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第二十四話 一つの終わりと始まり

 組付き、巻き付いてハメ殺すという自身の必勝パターンを破られた百足はその行動を変化させた。


 壁面から強引に天井に上り、逆さに張り付いた状態から落下攻撃を仕掛けてきたり、退化した足の残る尻尾の一撃とタイミングをずらして、頭部側による薙ぎ払いを繰り出してきたりするなど、実に多彩だ。


 クレイモア魔法による痛手は、やはり相当な物だったらしい。


 それが届かない上方向や、装置の斉射で同時に攻撃を迎撃される事が無いように立ち回っている。


 時に、突進への回避行動に噴射装置を使用させられる場面も存在した。


 だが、それも無意味だ。


 再生速度がいかに早かろうが、こいつはその再生の際、自分の身体の一部を使用して補填を行っているだけだ。


 私の一撃一撃で骨が粉砕され、次第にリソースが削られていく以上、それはいずれ尽きる。


 奴は頭で判断していないだろうが、戦闘本能はそれを十全に理解しているようだった。


 先にこちらのリソースを使わせる作戦に出たのだ。


 もう奴は全力の突進しか行ってこない。


 この直径二十メートルのドーム内を、暴走する機関車の如き様相で駆け巡っている。


 奴に疲労という概念は存在しない。


 私も同様だから良く理解できる。


 あの骸骨の身体を維持するための魔力計算式は、ゴーレムである私のそれとほぼ同等との事だった。


 であるならば、あれほどの速度で突進を休みなく繰り返している奴の魔力は、収支と支出のバランスが崩れ始めるはずだった。


 だがそうは問屋(魔窟核)が卸さない。


 恐らくは、私が文字通り足を使い切るまでは持つのだろう。


 しかし奴は間違いを犯した。


 全力の突進を繰り返しているという事は、同じ速度での突進を繰り返しているという事だ。


 既に、タイミングは見切っていた。


 奴と私が正対する。


 避けることは既に難しい。


 前方のクレイモアだけでは、奴の頭部にかなりの痛手を与えられても、突進の勢いを殺せず後続の身体に轢かれてしまうだろう。


 だが、これはクレイモアだ。


 本来の使用法は、()()なのだ。


 そして、私は既にその準備を完了していた。


 私の腰部には、装置を取り付けるために、それを目的とした部品が金属の輪の様に腰回りをぐるりと取り囲んでいた。


 その一か所の結合を解くことで、計六機のクレイモアはベルトに繋がれているかのように横一列に並べることが出来る。


 私はそれらを、相手に向かって緩い弧を描くように地面に突き刺す。


 そして来るべき衝撃に備え、足元の踏ん張りを強めた。


 私が避けられないのではない。


 ()()()()()()()()()()()


 六機全ての装置が作動し、最適なタイミングと角度で放たれた金属球達は、大口を開けて襲い来る頭蓋骨を、その原型を残さぬほどに爆散させる。


 頭部を失ったすぐ後ろ側の胴体は、内部に飛び込んだ金属球により、やはり原形をとどめていない。


 残る胴体も、先端から加えられた、様々な方向からの力に押し留められた事により、大きな痙攣のような動きを伴ってその勢いを減ずる。


 趨勢は決した。


 だが奴は最後まで戦いの意思を無くさなかった。


 あるいは、奴の意思など最初から何処にも無かったのかも知れない。


 突如、奴の身体が尾部からまるで靴下をひっくり返すかのような動きを見せた。


 それはろっ骨をへし折り、胴体部に残る腕を逆しまに巻き込みながら、先端の開口部より、私に向けて殺到しようとしていた。


 腰の装置が外れ身軽になった私は、殺到する腕の波を両腕の武器をもって迎撃する。


 縋る様な、恨むような、逃げ出そうとするかのようなそれらを、物皆塵に還した時には、そこにはもう、骨で出来た不格好な一輪のタイヤのような物体しか残っていなかった。


 そしてそれも、やがてゆっくりと魔窟に吸収され消えていった。


 最後に残ったのは、赤い光を放つ、だが全く光沢を持たない不思議な球体だった。


 ボーリングの玉程の大きさのそれが何であるか、私は直ぐさま理解した。


 目の前にある球体こそが『魔窟核』。


 この魔窟の心臓そのものなのだという事を。


 戦闘音が止んだことで、間もなくグレースが様子を見に来るだろう。


 それまで核に特別な動きを起こさせないように見張っていなければならない。


 私は、その赤い光を放つ核から目を離さないようにして――。


 自分の左手首を、右手で握りつぶしていた。


 無意識的に核に向けて手を伸ばしていた左手が地面に落ちる。


 今、確かに引っ張られた。


 身体ではなく、心でもなく、もっと根源的な部分。


 魔物という存在そのものを引き寄せる感覚があった。


 抵抗できたのは幸いだった。


「アダム!!!!」


 巨大な得物を軽々と片手で保持したまま、猛烈な勢いで部屋に飛び込んで来たグレースは、状況を一瞥すると私と魔窟核の間にその体を滑り込ませた。


「勝ったのだな」


 ああ。


 だが、こちらの返答は油断無く核を見据えるグレースには届けようが無い。


 既に引き寄せられるような感覚は残っていないが、私は念のため魔窟核から離れて行く。


 グレースはそれとは反対に核に対して近づいて行くと、ポーチから厚手の黒い布を取り出した。


 そして、その布を赤い光を放つ魔窟核に上から被せる。


 黒い布は意思を持っているかのようにそれを素早く包むと、締め上げ、ぴったりと巻き付いてしまった。


 赤い光はその布に遮られ、全く漏れていなかった。


 グレースは慎重にその状態の魔窟核を持ち上げ、問題がないことを確認すると私に向き直る。


「凱旋だ!!」


 何処か大人しくなった印象を受ける魔窟の中を地上に向けて昇っていく。


 階段を確保していた隊員達と合流し、彼らから様々な祝福の言葉を受ける。


 その際、自分の武器と私の武器とを打ち合わせる者や、背中を軽く叩いてくれる者もおり、それらの事一つ一つが、私には堪らなかった。


 ナタリア、フレンとも合流し、やがて第十四階層に到着する。


 思えば、人と共に生きることを心に決めた私という、今の自分の始まりはここだった。


 もしもここで、私が掘った通路にライラが落ちてこなければ。


 もしもあの時、彼女と意思を交わすことが出来なければ。


 全ては運命だと、そう言ってしまえるほどに私にとって劇的な瞬間だった。


 それからしばらく上り、私はまた彼女らと無事に再会する事ができた。


 ライラ、その傍に佇むロット、メルメルが階段を上った先で私を出迎えてくれている。


 私に向かって突撃してくるのは、今度はロットではなくライラだった。


 第三階層、この階層を総括しているセルキウスは、相変わらずの態度で出迎えてくれるが今日だけは、ほんの少しだけ違うような気がしていた。それが分かることが、嬉しい。


 付き合いの長いグレース達はもっとはっきり分かるようで、散々彼を揶揄していた。


 笑顔のまま、魔窟調査隊の面々は次々と地上へ出て行った。


 外の歓声が、魔窟の中まで響いている。


「アダムさん! 行きましょう! 一番の立役者が居ないと始まりませんよ!」


 ライラが、私に比べれば随分と小さく、だが決して弱弱しくはないその手で、私の血の通わない右手を引いて行く。


 ただただ、暖かかった。


 やがて光が私に降りかかり、同時に一際大きな歓声が鳴り響いた。


 知らぬ顔は何処にも無い。


 それに応えようと、私は残った右手を大きく掲げた。



 ――ブロンス伯爵領カロワ山脈第一降下式洞窟中型魔窟、確保完了。


 


 もしここまでの私のゴーレム生が一冊の本だったとして。


 こうやって一つの終着点を迎えた今ならば、最後にもう少しだけこの後のお話を語ることで、その本は閉じられるのかもしれない。




 だが、この話はまだ、ここで終わりでは無い。




********


 歓喜に湧く彼らを、長い黒髪の女性が、遠く離れた山中の崖より眺めていた。


 到底眺められる距離では無いその距離から、彼らと戦利品たる魔窟核を眺めていた。


 罅割れ、ボロボロの革鎧。


 黒ずんだ汚れの目立つ赤い外套。


 それらを身に纏い、顔を汚れた布で隠した女性は、自身の爬虫類を思わせる瞳孔を持つ黄色い目を、爛々と輝かせていた。


「また、面白い『物』を寄越したのだな。――いや、やはり只の下らぬ『者』か」


 女性は歓喜の中心にいる土くれに目を向け、侮蔑がこもるその言葉を吐き捨てるように呟く。


 その視線が、喧騒の中心からはやや外れた場所に立つ、自身と同じ黒髪を持つ少女に向かう。


「良い目をしている。ふ、ふ、ふ……良い目だ」


 やがて女性は、ブツブツと独り言を呟きながらその場を離れた。


 甘く人を狂わせる、穢れの匂いをその場に残して。

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