第三十九話 例え土くれになろうとも
次の瞬間、魔導戦車が狂ったように脚をばたつかせる。
それによって、金切り声を思わせる不快な金属音が、辺り一面に響いた。
相手は身体を捩らせるようにして、乱れに乱れた動きを行い始める。
身体の統制が全く取れていない。
確かに私は奴に致命的な一撃を与える事には成功していた。
しかし、奴の身体に深々と杭を叩き込んだ状態の私は、その暴走じみた動きによって振り回されてしまっていた。
杭を抜こうと試みているが、突き込んだ腕が内部で締め付けるようにして固められてしまっている。
やがて相手はその四脚を、まるで背伸びでもするのかのように伸ばした。
拙い。
それによって引っ張り上げられるように、私の身体が奴の真下に吊り上げられる。
私は咄嗟にパイルバンカーを撃つ際に使用した魔石を炸裂させる。
それによって右腕を肘から自切することに成功した瞬間、奴がその巨体を地面に向けて叩きつける。
判断が遅れていたら下敷きになっていただろう。
だがこれで、私の両腕が共に失われてしまった。
奴を見れば、恐らく魔窟核から供給されているであろう強大な魔力が赤い光となって、まるで血管を奔る血液の様にその全身を駆け巡っているのが確認できた。
それによって、無理やりに身体の統制を取り戻しつつあるようだった。
まだこちらには両脚が残っている。
相手が起き上がる前に、踏み付けでもなんでも行って破壊しなければならない。
だが、私の前進に合わせて、奴は伏せた姿勢のまま、まるで独楽の様にその身体を大きく回転させる。
それぞれの脚が、連続して私の胴体部を狙って襲い掛かる。
短くなった両腕で辛うじて防ぐことが出来たが、その衝撃を殺しきることが出来ずに、私は近くの石壁まで吹き飛ばされてしまった。
私を受け止めた石壁が粉砕され、そのまま地面を転がって行く。
腕が無いため、こちらの立ち上がる動きが遅い。
それに対して奴は、全身から部品を剥落させながらも立ち上がり、こちらに向けて突撃を敢行していた。
交通事故にあったかのように、私の身体は再度大きく吹き飛ばされる。
破砕音が鳴り響き、塗装が剥げる事で元々の色がまだらに露になった装甲板がその役目を終え、剥がれ落ちていく。
もう私の身体には何処にも無事な部分は残っていない。
相手もそれは同じ事、私にぶつかるたびに、その身体は壊れていく。
それでも、奴はもつだろう。
残念ながら、私はそうはいかない。
近くに屹立する罅だらけの石壁を背に、身体を擦りつけるようにして何とか立ち上がる。
戦車が、その身体から吹き荒れる赤い蒸気を一層立ち上らせながら、何度目かの突撃を仕掛けてくるのが見えた。
「――――!!」
誰かが遠くで叫んでいる。
既に聴覚の性能が落ちてしまっている私には、その言葉を聞き取る事は出来なかった。
だが、見間違えようもない。
橙色の髪をした少女が、こちらに向かって大きく手を伸ばしていた。
その手を、ウサギの耳を持った少女が自分の手を添える様にして支えていた。
空間に魔力が迸る。
発動距離を伸ばした魔法によって、私と奴の間の空間に新たな『石壁』が幾枚も生み出されていった。
奴は迂回することなく、次々にそれを破壊しながら私に近づいて来る。
私には、それを受け止め切れるだけの身体がもう、無い。
「――――――!!」
赤髪の少年が、自分の手にしている槍に渾身の魔力と力を込めて、戦車目掛けて投擲を行った。
僅かに回復した気力も体力もそれで使い果たしたのか、前のめりに受身を取らずに倒れ込む。
自分に向かって飛来する槍を見て、恐らく奴も嘗ての私のような危機感を抱いたのだろう。
突撃を緩め、後ろ足にほんの僅かに残ったレンズから光弾を連射する。
それは槍に当たると、その柄を粉々にしていった。
だが、先端で緋色に輝く穂先だけが、それらを弾きながら奴に向かって飛び続け、奴の胴体部に突き刺さった。
命中箇所から流し込まれた小規模な緋色の稲妻を伴う光が、奴の身体を冒していく。
しかし、それはやがて力尽きたかのように収まると、奴は再始動を開始した。
それらは無駄な行為だったのだろうか。
私という存在が消え去るのを、ほんの少し遅れさせただけの行為だったのだろうか。
違う。
彼女らの行為は、私に時間を与えたのだ。
そう。
初心を思い出す事の出来る時間を!!
私は大地を踏みしめ、右腕を振りかぶった。
そしてその腕を、渾身の力を込めて奴の横合いから殴りつけた。
攻撃が命中したことにより、奴の部品が、岩石と共に吹き飛ばされていった。
もし奴に心があれば、おそらく驚愕しただろう。
無いはずの腕に殴られたのだから。
相手が次の行動に移る前に、今度は左腕で奴の右前脚を殴りつける。
またもや、岩石が飛び散った。
開始直後から蓄積されていた損傷が限界を迎えたのか、遂にその脚は身体を支える力を失う。
相手の身体が大きく崩れた。
そこへ再度の右。
そして左。
もう一度右。
次々と繰り出される私の拳撃に、戦車は堪らず後退し始めた。
そして気づいたはずだ。
私の両腕が、岩石で出来ていることに。
素材はそこら中に転がっていた。
防衛隊達が、ライラが生み出し、戦車によって悉くを破壊されていった石壁の残骸が、戦場には辺り一面に広がっている。
地面を踏みしめた両脚から私は私を作る魔法を流し込む。
戦場に散らばる岩石が、その役目を果たすことの出来なかった無念と共に、私に向かって集い始める。
それら岩石は、私の欠損した装甲や身体の部位を補うように次々と張り付いて行った。
金属と岩石とがないまぜになった姿の存在がそこにはいた。
そうだ。
私はゴーレムだ。
組みあがった身体で私は敵に向かって走り出す。
槍を迎撃した際に使ったレンズ類から、連射ではなく誘導効果を持った光弾が放たれる。
それは私の岩石に過ぎない装甲を確実に破損させていくが、やがてその破損も土砂に埋め立てられるように修復していった。
素材は岩だけではない。
ここは大地の上だ。
私の身体における土と岩の割合が増えていく。
相手の攻撃と、その身体の硬さに私の身体は壊れ、そして修復がなされる。
戦車はそんな私の様子を見て判断したのか、その攻撃全てを私の胴体部に集中させて来る。
支える脚が減ったことで取れる攻撃手段は減っているようだが、それでも奴の質量で頭突きするかのようにぶつかって来られると、土と岩で出来た私の身体は簡単に破損していく。
構わない。
私は殴るたびに崩れる岩石の腕を、無心で振り続けた。
奴の核の位置は分かっている。
掘り進めるしかない。
例えこの身すべて土くれに成り果てようとも、やらねばならない事がある。
父親として、あの子に恥じぬように。
あの子に、まだ生きていてほしかったあの子のためにも、死んでもやらねばならぬことがある。
そうで無くては、何のために私は生まれ変わったというのだ。
奴の核が露出するのと、私の核が露出するのはほぼ同時だった。
だが向こうには勝算があっただろう。
金属杭で傷ついた向こうの核には罅が入っているが、逆に言えば、あの攻撃が掠めた割には被害が少ない。
それが奴の核の強度を物語っていた。
逆説的にこちらの強度もそれなりには有る事を示していたが、最早骨格を除いて殆ど土と岩の塊となった私の攻撃と、向こうの魔力砲とでは勝負の結果は見えていた。
奴が、最後の一撃に万全を期すためか、魔力の収束に時間をかける。
私にとっても、これが最後のチャンスだった。
身体を維持できるギリギリの魔力を除いて、その全ての力を右腕の一撃に込める。
捻りを加えた渾身の右ストレート。
相手は、それを甘んじて受けるだろう。
自分に止めを刺すには威力が足りない事を知っているのだ。
だが、貴様の負けだ。
渾身の力を込めた一撃。
そのエネルギーに、私の内部骨格は耐える事が出来るのか。
出来ない。
出来ないからこそ、貴様を破壊することが出来る。
核に到達した拳が、それを大きく罅割れさせるも、その強度に対して力負けを喫する。
だが次の瞬間、その先端が爆発で折れた事で尖っている、ゼブレ鋼で出来た私の腕の骨がその肩に繋がる部分から外れ、一直線になった腕の中を突き進んだ。
それは勢いのまま腕の先端を突き破ると、その先にある核に向かって激突した。
既に大きく損傷していた相手の核は、それに耐えきる事が出来ない。
核が、割れる。
瞬間、奴を支えていた脚も、その身体も、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちて行った。
収束していた魔力も霧散し、吹き出ていた赤い蒸気も、全て消え去っていく。
決着がついたことを示す静寂が、一瞬だけ空間を支配する。
それも、次の瞬間に起こった爆発のような歓声によって上書きされていった。
勝った。
私はライラ達へ視線を向ける。
彼女の顔は液体に塗れていた。
飛び出そうとして水の膜に顔面から突っ込んだ所為だけではないだろう。
これで、君の生きる世界をなんとか守ることが――。
「お見事。そしておめでとうアダム」
甘く、苦い香りがする。