第三十八話 噴出する憎悪
装甲を組み替えて前面に集中させる事は可能だった。
だが、それはこちらの攻撃の手を緩めるという事に他ならなかった。
今ここで防御に転じては、間違いなく押し負けてしまう。
噴射装置、増力装置共に終了まで、残り十秒を切ってしまっている。
対して奴は、武装を失ったものの、その推進力に衰えは見られない。
相打ち覚悟を考えもしたが、センサー類が破損したため、奴の核の確実な位置が分からない。
大きな魔力の塊は確認できるが、その二つの内どちらが壊してはならない魔窟核なのかが判断できないのだ。
ならば。
私の背中側両サイドに埋もれるように取り付けられていた一対の長砲身魔砲が、腰を中心に回転しながら前に出て来る。
一発使い切りの分、強力な兵器だ。
叶うならこれで止めを刺せれば良かったのだが、そうもいかない状況だ。
仰角的に奴の本体を大きく貫く事は出来ないが、今一番厄介な部分には当てる事が出来る。
発射までの僅かなタイムラグの間に、奴は自身を浮遊させている魔法陣を消して、本体の下に入っている銃身をへし折ろうとする。
だがそれに先んじて、流線形に加工された魔石が、加速の魔法が内部に刻まれた長砲身から、研究者達の込めた魔力によって超高速で発射された。
発射の衝撃に一度しか耐えることの出来ない砲身は、その影響で既に焼き付いていたが、衝撃と共に地面に降り立った奴の身体によって無残に破壊されてしまった。
だが、発射体は奴の本体下部を削りながら、その後部付近で炸裂する。
そこに込められていたのは、ナタリア達、風魔法使いが使える魔法の中でも最上位のそれだ。
青い放電を伴う小規模な『雷球』が二つ、奴の背部を襲った。
それは奴の後部噴射装置に甚大な被害を与えると、その役目を終えた。
不規則な光の噴出が咳き込むかのように続いた後、奴の後部が爆発する。
これで敵噴射装置の無力化に成功した。
しかし同時に、私の噴射装置も魔力切れによってその用を為さなくなる。
増力装置も効力を終了し、回転を止めて元の位置に戻っていった。
ガラガラと音を立てながら、互いの背部からガラクタとなった部品が剥がれ落ちて行く。
互いに後押しが無くなった今、押し合いは拮抗状態に戻った。
いや、やはりこちらが不利だ。
こちらが二本脚で地面を掻いているのに対し、向こうは四脚だ。
まだこちらにも手はある。
だが、やはり壊れたセンサーでは、確認できる魔力の塊のどちらが正解なのか分からないというのが問題だった。
どうする。
「黒い方を援護しろー! 行け行け行け!」
そうしていると突如、戦車に対して火球や矢玉が降り注いだ。
防衛隊が体勢を立て直したのだ。
「そうです……あの黒いゴーレムは、アダムさんです……私達の……味方です……!」
火球は全て、弱弱しくなったが健在のバリアによって防がれているが、それによって相手の圧力が減ったことにより、私は周囲を確認する余裕が出来た。
ライラ達が、壁際まで撤退を成功させている。
水の膜によって防御された一帯の中で、三人とも魔法による治療を受けながら周囲の人間に必死に私の事を説明している。
姿形は全く変わってしまっているが、バイストマでライラ達と過ごした時間の中、私というゴーレムの存在は街の人間に認知されていた。
人との繋がりが実を結んでいた。
総身に力が漲るようだった。
圧力が緩んだ隙に私は脚部アンカーを戻すと、奴の左前脚を内側から外側に向けて、渾身の力で蹴り払った。
それにより体勢が崩れ、身体が沈んだ奴の本体目掛けて、攻撃的なフォルムの右肘を思い切り叩き込んだ。
装甲と一体化していた武器類がひしゃげながら、それでも奴の前部を千切り取る様に破損させる。
魔力の火花と共に、奴の内部伝達系に使われているであろう導線の束が断面から露出する。
その断面に向けて、逃がさぬように導線を掴みながら、右膝を打ち込む。
その導線を掴んだ瞬間、あるアイデアが思い浮かんで来た。
だが、一先ずはダメージ優先だ。
今度はこちらの一方的な勝利となった。
堪らず後退した戦車の姿に、誰もが勝利の予感を感じたその時だった。
甲高い悲鳴のような音と共に、奴の装甲の隙間から赤黒い蒸気が噴出する。
同時に、破損していた装甲板が弾ける様に周囲に飛び散ると、それらは攻撃を仕掛けようとしていた近くの防衛隊に襲い掛かる。
幾人かはそれに当たってしまい、死んではいないようだがかなりの重傷を負ってしまっている。
一番近くにいた私も例外ではなかった。
咄嗟に左肩を前に出して受けたはいいが、奴の装甲板の欠片が幾枚も深く刺さったことにより、その運動能力が大きく減じてしまっている。
装甲板を吹き飛ばした戦車は、その内部構造をむき出しにしながら、怒りの表れの様に蒸気を身体から漏れ出させていた。
身軽になり機動性が高まったためか、走行速度が上がった奴はその勢いのまま再度私に突撃を行う。
壁に向けての突撃ではない。
完全に私を攻撃目標として捉えている。
私は後退しながら左に旋回し、奴を壁から出来るだけ離そうと試みる。
奴がその動きに追随したためそれは成功したが、奴は私との接触時に体当たりではなく蹴りを選択してきた。
先ほど払った左前脚を前蹴りの様に繰り出してくる。
それを、半壊した左腕で受ける。
肘から先が千切られ、吹き飛ばされてしまった。
奴同様に、露出した導線から血の様に火花が吹き出る。
だが、これは織り込み済みだ。
私は導線が露出した左腕を、奴の顔面の傷にねじり込んだ。
そこから魔力を流し、相手の構造を読み取る。
相手の身体をハッキングするようなものだ。
先ほど思いついた策をこうも早く実行する羽目になるとは。
互いにゴーレムだからこそ出来る荒業だった。
だがこれで、貴様の核の位置が分かったぞ。
魔力量に絶対的な差があるため、こちらの意図に気付いた奴側からも逆に魔力が流し込まれていく。
このままでは身体を乗っ取られるのは私の方だろう。
しかし、そうはいかない。
私は右腕を肩ごと半回転させる。
その動作によって、腕自体の内部に格納されていた太い金属杭が、振り子の動きと共に手首から先と入れ替わる様に現れた。
下から振り上げるアッパーカットと共に、目標に向かってその杭を合わせていく。
照準を合わせたそれは、肘に仕込まれた魔石によって、爆発的な威力を伴って射出された。
そしてそれは、奴の下部から上部に向けて、轟音と共にその胴体部分を撃ち貫いた。
串刺しにされた標本の様に、戦車の上部から巨大な杭が生える。
その衝撃に耐えられなかったのか、先程からの攻撃でダメージが蓄積していたであろう奴の装甲下の部品が、一斉に魔力の火花を噴いた。
その断末魔を上げる様な光景に、防衛隊の人間達が、ライラも含めて歓喜の感嘆を漏らした。
だが、誰よりも私が理解していた。
手ごたえはあった。
だが、完璧では無かった。
奴の右前脚が、その先端を地面に埋もれさせている。
ずらされた。
如何にその身体が破壊されようとも。
奴の赤い蒸気は、まだ止まっていない。