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第三十二話 邪血再来

「――どういうことですか」


 リヨコの手には彼らが提出した書類が握られている。


「この度は再び面会の機会を頂きまして、誠にありがとうございます」


 初老の男は質問には答えず、血走ったその目をリヨコに向けて挨拶を行う。


 明らかに前回とは違うその男の様子に、リヨコはたじろいだ。


「リヨコ様もお人が悪い、あのような素晴らしい兵器をお隠しになっているとは……」


「――黙りなさい。何故彼方が知っているのですか。質問に答えなさい」


 だが男はリヨコを焦点の合わない瞳で見つめるだけで、何も答えなかった。


 その様子に業を煮やしたリヨコは、隣室の従者を呼び彼らを拘束しようと試みる。


 だが、その声が発せられる前に、男の同行者である女性が、おもむろにその指を鳴らした。


 途端に、リヨコは強烈なめまいに襲われる。


 立っていられない。


 リヨコは執務机にもたれかかる様に肘をついてしまった。


「魔窟核の魔力を利用することで、魔窟の攻略に魔物を使用する。私のアイデアはおっしゃる通り不備がございました」


 初老の男はリヨコのそんな様子には目もくれず、話を続けている。


「費用対効果! ええ確かに! 魔法で支配が可能な魔物では、充分な効果は得られない! そこが問題でした!」


 口角から泡を飛ばしながら男はなおも続ける。


「ですが! ゴーレム! この魔窟で使用されたあのゴーレムです! あのような魔物! 一体いつの間に造り上げられていたのですか!?」


 リヨコは男の言い分に反論をしようとするが、酩酊した様に頭が上手く働かない。


 甘い匂いがする。


「貴方のお家! ブロンス伯爵家に伝わる『遺産』! あれを参考にされたのですな! あれほどのゴーレムが自然発生したなど、全くお人が悪い!」


 リヨコはいつの間にか目の前に男がやって来ているのに気付いたが、それを咎める事が出来なかった。


 甘い匂いは男からも感じられた。


「あれを量産して、その動力に魔窟核を利用すれば、攻略など実に容易! そこで手に入れた魔窟核を今の様に廃棄などせず、更なる戦力の増強に充てる! 素晴らしい! もう人間は魔物に怯える必要はないのです!」


 歴史に学ばぬ愚かな理論だと、リヨコは纏まらない頭で思った。


 それは遥か昔に既に行われ、失敗した計画なのだ。


 握りしめられくしゃくしゃになった書類がリヨコの手から落ちる。


 『魔導戦車』。


 ズヌバとの戦いの際に使用された『原本オリジナル』には遠く及ばないが、嘗て男の言う素晴らしい計画のため製造され、結局は人間同士の争いに使われた兵器。


 それ故に、大戦終結後、リヨコの家であるブロンス伯爵家は一機のみを残し廃棄を行った。


 遺された戦車が存在する。


 それを知るのは限られた人間だけであり、目の前の男のような一介の研究者が知る由もない。


 がなり立て続ける男の声が頭に響く中、リヨコは執務机の引き出しに辿り着くと、その中に入っている小瓶に入った水薬を何とか飲み下す。


 甘い匂いが遠のき、ほんの少し苦い匂いがする。


 僅かに正常な感覚が身体に戻るのをリヨコは感じた。


「それしきで我が『邪血』の芳香から逃れるとは、残り滓でも勇者は勇者か……」


 最早誰もいない空間に話すだけの存在と化した男の向こうで、黒いフードの女性が呟く。


 そしてそのフードが女性の手によって除けられると、そこに現れた姿にリヨコは刮目した。


 自分と同じ黒い髪、そして異なる黄色い目。


 だがその目の瞳孔は人間のそれではない。


 顔には赤黒く汚れた包帯が巻かれており、その全貌は分からなかった。


 だが、妖しい気配を漂わせるその姿は、同じ女性であるにも関わらずリヨコを動揺させた。


 次の瞬間、わめき続けていた男が一度大きく体を跳ねさせる。


 それきり言葉を発しなくなった男の両目から、赤黒い、命の穢れを濃縮したような血が流れ出した。


 男は床に崩れ落ち、そこに広がる穢れた血は、しかし何処にも浸み込むことなく女の足元へと流れて行った。


「ふむ、やはり持たなかったな。他の龍どもの真似事をしてみたが、やはり誰でも良いという事は無い訳だ」


 女はリヨコの居る執務机に近づくと、床に転がっている男、死んでしまっているのだろうか全く動かなくなったそれを、無造作に蹴り飛ばす。


 軽い蹴りだったのに関わらず、それは地面を大きく滑り壁際まで追いやられて行った。


 女から離れようとするリヨコだが、まだ身体が上手く動かない。


 抵抗する間もなく、リヨコはその体を女に抱き竦められてしまった。


 腰と、頬に回された手が無遠慮にリヨコの身体を弄る。


 強い不快感と共に、リヨコは甘い匂いが強くなるのを感じていた。


「ははあ、似ている。この女の身体の記憶に残っているぞ。確かに『リョーコ』の血を引いているな。こうしていると、奴の左腕をいでやった時のことを思い出す。愉快だ」


「お前……は……まさか……!」


「心が乱れているな。そうだとも。龍に『心臓』などあるものか。我々は魔力の発露そのものだぞ?」


 にやりと、妖しい笑顔を女は浮かべる。


「まあ、危なかったのは否定せんよ。過ちから学ばなければな。お前たちの様に」


 その笑いがくつくつとした物に変わる。


「寝ている間の歴史を学んだがな。お前たちは本当に愚かだな。あれほど笑ったのは記憶に無い程だぞ」


「ズ……ヌバ!」


「そうだとも。だが、その名で呼ぶことは許さん」


 リヨコは力を振り絞り、その腕から逃れようとする。


 腕は外れなかったが、黒髪の女性、ズヌバは愉悦の笑みを浮かべリヨコを開放した。


 突然の行為にリヨコは受け身を取ることも出来ず床に倒れる。


「我は心が広いので一度だけ許してやろう。お前はなかなか良い駒に成りそうだしな」


 床を這いずるリヨコを尻目にズヌバは彼女の執務机の椅子に深々と座った。


「如何に我が強かろうと、数の暴力というのは参る。本当にな。だから今回は、敵の良い所を取り入れようという訳だ」


 ズヌバは何を探すわけでもなく机の引き出しを順に開けていく。


 特に何か興味を引くものも無かったのか、つまらなそうにそれらを戻すと、未だ立ち上がることの出来ないでいるリヨコに視線を向けた。


「お前にも、チャンスをやろう。我が『邪血』を受け入れるのだ。何、別に心を支配するわけでは無い」


 ズヌバの、爪化粧された様に赤い人差し指の爪から赤黒い液体が滲み出る。


 それは机に落ちても、その球形を殆ど崩さずに形を保っていた。


「力を得て、自分の心のままに動けば良い。羨ましかろう? 好いた男の傍に居られるのが自分では無いことが悔しかろう? 我も人間の『心』とやらは勉強した。難儀よな」


 その言葉を聞いたリヨコの脳裏に、再び一瞬だけ赤髪の少年の姿が浮かぶ。


 それが彼女に勇気を与えた。


 今度は、自分が微笑みを浮かべたのが、リヨコ自身にも分かった。


「――せっかくの……申し出ですが、お断りします。ズヌバ(・・・)。」


 その言葉にズヌバは一瞬気色ばんだ。


 だが、次の瞬間、入り口の扉を粉砕しながら飛び込んでくる影が現れた。


 砲弾の様なそれは、緊急の信号を受け取ったグレース・マクテミスだった。


 リヨコの手には、アダムが使用したのと同じ、壊れた魔道具の筒が握られている。


 水薬を探した際、抜け目なく引き出しから取り出して隠し持っていたのだ。


 グレースは一切の雑念を捨て、突撃の勢いを乗せたその両刃剣を、執務机に座る女性に振り下ろした。


 机ごと女性を両断しようとするその刃を、ズヌバは頭の上でゴミでも摘まむかのように右手の指二本で受け止める。


 だがグレースは一撃をそのように止められた事に怯むことなく、咆哮と共に力を込め続けた。


 刃が、摘ままれた指の間を僅かずつ進んでいく。

 

「おお!」


 驚愕したのは刃を受け止めたズヌバだった。


 そして椅子からゆっくり立ち上がると、刃を摘まんだままその右手を軽く振るう。


 咄嗟に武器から手を放そうとするグレースだったが、間に合わず、武器ごとその身体は部屋の壁に叩きつけられる事になった。


 振り下ろされた刃は捩じ切られ、その一部がズヌバの右手に未だ残っていた。


 それを今度こそゴミの様に投げ捨てると、ズヌバは不敵な笑みを浮かべた。


やる(・・)。人間の力とは『数』だと思っていたが、個の力も昔よりはまし(・・)になったものだ」


 立ち上がったままグレースとリヨコを眺めるズヌバはその足を踏み出そうとして、その動きを止めた。


 瞬間、破壊された入り口から怒涛の如く魔法の嵐が舞い込んできた。


 進路上にあるもの全てを容赦なく破壊していくそれらは、部屋の両脇に倒れる二人にも僅かに被害を与えながらズヌバに殺到する。


 やがてそれが収まると、執務室には破壊の影響を免れている物は存在しなかった。


 たった一人、ズヌバを除いて。


「グレース! リヨコ殿! 死んでいても返事をしろ!!」


「セルキウス! 来るな! 援軍を呼べ!」


「――隊長……撤退を……。」


「山猿! そんな事はもうやっている!」


 二人の無事を確認したセルキウスは二人を部屋から連れ出す様に素早く他の隊員に指示を出すと、油断なく腰の細剣を構え、最前線に躍り出た。


「グレース隊長! あいつは……まずいです……!」


 フレンがその指示に従ってグレースを部屋の入り口まで引きずる。リヨコも同様に他の者によって退避されられていた。


「おお、痛い痛い。千年か、愚かな人間でもそれだけあれば強くもなるという事か。感心、感心」


 降りかかった埃を手で払いながら、ズヌバは余裕の笑みを崩さない。


「安心せよ。今回は顔見せだ。勇者の子孫とやらを一目見たくてな。なるほど確かに、忌々しいがあの者どもの子孫だったわ」


 感慨深げにズヌバは目を細めると、その手に何処からともなく黒い布で包まれた球体を出現させた。


「……? ……貴様!!」


「もう我一人でお前たち全ての相手をするのは止めだ。同じ結果の繰り返しだ。勝てぬ(・・・)。だから色々と試させて貰う。それに、せっかく目覚めたのだ。何かしら余興が無くては詰まらん」


 先ほどの魔法の嵐で部屋の壁には穴が開いていた。ズヌバはそれだけ言うと、その穴から外へと躍り出る。


 すぐさま後を追ったセルキウスだったが、その姿は既に何処にも無かった。



 アダムよ。お前も楽しむと良い。



 その最後の言葉だけが、残響の様に部屋に響いた。


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[一言] みんな言ってるフレンドリー過ぎね? とかに説得力が足りない気がすれど 安易に人になってない◎ 人目見て惚れるとかそんなん居るう? みたいにやっすいヒロイン居ない◎ ぶっちゃけ長編好…
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