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第三十七話 激

 戦場へと到達する少し前の事だ。


 シャール=シャラシャリーアによって運搬されている私は、遥か上空の雲が矢のように流れる景色の只中にいた。


 逆に地上の様子は良く見える。


 まだ三十分程しか経っていないはずだが、既に見覚えのある景色が眼下には広がっていた。


 彼女の速度は、出発してから程なくしてベイパーコーンが発生したことから、間違いなく音速に近い。


 あの翼でこの速度を出している理屈は一切不明だが、全ては魔法の賜物だと思う事にする。


「アダムよ、ここから先は余の独り言が増えると思うでな。気にしてはならんぞ」


 彼女の言葉が、音ではなく心に直接響くように私に届いた。


 テレパシーで独り言は無理があるが、私に否は無い。


「ズヌバの『邪血』とやらが報告にあったが、あれは恐らく奴の本体の一部じゃろう。龍には本体、あるいは本質とも言うべき物質が各々存在する。余ならば王都の結晶体じゃ。ズヌバは嘗てその身に宿した、穢れし命の塊と化しておる」


 女性の姿で現れたというのは?


「リヨコの前に現れたのは、恐らく『ひびき』の身体……奴の心臓を貫きその活動を停止させた勇者の身体じゃろう。吹き出た命に呪われて、その身体は朽ちてしまったものと思っておったのじゃが……。全く持って忌々しい……!」


 つまり、ズヌバの本体はその吹き出た血の方だった訳だ。だが何故、今の今まで活動を行っていなかったのだろうか。


「今の世に残る遺産とは即ち、元を質せば奴を倒すためだけに作られた兵装よ。奴の心臓を貫いた剣は、我々龍がその力を分け与えた金属で作られた一品じゃ。身体を構成する魔力連続体を連鎖的に破壊して……つまりは屠龍の力を持っておる。辛うじて生き残っておった様じゃが、相当の深手であったはずじゃ。今も当時ほどの力はあるまい」


 死の寸前まで弱っていたという事か。では私達にも勝ち目はあるのだな。


「勝ち目は無い。どちらにもな。奴は自身が戦う程の準備は出来ておらぬ様だが、代わりの力を手に入れておる。人間の力じゃ。我々の負の遺産とも言えるな」


 つまり自分は戦わずに、回復に努めながら遺産を集め、邪血で人間を篭絡して、こちらにぶつける戦力を作るつもりなのか。今回の様に。


「今更じゃが、そこまで分かっていて行くのか? 正に今ここが、帰還限界点というやつじゃぞ」


 その質問に、私は何も返さなかった。


「愚問じゃったな。許せ。……むっ!」


 シャール=シャラシャリーアが前方を見据える。


 視線の先にはバイストマと思わしき物が米粒よりも小さく見える。私にはまだそれだけしか見えない。


 頭部に搭載された望遠レンズを起動させる。複数枚の倍率の違うレンズが小気味よい音共に順に降りてくる。


 なんだあれは……!


「魔導戦車が来ておる! 予想よりもちと速い! アダム、接敵は本当に街の壁ギリギリになるじゃろう! 壁が魔力で活性化しておるから入られて直ぐには起爆せんじゃろうが、街には極力入れるな!」


 防御陣地が敷かれたその土地を、戦車がそこに居る人間ごと蹂躙していく。


 街にはまだ人間が残っているのが分かった。


 彼らは文字通りの肉の盾になって行く。


「アダム! 落ち着け! 奴はお主と同じでゴーレムとしての核を、動力源となっている魔窟核以外に持っておる! 必ずこの核を壊せ! 魔窟核を壊しても止まるじゃろうが、それを壊せば、恐らくお主も死ぬ!」


 魔窟核が破壊された場合、その魔窟から生まれた魔物は消滅する。


 分かっていたことだ。


 まだ死ぬつもりは無い。


 彼らだって、死ぬと覚悟していても、本当は死にたくなど無かっただろう。


「アダム!! ええい! これが最後の独り言じゃ!」


 シャール=シャラシャリーアは僅かに軌道修正を行った。


 奴と私とが直線で並ぶ。


「余の見立てでは、奴とお主の性能はほぼ互角! じゃが、持久戦に成ればお主が負けるは必定よ! じゃから、攻め手を切らすな! 守れば死ぬぞ!」


 奴が強力な魔導兵器を使用する。


 その目標となった人物と周囲を見て、私の心は本格的に沸騰した。


 キレた。


「最後はお主次第じゃ! 勝て!!」


 シャール=シャラシャリーアが最後の滑空に移る。


 そのまま目標に向かって斜めに加速しながら、街の上空を戦車に向かって横切った。


 建物の屋根がいくつか風圧で剥ぎ取られる。


 私の視界に、着地用装置の魔石着弾予想位置が赤い点となって表示され、それは殆ど誤差なく着弾する。


 シャール=シャラシャリーアと私とを固定していた結晶が瞬間的に崩れると、私は慣性に従って空中に投げ出された。


 ロット!!!


 着地用の噴射装置を使って、彼を吹き飛ばす事に成功すると、私はそのまま泥濘の道に着地する。


 勢いは当然殺しきれるものでは無かった。


 衝撃で頭部の望遠レンズ類がかなりの数破損する。


 脚部の装甲板に使用された衝撃吸収材が、瞬間的にその閾値を超える。


 私はそれに構わず、目の前の敵へ激突した。


 奴の脚に搭載された対人用魔砲レンズを一本分全て破損させるのと引き換えに、私の装甲もいくつか割られる。


 こいつ、激突に合わせて本体で受けるのでは無く、咄嗟に脚を犠牲にしやがった。


 だがそれはこちらも同じ事、武装類を破損させないように身体を当てた。


 私は距離が離れた瞬間、マウントしていたライフルとグレネードランチャーを構える。


 斉射されるそれは、奴の様に純魔力の光弾では無い。


 奴も、それに合わせて前方に残るレンズが無事な脚から光を連射した。


 迎撃のためではない、こちらの攻撃は奴のバリアの前に叩き落されている。


 逆にこちらに当たる奴の攻撃は、私の装甲表面の塗装を確実に剥いで行った。


 こっちは塗料なのに、相手はバリアとは、泣けて来る。


 それを割ってやる。


 奴は手数を増やすためか、その側面をこちらに向けようと、四本の脚を動かして回転を始めた。


 私もその回転方向に合わせて動き、相手の攻撃の死角であるレンズが壊れた脚の正面に位置取り続ける。


 同時に、その回転半径を縮めていく事で奴との距離を狭めて行った。


 弾の切れたグレネードは廃棄し、私は空いた左手で、奴の破損した脚の装甲の隙間を掴み剥ぎ取ろうと試みた。


 当然それはバリアによって防がれるが、止められた指の間にライフルの銃口を密着させると、そのまま連射を開始した。


 流石に耐え切れなくなったバリアが、そのほんの一部を欠損させる。


 その隙間に銃口と左手の指をねじ込ませ、力任せに左右に引き裂く。


 六角形の組み合わされた隙間に青い光が奔ると共に、それは瓦解していった。


 四本ある脚の一本を破壊すれば、奴の機動性は大きく損なわれる。


 私は、残り弾数の少なくなったライフルの銃口を、最初に激突して破損させた脚に向けた。


 瞬間、側面の視界が、他の脚に露出していたレンズが全て装甲内に格納されている光景を捉えた。


 咄嗟にライフルを捨て、その場から離脱する。


 一拍の間もなく、その空間を柱の様な脚がこれまでに無い速度で通過していった。


 戦車のくせに回し蹴りだと。


 その蹴りに、ライフルは見るも無残に破壊されてしまった。


 私が回避したのを確認した戦車は大きく後退し、一度私と距離を取った。


 私の脳裏に、メルメルに向けて放った砲撃が思い起こされる。


 距離を取っては駄目だ。


 だが、相手の取った行動は、違っていた。


 相手の本体後部が貝の口の様に開くと、そこから魔力の光が漏れ出て来る。


 私に位置からは見えないが、それが何なのか私には感覚的に理解できた。


 今、自分の背中にも背負っているからだ。


 奴の足元に魔法陣がそれぞれ描かれる。


 その効果で、ほんの僅かだけ、その巨体が宙に浮いた。


 次の瞬間、私は全噴射装置を突撃のため起動させる。


 同時に奴の開いた背後の口から爆発的な魔力が噴出され、その機体を凄まじい勢いで前に押し出した。


 避けるわけにはいかない。


 私に背後には街があった。


 相手は前傾姿勢を取り、こちらへ突撃を仕掛けてくる。


 私の重心の下を狙い、掬い上げようとしているのだろう。


 私も同様に腰を落とし、それを受け止めようとする。


 だが、そのままでは押し負けるのは自明だった。


 使える魔力量が違う。


 だが、こちらも使えるのは自分の魔力だけではない。


 両腕の二の腕に格納されたドラムリール状の装置が外に迫り出す。


 それは唐突に回転を始めると、側面に並んだ魔石がその込められた魔法を連続で使用した。


 『筋力向上(アッパーストレングス)』。


 研究者達が、私用に作った兵装を大事そうに抱える際に使っていた魔法だ。


 実際は筋力ではなく、物体に掛かる力を増幅させる効果がある。


 魔法の効果で相手を受け止めるだけの力を備えた両腕で、私は奴の突撃を受け止める。


 それでも、奴の方が強い。


 地面に大きな二本の線を描きながら、私は後ろに押されていく。


 噴射装置、追加増力装置全開!!


 私の背後の魔力光と、リールの回転速度が高まる。


 だが、相手の背後の噴射も一向に収まる気配が無い。


 互いの噴射の轟音が戦場に撒き散らされる。


 脚部アンカー展開!!


 私の両足の側面装甲が開くように地面に落ちると、そこに内蔵された金属杭が、私の足を地面に縫い留める。


 それでもアンカーごと僅かに押されていく。


 業を煮やしたのか、戦車は前傾姿勢のため私に向かって晒していた、その本体上部の武装を展開する。


 脚に付いている物より大型のレンズが六機、上部装甲を開くと同時に現れた。


 光の収束が始まる。


 だが、相手がそれを放つよりも先に、私の準備も完了していた。


 両肩部誘導弾、胴体前方部クレイモア全弾発射!


 凶悪な光の乱舞と、爆破魔法の嵐、そして必殺の距離で放たれた金属球が組み合ったままの私たちの間を飛び交った。


 互いにゼロ距離で武装を連発した事で、互いの装甲が破壊音と共に次々と吹き飛ばされていく。


 相手のバリアは自分の攻撃を通す場所だけは空いているのは確認済みだった。


 奴の本体上部に格納されていた武装は、深々とめり込んだ金属球や、障壁を抜けた爆破効力によって、その殆どが破壊されている。


 だが、私の代償も大きかった。


 バズーカ砲、頭部機銃、使用不可。


 頭部センサー類、前面装甲板、被害甚大。


 私の核の守りが、ほぼ無くなった。


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