第二十七話 家族
「アダムだったかの。お前さんの話を手紙で知った時は、儂の眼がおかしくなったのかと思ったわい。魔物が儂の孫娘を助けた上、自分から人間の味方をしようなど言い出しているなんてな」
バイストマに到着した私たちは、街に入る手続きを終え、ロットやメルメルはそれぞれ自分たちの家へと戻っていった。
彼らは連合の社宅である集合住宅のような所に住んでいるらしく、一度荷物を置いたらライラの実家に集合することになっていた。
私は一足早くライラと共に彼女の実家に向かう事になった。
門で出迎えをしていた彼女の祖父、ゼブル・ドーリンも同道してである。
ライラと頻繁に手紙でのやり取りを行っていたらしい彼は、勿論私の事も把握していた。
出会ってから開口一番に飛び出したのは私への感謝の言葉と、先ほどのような台詞であった。
「もう、お爺ちゃん。アダムさんは本当に良いゴーレムさんなんだから。魔窟主を倒して、魔窟の核を確保だってしたんだよ! 私達の大事な仲間なんだからね!」
「分かっとる、分かっとるわい」
厳めしい顔をしているが、孫娘と無事再会できたことへの喜びが隠しきれていない彼は、髭で隠れた口の辺りをもにょもにょと動かしながら会話を続けている。
ゼブル・ドーリン。御年六十八歳の純ドワーフ人種である。
感覚的に、間違いなく私よりも年上だろう。
この世界におけるエルフやドワーフといった人種は、私の記憶にあるファンタジーのそれとは見た目が似ているだけで、彼らが特別長寿だったりはしない。
これもまた勇者の時代に持ち込まれた言葉のようで、勇者達が自分たちの知識にあったそれと外見上の特徴がとても似ている種族を、それぞれエルフやドワーフと呼称したのが始まりらしい。
よってフレンも外見通りの年齢なのである。どおりで最初の印象がテンプレート的なエルフと異なっていたわけだ。もっともそれもフレンの性格の全てでは無いわけだが。
ゼブルという名前の音が、私の骨格にも使われている『ゼブレ鋼』に良く似ているので何か関係があるのか尋ねたところ、彼の先々代が製法を生み出した金属との事だった。
そういった話をライラから聞いた覚えが無いのは、彼女は祖父の仕事である鍛冶には本当に興味が持てないという事なのだろう。
私にも前世で似たような経験があるのか、妙にゼブルに同調してしまい、心が痛む。
金属の話題に気をよくしたのか、彼は家への道中様々な金属にまつわる話をしてくれた。
ライラは祖父ばかりが私と話していることに少しむくれている様だったが、彼が私と親しげなのは満更でもない様子で、複雑な表情をしていた。
ライラ、私の視界はこの状態でもちゃんと全方位あるからその顔は見えているぞ。
ナタリアが持つ小杖は真銀と呼ばれている希少金属で作られているのだが、これも私には聞き覚えのあるファンタジー用語だった。
翻訳の関係でそうなっているのでは無く、これもまた異世界人である勇者達が持ち込んだ言葉との事だ。
勇者の時代に自重無く彼らに力を貸した龍達は、様々な素材や技術を生み出していった。そしてそれらには勇者が名付けした物が多く、結果として異世界の言葉が多く使われているという訳だ。
逆にゼブレ鋼や、モルデグリン軽魔法合金などの聞き覚えの無い金属などは、比較的新しい時代に生み出された素材だという事だった。
そうこうしている内にライラの実家である『ドーリン魔導鍛冶店』が前方に見えてきた。
他の鍛冶屋も立ち並ぶ一角にあるその家屋は、通りに面している側が店舗としの機能を持ち、奥側が住居スペースとなっている。
少し離れた場所にはゼブルの仕事場である、鍛冶場らしき小ぶりな建物も存在していた。
鍛冶屋街にあると聞いていたので多少の騒音は覚悟していたのだが、金槌で何かを叩く音は確かに聞こえてくるのだが、思っていたほどの騒音でもないのが不思議だった。
「金槌を振るうのも、そりゃあ勿論やるがよ。魔導鍛冶ってのは、お前さんの様に魔法で素材を変形させるもんだからな」
なるほど。自分を棚に上げてしまっていたな。
鍛冶だけで無く、ライラのブーツが彼の作品であるから分かるように、ゼブレは様々な工芸に精通しているようだった。
剣や鎧が並ぶ店舗を抜けて住居としての家の中に入ると、そこには彼の手製と思わしき家具や、小物が溢れていた。
何処かほっとする調度の数々に見とれていると、ゼブレは私用に補強した椅子を用意してくれていた。
危うくコントの様な有様を見せるところだった。
それから、私から見たライラの仕事ぶりなどを伝えている内に、荷物を置き終えたロットとメルメルがやって来た。
ライラが他の二人と一緒に笑いあっている姿を見るゼブルは、本当に幸せそうだった。
食事を共にし、それぞれの武勇伝などを語り合いながら、楽しい時間は足早に過ぎ去っていった。
そして夜も更け、ロットは帰宅の時間となり、メルメルは今夜は泊まることにしたようで、話の続きはライラの部屋でということになった。
「おやすみなさい。お爺ちゃん、それにアダムさん」
「おや~すみ~」
「おう。あんま夜更かしすんなよ」
『おやすみライラ』
ゼブレと居間に二人きりになり、彼が自作のゴブレットにワインに似た酒を注ぐ。
二つ準備しようとして、途中で気付いた彼は、自分の分だけを持ち私を彼の仕事場へと誘った。
「昼も言ったと思うが、アダムよ、本当にありがとうな」
酒の入った彼の口からは再度感謝の言葉が吐き出される。
「お前さんとライラ達を見ていると、自分の常識ってもんが音を立てて崩れちまうわい」
二口目を煽り、彼は仕事場に掛かっているモノクロの写真を眺めた。
「あれが、儂の息子、ライラの父親だ」
まだ赤ん坊のライラと、それを抱く今よりも若いゼブレと共に、背が高いやさしい笑顔の男性が写っていた。
ライラに似ている。いや、ライラが似ているのか。
「話にゃ聞いているだろう。儂の息子は、あの子がまだ三歳だったころに魔窟で死んじまったってな」
それからゼブルはぽつぽつと話し始めた。
ライラの父親であるライゼル・ドーリンは、ゼブルと、ドワーフ種ではない普通の人間の女性との間に生まれた子供だった。
ライラの祖母に当たる女性とは、冒険者だった彼女が、彼の武器を気に入ってお得意様になり、そこから徐々に関係を深めていったらしい。
母親に似たライゼルには、ライラの様な土魔法への適正は無かったが、手先が器用で細工や魔道具を作らせれば、その腕前は相当な物だったという。
当然自分と一緒に店をやっていくのだと思っていたゼブレだったが、彼の妻、ライゼルの母親が仕事中に魔物によって命を落とすと、状況は変わった。
ある日、ライゼルは自分も母親の様に冒険者になると言い出した。
ゼブルはそれを止めず、代わりに自分が作成した武具の中で最高の物を彼に渡した。
やがてバイストマから他のもっと大きな街に仕事の中心を移したライゼルは、故郷に送る手紙も少なくなっていった。
だがある日、ライラを連れて帰って来たのだという。
彼女の母親は、彼と共に一党を組んでいた女性だという。
ゼブルは当然詳しく聞き出そうとしたが、憔悴している嘗ての自分に似た彼の姿を見て、深く追求することを避けた。
この街で、鍛冶屋をやっていけばいい。堪らずそう言葉にしたこともあったそうだ。
だが、結局彼は魔物に挑み続け、そして遂に帰って来ない日がやって来た。
「お前さんが何を言いたいのか当ててやろう。その胸のやつに書かなくたって分かる。それで、何でライラにも同じ道を歩ませているのか、だろう」
その通りだった。
ライラは確かに責任を持って調査隊の仕事をやり遂げている。
だが、今の話を聞くと、そもそもそういった仕事に就くのを許した事自体が、とても正気とは思えない。
私なら絶対に反対する。
「ドワーフの性分ってのは厄介でな。どいつもこいつも、てめえのやりたい事が一番大事なんだ。心に決めた一番があると、それ以外は目に入らなくなっちまう」
性分。性分だと。
そんな言葉を言い訳にして、大切な孫を魔物の矢面に出すのか!!
「お前さんは、本当に魔物なのか? かかあが生きていたら絶対に同じ事を言っていただろうな」
ゼブルはまた一口酒を飲んだ。
「儂も、息子までも帰って来んかった時は、勿論堪えたよ。良くある話と割り切ることなど出来んかった」
ではなぜ。
「ライゼルはな、あの子を連れ帰ってから暫くしてこう言いおった。『この子のためにも、世界から魔物の脅威を取り除いて見せる』とな。どんな気持ちで言っておったのかは、違たりしようはずも無い。息子は、本気だった」
私の脳裏に調査隊の人々の顔が浮かんでは消えていった。
皆、自分のやるべき事を、一つの意思の下、精一杯、全力で行っていた。
私が最初の頃の待遇を受け入れたのは、ライラと離れがたいという気持ちが始まりにせよ、彼らのそういった部分を感じ取っていたのも有ったのかもしれない。
「ライラに儂の素養が受け継がれているのを知った頃だ。儂はその使い方をあの子に教え込んでいった。金槌は一時間もせずに投げ捨てられたがな」
目に浮かぶようだ。
「ある日、『石壁』の魔法を見せて、儂はあの子に、この魔法で街の壁なんぞを作っておることを教えた。だが、それであの子は何と言ったと思う」
ゼブルが思い出し笑いをしながら答えを口にする。
ライラはこう言ったのだ。
『もっとキラキラしたのが良かった! でも、これでお外のみんなも守れるってこと!?』
ライラよ、お爺ちゃんにしっかり土魔法への不満が伝わっているぞ。
きっとゼブルは、土魔法を街で生かしてもらうために教え、それをを望んだのだろう。
だが、ライラは自分の才能を、既に安全な街ではなく、広い世界で人々のために使う事を選んだのだ。
「あの子は、逃げないし、曲げないし、挫けなければ、諦めもしない。儂も、息子も、ご先祖も、方向性は違えど皆そうだった」
それは――もはや呪いではないのか。
「いいや、信念だ。くそったれな神の試練とやらが蔓延るこの世界で生きるにゃ、それが必要なんだよ」
ゼブルはゴブレットの底に僅かに残っていた酒を飲み干すと、立ち上がり、仕事場の奥から奇妙な装置を持ってくる。
回路が刻まれた箱に、幅広のラッパの口に似た金属部品が付いているそれを私に向けて投げてよこした。
「ライラが手紙に書いていた。お前さん、一度話そうとしたけどダメだったってな。そいつは儂が拡声機を基に試作した発声装置だ。試してみてくれ」
話は終わりだとばかりに話題を変えたゼブルの表情は、その意思を変えるつもりは無いようだった。
私はその装置を喉の辺りに組み込み、試してみる。
が、残念ながら上手く作動しなかった。
「ああ、ちくしょう。上手くいけばよかったんだがな。息子のようにゃいかないらしい」
ゼブルは装置の不良を理由に返却を希望したが、私はそれを有難く受け取っておくことにした。
何れ私の方で調整することで使えるようになるかもしれない。
呆れたように笑いを浮かべたゼブルは、大きなあくびをすると仕事場を去ろうと出口へと向かった。
「ああ、最後に……言えた義理じゃないのは分かっとるが……」
最後まで言い切らずに、ゼブルは外へ出て行った。
声には出なかったが、伝わる。
伝わってくる。
愛だ。
彼はライラを確かに愛している。
そして、ライラの父親もきっとそうだったのだろう。
それがはっきりと理解できた。
だが、一人になった仕事場で、私の心の去来するのは使命感や、意欲では無かった。
ライラの家族に出会い、その話を聞き、確かに存在する絆と愛情を思い知らされた私は、自分の心に生まれていた別の感情を、今こそ自覚した。
――私は、嫉妬していたのだった。