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第二十八話 彼女の名前はライラ・ドーリン 

 休暇が始まり一か月が過ぎようとしていた。


 その間に自分自身を振り返ってみると、反省しなければならないことがあった。


 最近の私は考え過ぎだった。


 ライラへの感情だとか、その家族への嫉妬だとか、それに、魔物である私を受け入れてもらうために、幾分か気を張りすぎだった。


 物事を難しく考え、自分の中だけで出した答えに自分で納得するため、悩みすぎていたように思う。


 だから今は


「アダム! 魔物が逃げてくぜ! やっちまえー!」


「アダム~うてうて~」


「私達のおやつ代となれー!」


 バイストマの近くの森で、休暇中のライラ達と一緒に、雑魚い魔物をいびっていた。


 オラオラ! ゼブル爺さんと一緒に作った簡易魔法短銃を喰らえオラ!


 なんだかんだ言って爺さんも男の子だ! 快く協力してくれたぜ!


 背中の大剣? こんなものはな! 飾りだよ! というか届く範囲に魔物が来ない!


 手首の下の装甲が開き、そこに組み込まれた小口径の銃身バレルから石で出来た銃弾が飛び出す。


 原理は簡単で、ライラも使える『飛礫ストーンショット』の応用だ。


 飛礫と違うのは、飛んで行く石が流線形になっていることで、命中性や威力が格段に上がっている点だ。


 『礫弾ストーンバレット』と名付けようか。


 え、この魔法、もうあるの? 


 こうやって戦っていると、悩みも消えていく気がするな! 私に足りないのは戦いだった!


 分かっている。


 これはダメなやつだ。自分の中の魔物ゲージがぐんぐん上がっている気がする。 


 だが、どうやら自分自身気づかぬうちに、心に疲れが溜まっていたのは事実だったようだ。


 思えば、身体が疲れないからと無理をしすぎだったように思う。


 調子に乗っていたとも言う。


 魔物として生まれ、ライラに出会い、衝撃が走り、地上行きたい熱が大暴走。


 馬車馬以下の労働契約での二十四時間労働を惜しまず、人付き合いも欠かさ無かったおかげで、仕事ぶりから評価、信頼されて魔窟主の討伐役に大抜擢。


 引き返したことはあっても、一度も止まっていない。


 自身を人間だと思うのならば、誰かに言われる前に休みをとって然るべきだった。


 今やっているこれが休みになるのかと聞かれたら、確かに自分でもどうかと思うが、休日に公園に行く感覚でライラ達に誘われているから仕方がない。


 正直、戦力差がありすぎてレクリエーション感があるのは否めないしな。


 私達は、バイストマ近くの森に魔物の間引きにやって来ていた。


 ライラ達はこの世界ではエリートに属する。


 連合に所属するというのが一流企業への就職だとするならば、冒険者になるというのは個人事業主か、フリーターに近い。


 勿論中には大成功を収めている人もいるが、基本的には裕福な人が少ない。


 そのために互助組織としてギルドがあるわけで、バイストマに逗留している冒険者達は大体、街のギルドから斡旋される仕事か、今の私達の様に独自に魔物を狩ったり採取活動したりするなどして生計を立てている。


 バイストマに居る冒険者の最近のトレンドは、私達が確保したあの魔窟の探索だ。


 ブロンス伯爵家によって運営されることになった魔窟は、探索と言うよりかは作業に近いものだが、確実に稼げる仕事として人気がある。


 ロマンや冒険は全くありはしないが堅実で、魔窟に入る冒険者達は攻略の際に建造された各種施設を格安で利用できるなど、福利厚生もしっかりしていた。


「ライラも、魔法で倒せば~? さぼってないで~」


「これは先輩として後輩に花を持たせてあげてるのです。さぼりでは無いのです」


「いや、さぼりだろ」


 結果、バイストマの冒険者達の多くが出稼ぎとして魔窟に活動拠点を移している今現在、駆け出しも駆け出しの冒険者見習いが行くような狩場を除いて閑古鳥が鳴いている状況だった。


 それも良くないので、休暇中のエリートであるライラ達に、バイストマの冒険者ギルドから直々に間引きのお願いが来たのだ。


 戦っていて再度感じるが、本当に私達にとって命の危険が全く無い狩場だ。


 定期的に下草の整備などがされているため視界も通っており、不意打ちの危険性も無い。


 だがそれでも、戦う力の無い子供などが迷い込めば命の保証は出来ない森なのだという。


 少年少女達が、和気あいあいとしながら散歩でもするかのように、実力差を悟って逃げていく魔物を屠っていく。


 この光景を、ゴーレムになる前の私が見たらきっと、ひどく驚いたのだろうな。


 今の私と、嘗ての私。その違い。


 実は私の生前の記憶だが、街で暮らすようになった時期から、ほんの僅かずつだが戻りつつあった。


 相変わらず自分の名前も姿も思い出せないのだが、街で暮らすようになり、前世で似たような場面があったのだろう、ふとした拍子に前世での記憶がフラッシュバックし、そのままいくつかの断片的な記憶が残るようになっていたのだ。


 平凡な人生だったと思う。


 少なくとも何かの分野で有名であったり、特別不幸な生い立ちだった訳では無い前世のようだった。


 結婚はしていた。


 妻は、私が好きな食べ物を夕食に希望すると、面倒くさがりながらも、それでも三回に一回は作ってくれるような、そんな記憶が思い出される人だった。


 子供は、一人いた。


 娘だ。


 妻と二人になって私の服装のセンスをなじりながら、確か、父の日にはカーディガンをプレゼントとして贈ってくれたはずだ。


 それを長く着続けて、所々大きく擦れたそれを見た二人から、早く捨てればと言われて傷ついた思い出がある。


 そして、その娘は――私よりも先に――。


 その先の言葉は、魂が拒絶しているかのように、心の中で形にすることすら出来ないでいる。


 周辺の出来事を思い出そうと試みても、その度に幾度となく深い絶望感が襲い掛かってくるため、情けなくも断念している。


 そういう時は、生き生きとしているライラの姿を視界で捉える。


 そうすると、心が解け、安堵感と、幸福感が私を満たす。


 それが何故なのか、先日ようやく分かった。


 この世界に、魔物として生まれ変わった私という存在は、恐らく確かに特別な事例なのだろう。


 だが、生まれ変わりという仕組み自体が存在することを、私自身が証明してしまっていた。



 ライラは私の娘だ。



 いや、娘だったと言うべきだろう。


 実は私の前世はライゼル・ドーリンであったという訳ではない。


 彼女の前世だ。


 ライラは私が前世で人間だった頃、親子の関係にあった、あの子の生まれ変わりなのだ。


 妄想ではなく、確信している。


 だが、余りにも感覚的なので言葉で表現することが難しい。


 未だ記憶の中で娘の顔は思い出せないが、その思い出は日に日に蘇り、増える一方だ。


 その思い出が、目の前の少女が自分の娘の生まれ変わりだと声高に主張してくるのだ。


 自分の中に生まれていた嫉妬心や、彼女への執着心から目を逸らすこと無く思考することで、ようやく私はその結論を直視することが出来た。


 気づいた時の感情は、筆舌に尽くしがたいものだった。


 もう二度と、あの子と離れ離れになりたくないという感情が私というゴーレムの中で暴れ狂い、独占欲で身が引き裂かれるようだった。


 あの子は私の娘なのだという思いが、自分の中の魔物である部分と同調するかのように、黒い感情を高ぶらせていった。


 だが、それは違うと、最近になってようやく思い直すことが出来た。


 重ねて言うが、最近の私は考え過ぎだった。


「今日はこれくらいで帰ろうか! お爺ちゃんに美味しい物作ってあげなくちゃだし。皆も食べにくるよね?」


「お~」


「し、しか、した、仕方ねえな。ご馳走になるぜ」


「アダムさんは、後で磨いてあげます! この前みたいに自分でやってたら汚れが残っちゃいますからね!」


 この子は、様々な人の愛に包まれ、この世界の大地にしっかりと両足を付け立っている。


 あの子では無い。


 ライラ・ドーリンなのだ。


 私ではない人物を父に持ち、不幸が満ちるこの世界のそれを減らそうと努力する、ライラ・ドーリンこそが今の彼女であって、他の誰でもないのだ。


 彼女は、幸せにこの世界で生きている。


 それで充分だ。


 充分過ぎる程だった。


 ようやく、自然とそう思えるようになった。


 帰路に着く少年少女達の後姿を眺めながら、私は彼女らの幸せばかりを祈っていた。


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