第四話 グーパンは全てを解決する
体の一部を岩石に換装してからの私の活躍は、まさしく八面六臂といったところだ。
雑魚しか相手にしていないことは考えてはいけない。
手首から先が岩になったため、スケルトンの残骸などを使わなくても、効率的に魔窟の壁が掘削が出来るようになったのもかなり大きい。
私の自室(ということにした)にはそれらで得た、潤沢な素材を使用してのスペアパーツが並んでいる。
ちょっと不気味ではあるが、土の身体と違って岩の部分はどうしても破損の修復が難しいためだ。
岩石の手を手に入れてからどのくらいの時間が過ぎたのかはわからないが、実はすでに全身を岩石に換装し、稼働させることができるだけの魔力は得ている。
だが実際にそれで運用をしてみた際、維持と動作に必要な魔力のバランスが取れず、緩慢な動作しか行えないことが判明したのだ。
その問題は単純に魔力量の増加で解決が図れるだろうが、さらに問題として、土と違って岩石などの硬度がそれなりにある素材の場合、滑らかな動作には『関節』に当たる部位が別に必要となることも判明した。
例えば、身体を土で作るとして、その際肩から指先までの『腕』を全て岩石製にする場合、一本の大きな腕状の岩では、土の身体と接続している肩の部分でしか上手く動かすことが出来ないのだ。
これを人間の腕の様に動かすには、肘と手首の部分で分割して、繋ぎの部分をまた別に用意する必要があった。手指を作成した場合は、そちらの開閉も同様である。
また、異なる素材同士を接合させる際には、その接合部の維持に多めの魔力を使用することも分かっている。
そういった点を踏まえて、現在私の身体は頭、胸、両手首が岩石であり、それ以外は密度を増した土で構成されている。因みに首に当たる部位は存在しない。シルエットで言えばTシャツの襟首を頭から被った人の様に見える。
頭が岩石製なのは、両手と胸部だけが岩になっている場合、容易に核の位置が悟られてしまうのではという不安からだ。正直あまり効果は無いのではないかと思っている。
だが、この頭部作成の際に別の重要な器官について新事実が判明した。
それは、視覚と聴覚を担う感覚器官についてである。
元々、かなり鈍い感覚とはいえ、どうやってこの身体で見たり聞いたりしているかは疑問だった。だがそれも、頭を挿げ替えようとした際にその方法が判明した。
視覚は透明度を持った鉱物質、聴覚は全身の砂状質がその役割を担うのだ。
いきなり視界がほとんど失われたのと、音を受け取る部位が減ったためか、聴力がガクンと落ちたのには心底肝が冷えた。急いで頭を戻し、改めて自分の頭部の構成を確認してその事実が分かったのだった。
どうやら視界がぼやけていたのは、目に当たる部分にはめ込まれていた天然ガラスの透明度が低かったためであり、さらに元々の頭部においては他の部位よりもずっと土の粒子が細かくなっていた。
新しい頭部作成の際にはそういった所も改善処置を行い、結果として視界は良好となり、聴力もかなり良くなったように思う。
また副産物として、必ずしも目に当たる鉱物質は頭部になくてもよいという事も判明した。そのため、手のひらに埋め込んだガラスを利用して自分の全身をようやく客観的な視点から確認する事もできた。
その様子が、どう見ても自撮りをしているかの様だったのは、どうでも良いことだ。
また、頭部の両目以外にも、胸部肩口付近と、首は無いがうなじにあたる部位にも小粒だが透明度の高い鉱石を埋め込んだ。これにより、全天の視界を確保することにも成功している。
これでもし頭部が破壊されても「まだメインカメラをやられただけだ」と言えるわけだ。
残念ながら声が出せる体ではないが。
こうしてかなりの改善、改造を行った身体で、私は更なる探索の旅へ出た。正直このあたりの魔物を倒しても、もう殆ど自分の魔力が向上する感覚を得られ無くなってきたからだ。
既に発見していた下の階層への入り口を降り、私は未知の世界へと足を踏み入れる。
結果は、拍子抜け、といったところだった。
死角のほぼ存在しない視界には包囲も効果が落ちる。群がる魔物をばったばったと薙ぎ倒し、大きな部屋を見つければ一旦そこを拠点として予備パーツ作成と、自己改造の試行錯誤を行う。
もし、部屋が見つからなくとも、素材集めを兼ねた採掘である程度の大きさの部屋は掘れる。
降りた先の層に現れる魔物は、やはりその深さと比例するかのように、最初にいた層の魔物達と比べて明らかに強さが増していった。
スケルトンは節々の鋭角さを増し、時に色が赤や黒など異なるものが現れ、更にはどこから調達したのか金属性の武具を身に着ける者さえも現れた。
ゴブリンは、その体格と醜悪さを増し、岩の棍棒を叩きつけてくる。時に、体は小さいが、骨製の杖から火球を放つローブ姿の個体まで存在していた。
スライムはその大きさたるや、既に一抱え程もあり、核を破壊すれば良いのは共通だが、酸による腐食攻撃は非常に厄介で、彼らはこの魔窟の中で私が最も苦手とする魔物となった。
だが私はその悉くを打倒していった。
その結果について、暗い愉悦を覚えなかったといえば嘘になる。だが、先んじて決して油断はするまいと肝に銘じていた甲斐もあり、今のところは自分を見失うことなく魔物としての本能を十分に満たすことが出来ている。
しかし同時に、ただ本能に命じられるままに強さを求めそれを実行していることに、人間としての私の部分が一抹の不安を覚えていることも事実だった。
もしかしたら、このまま『強さ』を得ていく中で、現在は生存を目的としたそれが、いつしかただ『強くなるために強くなる』という目的と手段が混然一体となった思考になるのではないかと考えてしまうのだ。
それはつまり、私が本能に飲まれ、真に魔物と化すという事に等しく、未だ人間としての意識を持つ私にとっては肉体面とは別の『死』を意味するものだ。
それだけは絶対に避けなければならない。
私は寒さを感じない身体に僅かな震えを感じながら、そう心に誓ったのだった。