第二十六話 バイストマ到着
この世界における街という物について、私は殆ど知識が無かった。
そこで、ゴーレム馬車での移動中に何度か挟む休憩時間の間、ライラ達の好意で教えてもらう事になった。
この世界における人間にとって安全な場所という物は、即ち魔物の脅威が少ない場所という事である。
魔力の淀みが魔物を生むことは判明しているので、つまりは淀みが少ない土地こそが、街などを築くのに適した土地という事になる。
ではどういった土地がそれにあたるのかというと、まず温暖であることが挙げられる。
極端に暑かったり寒かったりする場所は、この世界に満ちる魔力が安定していない事の表れらしく、また、地震や地滑り、台風などが多い土地も同様との事だった。
前世では確かそんなところに住んでいたような……。
兎に角、自然豊かで、気候も安定しており、かつ防衛設備が築きやすければそこは人間が街を作るのに適した土地という事だ。
つまり、そんな場所は少ないのだった。
また、その土地の安定度によって街を広げられる範囲も限定されており、そのため街と街の間はある程度の距離が離れているのが当然であるとの事だった。
バイストマは、山の麓に建てられた、鉱物資源を加工する生業を中心に栄えた都市だという。
つい先日まで、私の世界のほとんどを占めていた魔窟が発見される原因となった鉱山の落盤事故で、一時はその産業への影響もあったようだが、結局は他の鉱山や、隣接する山々から充分な量の鉱石は集まったので、特に問題は無かったとの事だ。
分かりやすく損をしたのは、取引先に輸出する鉱石が減ったブロンス伯爵家という事だ。
この世界における魔力について話に出たので、物のついでに色々と詳しく話を聞くことにした。
かつて自由時間に他の隊員からも話には聞いていたが、この世界における常識とも言える物なので、皆前提となる知識がこちらに抜けていることに気付かずに話を進めるので少し大変だった。
まだそこまで打ち解けていない時期に聞いた所為もあり、あーなるほど、完全に理解したわ、という態度を取らざるを得ない時もあった。
「魔力は、この世界を形作る最も基本的な力の総称です」
ライラはナタリア女史の眼鏡を掛けた状態で私に向かって話をしてくれている。
その眼鏡は義務なのか?
魔力には属性という物があり、メルメルの話にもあったが、四元素『火』、『水』、『土』、『風』の四種類が基本で、それらが組み合わさって様々な異なる属性が発露し、この世全ての存在はその影響を受けているのだという。
「魔力のみで形作られた存在はこの世でただ一つ、『龍』だけですが、私達人間も含め、全ての存在は必ず魔力を内包しています」
そしてその体に宿る魔力を使い、魔力で作られた世界に働きかける事で様々な現象を引き起こすのが『魔法』という訳だ。
「因みに、魔物を倒すことなどで、その存在が持っていた魔力の一部を取り込むことが出来るのですが、その際取り込まれた魔力が作用する部位や限界値はその人の素質によって異なります」
私の場合、核に蓄えられた魔力の使い道は、自分の身体の構成によって異なる。どんなに魔力を蓄えても、発揮できる実力は良くも悪くも身体次第であるという事だ。
ライラ達人間は、仮令全く同じだけの総魔力量を持つ人間であっても、ロットとメルメルがまるきり違うようにそれぞれ能力は異なって表れる。
第六調査隊で言えば、魔力が肉体的な強化に作用しているのがロットやフレン、それにグレースら男性陣で、魔法を使う能力に作用しているのが女性陣だ。
「因みに、私は信じてませんけど。四元素のどれが自分の属性で強いかによって性格も大別できるとか。まあ、私は信じてませんけど」
試しに聞いてみたところ『火』はお調子者、熱血漢。
『水』は涙もろく、情に厚い。
『風』はせっかちで、自信家との事だった。
「それで『土』はね~とにかくあたまがかたくって~、こうときめたら~もう『頑固』で~、ついでに『我慢強い』~っていわれてる~」
「まあ、私は信じてませんけど!」
土属性について中々話そうとしないライラの代わりに結局メルメル名誉大先生が答えたが、これは血液型占いのような物だろう。
こう言うのは、誰にでも当てはまる様な事を言っているだけだからな。そうに違いない。
私も信じない。
「ちょっと! ナタリアさん! 貴女は手綱を握っちゃダメだって前から言われてるでしょう!」
「いえ、でも、私の風魔法を併用すればもっと早く目的地に到着出来るはずです」
「それでいっつも暴走してるでしょう!? 手綱を握るといつもの冷静な貴女が吹っ飛んでっちゃうんだから!」
他の女性職員に注意を喰らっているナタリア女史は見なかったことにする。
それで眼鏡を直ぐに取り戻しに来なかったのか。
楽しい旅の時間は過ぎて行き、そしていよいよ遠目にも私達の目的地が見えるようになった。
緑豊かな裾の広い山の麓に煙突から煙の上がる家々が立ち並び、街の西側には大きな湖が隣接している。
そして、山の中腹や湖の一部までも含んで、街全体を大きな円形の石壁がぐるりと囲んでいた。
石壁の上には、歩哨らしき人影も辛うじて見て取れる。
「アダムさん! あれが私たちの故郷! バイストマです!」
美しい街だと思った。
人が住むには、こういった風光明媚な場所が適していると聞いていたが、そういう事ではなく。
私には、この魔物溢れる危険な世界において、人々が力を合わせて生き抜こうとする意志が形となって、街を形成しているかのように思えた。
街に近づくにつれてライラ達のテンションは上がる一方だった。
久しぶりの故郷なのだ、無理もないだろう。
魔窟で魔物相手に命のやり取りを行っている姿を多く見て来たため、こういった年相応の少年少女らしさを感じることが出来る態度は、私の心を和ませる。
やがて街道の分かれ道に着くと、ここで王都に向かう組とはお別れとなる。
「アダムさん、ロット達をお願いしますね。何かあれば冒険者ギルドからでも連合に連絡は出来ますので」
「ナタリアさん、手綱から手を放してください。離して……離し……みんな! 掴まって!」
最後の最後に私の中のイメージが崩れた疾風のナタリアは、文字通り風になった。
噴射装置で知ってはいたが、やはり風魔法の効果は凄いな。
道々同道する人達はライラ達以外もいたので、皆で固まって街の門まで歩いて行くことになった。
大体八〇〇メートルほどの距離だ。
荷物は、可能な限り私が持とうとしたが、皆それには及ばないと遠慮してくれた。
ライラからは、気を使いすぎだと言われたが、確かにそうかもしれない。
メルメルは荷物ごと肩車を要求してきたのでせっかくだから要望を聞くことにした。
わかった。順番だな。目が怖い。
ロットは流石に固辞したが、何れ不意打ちで乗せてやろうと思う。
門の前には出迎えの人々がこちらに手を振っている。
皆がそこに知人や家族の姿を見つけ、大きな声を上げながら手を振り返していた。
「あっ! お爺ちゃんだ!おーい! お爺ちゃーん! 無事に帰ったよー!」
私に肩車をされながら、ライラも大きな声を上げる。
彼女の視線の先には、人ごみの中で目立つ、やや背の低い禿頭で立派な髭を蓄えた男性がいた。
ドワーフであるというライラの祖父がそこにいた。
私の中に残る記憶から想像していたイメージ通りの人物で、その大きな筋骨隆々の腕を音が聞こえてきそうなほど振り回しながら、ライラの名前を呼んでいるのがここからでも聞こえていた。
グレースと良い勝負だ。
彼が、ライラの家族。
そう思った瞬間、ほんの僅かな時間、私の心に形容しがたい感覚が走ったのを感じた。
だがそれも、ライラ達を無事に家に送り届けられたという安堵の中に溶けて行った。
「ただいま!」
皆の笑顔が眩しい。
そして今は、この街での今後に、私は不安と期待を高まらせるばかりだった。