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第三十三話 戦う理由

「王都に緊急連絡だ!」


 セルキウスの判断は早かった。


 逃げた相手を追う事や探すことは諦め、現在の状況の周知を優先する。


 同時に、他の不穏分子が紛れ込んでいないかの確認作業指示を行う。


 相手がここまで来ている以上、また、あの球体を持ち出されていることから協力者ないし、魔法による洗脳を受けた人物がいる事は疑って然るべきだった。


「セルキウス……」


「山猿、相変わらずの頑丈さだな。治療が済んだらお前も……」


 最後まで言い切らない内に突如、ずしんと、周囲一帯に不気味な振動が鳴り響いた。


 そして、大きな何かがゆっくりと動いているような微振動が続く。


 二人はその振動に覚えがあった。


「二人とも! 今のは……!」


 そして同様に、グレースの手当てを行っているフレンにも、覚えがあった。


「あの女、階層を減らしたな……! このままでは波が来るぞ!」


 事態を察知した隊員たちの顔色が変わる。


 魔窟という物は、魔窟核が生み出す物である。その階層は核の持つ魔力量に応じて変わる。


 核は自ら考えるという事はしない。自身の本能に従って、自らが生み出せる最大の大きさの魔窟を常に生み出そうとする。


 だが、核に魔法で命令を与えられるようになると話は変わる。


 魔物の量、その階層の数まで、指示を与える側の意図に沿って変えることが出来るようになる。


 尤も、階層の数まで変化させる事自体は、魔法事故以外では、滅多に行われない行為である。


 核の魔力は減らした階数分()()が、それをただ遊ばせる結果にしかならないし、安定している魔窟の状態を崩すことにも成りかねないからだ。


 そしてズヌバは、今回それをやった。


 それは、彼女が手にしていた球体の正体がアダム達が確保した魔窟の核である事の証左でもあった。


「下から階層が消えて行く事に気付いた魔物達が上がってくるぞ……。内部の人間を直ぐに退避させなければ……!」


 事態に気付いた隊員たちは、緊急時のマニュアルに従って行動を開始する。


 魔窟内部にいる人間は全て受付を通るため、その全員が把握できている。


 また、内部構造も全て把握しているため、時間さえあれば全員を見つけ出して外に出す事は可能だった。


 だが、その時間が危うかった。


「グレース隊長、俺行ってきます」


 フレンは立ち上がる。


「魔窟に飲まれるなよ。もしもの時は撤退しろ」


「貴方に言われたくはないっす。俺の時、見捨てましたか?」


 それだけ言うと、フレンは駆けて行った。


「私達は波に備えなければ」


 セルキウスの言葉に、全快では無いにせよ復調したグレースが刃を杖に立ち上がる。


「――お待ちください」


 行動を開始しようとした二人を呼び止めたのは、未だ立ち上がることの出来ないでいるリヨコだった。


「リヨコ殿、貴女は安静にしていなくては……」


「――いいえ。あの女、ズヌバは――我が家に伝わる遺産を使うつもりです……!」


 ブロンス伯爵家に伝わる遺産、その全貌をリヨコは二人に伝える。


 最早ここに至って隠す意味は全く無かった。


 それに、床でこと切れている初老の男性の口ぶりから察するに、既に機体は向こうの手に落ちている可能性が高かった。


 リヨコは、遺産を監督していた親類のいずれかが不幸にあっている事を確信したが、今はその時ではないと哀切をおくびにも出さず続ける。


「――あれが起動すれば、恐らく最後に設定された目標に向かって行動するはずです。私達には、あれの命令式を書き換える事が出来ませんでしたから。現状維持として、触れずに残したのがあだになりました」

 

「魔導戦車は何処へ?」


「――それは……バイストマです」


 ずしんと、不気味な振動が再び周囲に鳴り響いた。


********


 私の大元である魔窟核が奪われ、大戦時の遺物が動き出そうとしている。


 王都クリスタリアでは、襲撃の報を受けた者達がその内容に驚愕を隠せないでいた。


「皆の者、落ち着くのじゃ。こういう時はな、相手の生み出した流れに乗ったら負けよ」


 鶴の一声ならぬ龍の一声によって、室内は一先ず落ち着きを取り戻した。


 だが、私は落ち着いていられる訳も無かった。


 破壊されれば諸共滅びる、生まれ故郷の魔窟核が相手の手にあることもさることながら、魔導戦車とやらがライラ達の居るバイストマを襲撃するやもしれぬのだ。


 今すぐにでも行動を起こしたい私を押し留めたのは、隣に座るナタリアだった。


 彼女は立ち上がろうとする私の気配を察し、その手でそっと、私の腕を抑えた。


 彼女の手は震えていた。


 危険なのはバイストマだけでは無い。


 私よりもずっと付き合いの長い仲間達全員が危険にさらされている状況で、激情による突発的な行動を必死に堪えようとしているのが伝わってくる。


 シャール=シャラシャリーアの言う通り、どんなに困難でもまずは落ち着くしかない。


 問題に対処するには、まずは冷静さが必要だった。


「大戦期の魔導戦車、魔窟核、更に目的地が大都市ではなくバイストマだとすると……ええいやっかいな」


 寝台の上で考え込む彼女の言葉を受けて、ナタリアも考え込む。やがて結論に至ったのか、彼女の顔色は蒼白になっていた。


「まさか、『魔窟爆弾ダンジョン・ボム』ですか!?」


 それは人間同士の醜い争い、大戦のおり考え出された非道な戦術だという。


 この世界において人間が生存可能な地域というのは今も昔も多くない。


 その戦術は、そんな生存可能地域自体を汚染、破壊するために考案された物だった。


 目的地を設定し、それに従って自動操縦で動く魔導戦車群に、動力源として魔窟核を使用する。


 そして相手の、戦略的には大したことが無い、比較的小規模な都市に波状攻撃を仕掛ける。


 そうして一機でも都市内部に入り込んだ段階で、魔窟核本来の機能を開放する。


 即ち魔窟作成ダンジョンクリエイトである。


 正常な魔力の流れに逆らって発動されるそれは、魔窟核の魔力量にもよるが、大抵は魔窟を創り出すだけの結果を生み出せず失敗に終わるが、その余波によって、その土地の魔力の流れはズタズタにされる。


 また、作成に成功した場合、その都市は丸ごと魔窟に飲み込まれ、新たな魔窟の第一層としてその姿を変える。


 どちらにしても、最早そこに住むことなど出来はしない。


 大量の難民を生み出し、その多くは別の都市に辿り着くことが出来ずに野垂れ死んで行ったという。


 それを助けようとすれば、相手方は小さな都市に継戦能力の一部を割かなければならないし、見捨てるとなれば士気に多大な影響が出てしまう。


 何故人間が衰退したのかが分かる、悪魔の戦術だった。


 それをバイストマでやろうと言うのか。


 抑えるのが更に困難になって来た。


 だが、バイストマだけでなく、グレース達の状況も深刻だった。


 恐らくは魔窟核の魔力に還元するため、ズヌバは魔窟の階層を減らしていっているという。


 そうなれば、嘗て私という存在に怯えて魔物が上の階層に逃げて行ったのと同じ様な事が、魔窟全体規模で起こる。


 最悪、魔窟内の魔物全てが、浅い階層の魔物から順に津波の様に入り口から噴出してくるだろう。


 幾重にも襲い掛かるそのウェーブを、冒険者達も居るとはいえ、あの場に居る人員で耐えきることは難しいかもしれない。


「今のままでは、バイストマもカロワ山脈も間に合わぬ」


 距離も問題だった。


 彼女の言う通り、バイストマでさえ馬車ではナタリアが手綱を握っても三日かかったのだ。


 相手方の準備が完了しているであろう現在、ここからではどちらも間に合わないのは自明だった。


 だからと言って何もせずに王都で座して待つなどあり得なかった。


 また、あの子を失うかもしれない。


 ライラは、あの子ではないと今の私はきちんと理解している。


 だが、結局の所理屈では無いのだ。


「アダム、お主は動いてはならん。これは明らかに罠じゃ」


 そうであろうことは分かっていた。理解していた。理解は出来ている。理解をしているのだ。


 しかし納得は、出来ていなかった。


 立ち上がった私をナタリアが止めようとする。


「アダム、これもまた余の独り言じゃが、ズヌバは学び、随分小賢しくなっておる。今の世に神が遣わした勇者が恐らくお主一人しか見つかっておらんのも気づいておる」


 それは、やはり魔物だからなのだろう。


 異世界人が現れたのは、人里に近い場所が殆どだったという。


 だが、魔物として現れるのなら、それは必然的に人間の世界から離れた位置にしか生まれない。


 もし人間と出会えたとしても、私の様に上手く交流できるとも限らない。


 こちらの数は圧倒的に少ないにも関わらず、あちらは手駒を増やして数の力を得ようとしている。


 自分の勝利を決定的にするためにも、私が迂闊に動いて死ぬことをズヌバは望んでいるのだ。


 何度も言うが、そんな事は理解している。


「――そうか。お主出会ってしまっているのじゃな。気づいてしまっているのじゃな」


 そうだ。その通りだ。


 疑問に思っていることがあった。


 何故、勇者は戦ったのだろう。


 何故、恐ろしい龍に命懸けで立ち向かったのだろう。


 彼ら、彼女らも皆私の様に、この縁も所縁も無い異世界の事情に巻き込まれただけの人間のはずだ。



 ――何故。


 

 それは、皆私の様に出会ってしまったのだ。気づいてしまったのだ。


 自分の愛する人間が、この世界で、生きていることに。


 その事実を伝えた人間もいたのかもしれない、伝えることをしない人間もいたのかもしれない。


 目の前の守護龍は言っていた。


 前に上手く行った方法を何度も採るのは、あ奴らの癖、と。


 つまり、神はこう言いたいわけだ。



 お前が戦わなければ、また死ぬぞ。



 そういう事なのだった。


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