ――ラ、最期にこの名前で呼ぶ――こと――を許してくれ。


 私の――愛する――娘――『ノゾミ』――この世界で、幸せに――しあ、わせに――なっ――。


 穂先を捻る。


 ズヌバの絶叫と共に、光が溢れた。


 その光は辺り一帯を飲み込んでいく。


 そして、やがて私の意識もまた、その光に溶けるように薄れて行った。


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