第三〇話 偉大なるものとの出会い
ミネリア王国王都『クリスタリア』。
バイストマから、ナタリアの爆走馬車に揺られまくって三日の距離にそれは存在した。
今回は私以外に大して荷物も無かったため、馬車に乗っての移動となっている。
それに、せっかく作ってもらった余所行きの鎧を早々に汚したくはない。
本職であるゼブル爺さんの協力の下、突貫で作成した鎧だが、その出来栄えは見事の一言だった。
銀色のフルプレートを基本として、大型の肩鎧によって重厚感を増したシルエットは嘗て無い程の騎士っぷりを私に与えている。
それでいて全体のデザインは鋭角を基本としており、スマートな印象を私に与えてくれている。
ぶっちゃけて言えば、見た目全振りのイケメン鎧だ。
動きづらいため、戦闘能力はそれほど高くない。
これらは、流石に短期間で一から作るのは無理があったので、一番大きな鎧をパーツごとに分解して、装飾を刻んだ金属板を私とゼブルの二人で張り合わせるようにして拡張させる事で解決した。
また、恐らくはサーコートと呼ばれるであろう、刺繍が施された陣羽織に似た服飾を装備している。
これは既製品を接ぎ合わせて作成しており、主に青色の布地を選んで作られた。
だが、組み合わせるといっても、流石に全く同じ色の布地では無いので、配置を工夫することでちぐはぐな印象を与えないように気を付けている。
この辺りはロットが中々いいセンスをしていて意外だった。
ややヒロイックに寄りすぎて、私には華美過ぎると思わなくもないが、総じて受けは良かったので採用と相成った。
ようやく準備が終わり、手続きも後は実地でこなす分だけになったので、私はナタリアと共に王都へと出発する事となった。
その際、王都に到着までの間、馬車の中でずっとこの格好をするつもりだとナタリアに伝えた所、流石にそれはどうなのかと言われてしまった。
待ってくれ、これには深い訳がある。
脱いだら多分、元に戻せない。
すごく残念そうなものを見る目になっているが、本当にこれが複雑で、外したら自分では二度と着れない自信がある。
その後、紆余曲折を経て、手綱を握ることで残念な存在になったナタリアと共に、残念なおじさん扱いされた私は王都へと到着したのだった。
ファンタジー全開の鎧を身に着けている、ファンタジーそのもののゴーレムには言われたくないだろうが、王都を目撃した私の第一印象はこうだった。
嘗てない程、幻想的だ。
その質と、大きさ、高さに明らかな格差はあれど、周囲を防壁で囲まれているのはバイストマと同様だった。
だが、その内部は私の知る『自然の光景』とは明らかに異なっていた。
クリスタリアの中心には、二〇〇メートルは有ろうかという巨大な水晶の塔が聳え立ち、街はその塔の裾野に沿って渦巻いて行く様に建造され、中心の塔からは放射線状に道路が伸びていた。
また、その水晶に似た蒼い鉱物が、巨大な尖塔のように幾本も王都各所の地面から伸びていた。
それらから淡い乳白色の光が、ほわほわと綿毛の様に放たれている。
放たれた光は雪の様に地面に舞い落ち溶ける様に消えるか、いくつかは風に吹かれ細かな粒子となって消えて行った。
私の中の魔物の部分が、総毛立つのが分かる。
龍は世界を支える存在だというが、その住まいの一つたるクリスタリアをこの目で見て、その言葉の意味がはっきりと理解できた。正しく百聞は一見に如かずだ。
「あの水晶は、守護龍シャール=シャラシャリーア様のお力で生まれた物よ。多分、感じているのだろうけれど、魔力の流れを正し、結果として魔物を遠ざける効果があるの」
その効果を知った人間達が、シャール=シャラシャリーアに懇願してその麓に街を築く事を許された、と言うよりも見ない振りをして貰ったというのが、ミネリア王国の始まりなのだという。
つまり、水晶が先にあって、そこに街を築いていったが故の形状なのだった。
「あの御方は私達人間に直接的な協力はできない事になっているのだけれど、見て分かる通り、かなり協力的な御方なの」
絶対に何物とも関わりを持たぬように、龍は人跡未踏の地に住むことが多いと聞いていたが、確かにこれは人間にかなり手を貸しているとも言える状況だった。
かなり黒に近いグレーなのではないだろうか。
そんな龍が、私に興味を持っているという事実に、今更ながら震えが来そうだ。
王都外周に到着した我々は、予め話が行っていたであろう門番達と形式ばったやり取りを行う。
すごい見られている……!
派手過ぎたかと思ったが、勿論それもあっただろうが、思えば今の私は身長が二メートル以上あるのだった。
素体からして既に二メートル近い大きさなので、其処に装甲や鎧を着ると、簡単に大台を超えてしまうのだ。
昔はもっと大きかったんですよ、逆成長期ですね、などと冗談を飛ばせる訳も無く、内心のビビりを悟られないように、私は堂々と人々の視線を受け止める事にした。
ポーカーフェイスはゴーレムの標準装備だからな。
鎧来てるから顔は元々分からないという反論は必要ない。だって、分かっているからね。
口頭での宣誓を行わなければならない場面では、聾唖の人間に対して使われるプロトコルを流用してもらう事で対応し、いよいよ門を超え、城下町への出入りが許可される事になった。
バイストマでもそうだったが、この世界の建造物は基本的に石材が使用されている。
だが、王都というだけあって、この都市の方が数段建築技術は優れているようだった。
少し見ただけでも二階建て以上の建物が多く、元々の土地の関係上、緩やかな坂道の地面が多いのだが、盛り土をするなどしてその高低差を上手く解消していた。
あるいは、人間に好意的な龍が、明言はしていないものの、建築がしやすいように水晶自体の形を変えているぐらいまであるのかもしれない。
龍の祝福に守護された都市、それが王都クリスタリアなのだった。
守護龍は都市のどこからでも見える、中心の高い塔に住んでいるという。
その位置関係上、寄り添うように建てられた荘厳な王城を通過する必要があり、それだけでも王都と名の付くこの都市にとって最も上位の存在が誰なのかが伺える。
ナタリアと共に塔を見上げていると、足元に随分小さな影が近づいてくるのを感じた。
「おーお主がアダムか。めかし込んでるのー」
ぺたぺたと、私の足叩きながら、奇怪な髪型をした青白い髪色の幼女がそう言い放った。
透き通るようなレース地の服装が神秘さを齎しているというのに、片手には焼いた肉を串に刺した食べ物を幾本も持っており、その口元は恐らくは串焼きのタレであろう物で汚れていた。
そんな雰囲気が相殺された幼女の、その髪の色よりわずかに濃い青をしたその瞳が、私を見上げている。
「なるほど、なるほど、これはまた厄介な……魔物であって異世界人で無く、異世界人であって魔物では無いと来たか」
余りにも突然の登場だったので、思わず屈みこんで目線を合わせようとした私は、その幼女が現れる瞬間を知覚出来ていなかった事に気付き、驚愕した。
だが、一番慌てていたのは周りの人間だろう。
「なんでここにいらっしゃるんですか!?」
「ここは余の庭ぞ。何処に居ようが余の勝手よな。……上で待つのに飽きたわけでは無いぞ」
「何をお持ちになっているんですか!? お金は!?」
「肉じゃ。見て分からんか? ふむ、金な。金とは即ち『シャール』じゃな? 余もまた『シャール』である。即ち、余こそがこの王国における通貨そのものであり、持ち合わせがなくとも余という存在そのものがシャールであるが故……つまりな……あれじゃ……はい、論破!!」
「出来ていません! 何処で貰って来たのですか!?」
幼女は少し遠くの屋台を指差す。
それを確認した門番の一人が、恐らく自分の財布から代金を払おうとして、そこから硬貨を取り出そうとしていた。
慌てていたため、幾枚かが水晶の地面と、其処に張られた石畳の上に落ちる。
私は自分の近くに転がって来た百シャール硬貨を拾い上げた。
そこには、龍の姿が図案化され、彫り込まれている。
拾い上げた硬貨を見つめる目線の先に、変わらず肉の串にかぶりつく幼女の姿があった。
「余が……もぐもぐ……守護龍……がぶり……もぐもぐ……あー余が……これ旨いのう!」
なるほど、目の前の幼女はどうやらそういう事らしい。
これが私と、この世界を支える偉大なる守護龍、シャール=シャラシャリーアとの出会いなのだった。
まず飲み込め。