第二十三話 九十九骨の百足と秘密兵器
読者の皆様に大変残念なお知らせをしなければなりません。
流石にストックが尽きました……。
本日より、「毎日2回」から、「毎日1回」に投稿頻度が落ちる事となります。
明日からは17時投稿のみとなる予定でございます。
何卒ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。
2週間は続けたかったのでくやしい……。
思い返すべき記憶はここまでだった。
ここからは、まだ見ぬ未来が待ち受けている。
なんやかんやあって始めた紙芝居も終了し、職員達は各自の持ち場に向かって行った。
私が生まれた魔窟、その全五十二階層は隅々までも探索され、最下層への最短経路が判明している。
油断は無いが、十か月もの間攻略を行っていた魔窟であることもあり、私とグレースは何も問題もなく最下層へ続く階段の前に到着することが出来ていた。
私と出会った時に身に着けていた装備とは異なり、グレースは本来の装備である両刃剣を身に帯びている。
長大なそれは、取り分け中間の柄が長く、剣というよりも中国における斬馬刀の刃がその両端に付いているような形をしていた。
私が持っているゲームやアニメなどの記憶にこそ多く存在するが、実物が目の前にあるのは不思議な気分だ。
今更かもしれないが。
「アダム、これを渡しておく」
グレースにしては小さな声で、彼は私に小さな筒を手渡して来た。
「もしもの時はどんな方法でも良いから壊せ。私の持つ、受け取り側が反応するようになっている」
緊急ブザーの通信版の様なそれを、私は左手首側に装着した。
「行ってこい! そして、勝て!」
最後はやはりいつもの彼だった。
私は、普段よりもやや長い螺旋階段を降りていく。
結局の所、ここに来ることになっているのが妙に可笑しかった。
或いは魔物としてここを目標にした可能性も、もしかすれば有ったのかも知れない。
だが今は、人として、この身体で生きて行くと決めたのだ。
だから、貴様はここで討伐させて貰うぞ。
階段の終点に辿り着いた私は、素早く部屋に飛びこみその中心を目指す。
その瞬間、先ほど私が通過した入り口に、高速で動く、白く長い物体が襲い掛かった。
外壁に体を擦らせながら沿って動くそれは、魔窟の壁面の僅かな光によってその姿を闇に浮かび上がらせていた。
正に、怪物だ。
人間の首から下、あばら骨までの骨格が、子供がふざけて遊んだかのように次々と連結し、それがまるで蛇の胴体の様に見える様は悍ましいの一言だ。
その胴体が、今私の目の前で、各々の手を使って這いずっている。
そう、こいつは蛇のように胴体をくねらせて動くのでは無い。
こいつは百足なのだ。
連結した胴体に残る肩の骨からは、その大きさに見合った両手の骨が伸びており、それらが我武者羅に地面に指を突き立て、土を乱暴に掻きながら体を動かしていた。
入り口は、完全に塞がれてしまっている。
最初の一撃で私を仕留めそこなったことに気付いたそいつは、蛇が鎌首をもたげるかのように、自身の先端部を持ち上げ、こちらを見据えた。
全長二メートルほどの頭蓋骨が、そこには有った。
怪しい魔力の光を眼下に宿し、その口腔からは草刈り鎌のような武器を持った腕が二本飛び出している。
メルメルが見せてくれた図が正しいことがはっきり分かった今、こいつの尻尾側が、身体を支えることを放棄し、退化した両足の骨が絡み合った形であることも理解できた。
九十九骨の百足が、頭を振り下ろすと同時に、身体が私に向かって突撃を敢行する。
私はそれを、大きく動いて回避する。
こいつの相手をする場合、兎に角、距離を離さなければならない。
高速移動による頭突きや、先端の頭から生える腕と鎌にばかり注意を向けると、移動に使っている側面の腕共に掴まれてしまう。
抵抗できなければ、そのまますりおろされて殺されてしまうか、あるいは今こいつがやろうとしているように、巻き付かれながら他の腕で殴打され、そして次第に増えていく腕に引き裂かれながら圧死する。
また、回避のために大きな移動を行っても、壁からは可能な限り早く離れなければならない。
二十メートルのこいつでは、この部屋の外周全てを身体で取り囲むことが出来ない。
だが壁に近ければ近い程、こいつが私の周囲を包囲出来る可能性が高くなってしまう。
理屈の上では、壁からもこいつからも、六、七メートル程離れていれば包囲される心配は殆ど無くなる。
もしもの時は耐えられるようにと作った身体だが、相手の術中にはまる意味も無い。
しかし当然、魔窟主として私以外の挑戦者を屠って来たであろうこいつが、それを理解していないはずも無かった。
こいつは私に広い空間を使わせないように、その長い身体を障害物として効果的に使っているのだった。
また、中心付近に陣取られると、先ほどの条件を満たすことはかなり難しくなる。
初めに、こいつの相手を限定された空間内でしなければならないと判明した時、真っ先に上がったのが一部研究者たちが激推ししていた遠距離専用の火器類による戦法だった。
だが、寄生している核の影響で再生速度も向上しているであろうこいつを相手取るには、前にも言った通り継戦能力等に問題があった。
そこで、もっとシンプルに考える事になった。
結局、上の階で私の帰還を待っているグレース達先人がその答えだった。
小賢しく動く胴体に向けて、私は突進する。
待ってましたとばかりに私を掴もうと腕構えられ、先端と尾部が輪を描こうと動き始める。
両腕のアックストンファーを斜めに構えたまま、私は走る出すと共に脚部、背部の噴射装置の貴重な一回をそれぞれ作動させた。
加速し激突したそれらによって、百足の胴体がそこから生える腕諸共、粉々に粉砕される。
この感覚は、久しぶりだな。
だが、相手には私同様痛覚など無い。
私により半ばまで粉々にされた胴体を気にも留めず、相手は私の身体を締め上げようとするその包囲を完成させんとしていた。
そうはいかない。
私の腰部に取り付けられている装置がいよいよ本領を発揮することになった。
百足の胴体に半ば埋まっている前面以外の、側面と背面の装置が私の意思によって起動する。
上蓋が開くように、表面の金属装甲部が跳ね上がる。
そうして露になった土台部分には、ぎっしりと直径五センチの金属の球が詰まっていた。
『轟鋼散弾』発動。
予め用意された金属球と、上蓋の装甲裏側に刻まれた呪文群により、その発動手順を劇的に省略された土魔法が即時発動する。
そしてそれら金属球がこの世の法則に従って一斉に撃ち出された。
私を包囲せんと近づきつつあった相手の胴体は、その猛烈な破壊力と面制圧力によって、広範囲が滅茶苦茶に粉砕されていった。
移動を腕に頼っている以上、多数破壊されれば包囲速度は劇的に落ちることになる。私はその隙を見逃さずに両腕にあらん限りの力を込めた。
引き裂かれるのは貴様の方だ。
百足の胴体を引き千切りながら、私は前へと抜ける。
そしてそのまま、千切れかかった身体を修復しようと藻掻く相手を尻目に距離を取る。
離れた位置で軽く屈むことにより、腰の装置、その名も『近距離指向性散弾装置』が地面に接地する。
すると、土台側に施された呪文によって金属球を対象に絞られた『土操作』が発動された。
それにより、破損状況など、次の使用に耐えうると判断されたそれらが選別され、転がりながら元の位置に戻って行く。
それが完了すると、上蓋の装甲が閉まることで、再度使用可能な状態へと戻るのだった。
視界が全天で死角が無く、相手の身体を砕けるだけの膂力が有っても、こいつの相手は難しい。
こいつの厄介な点は、現在の状況が実質一対一ではないという事だ。
突撃と同時に多方面から襲い掛かる腕を相手にしつつ、修復される相手の身体を削っていかなくてはならない。
閉所でなければ、距離を取って複数人で遠距離攻撃が最適解だろう。
だが、今回はそうはいかない。
ではどうするか。
そのための装備がこれだった。
噴射装置が回数性なのは私に属性が足りないことが原因なのは先に述べたように思う。
では逆に、私が持っている属性とは何か。
勿論それは『土属性』である。
土魔法であるならば、私にも使える余地が充分にある。
だが、あの巨体に有効打を発揮する魔法は、習得したとしても発動までに時間がかかるため、狙った場所に当てる事も、そもそも発動させること自体が困難だ。
また、魔法発動に必要な魔力は、身体を動かす魔力とは別枠で消費を考えなくてはならないため、魔力運用計算の関係上、予め数を絞る必要があった。
そこで用意されたのが、『近距離指向性散弾装置』だった。
『轟鋼散弾』という強力な土魔法発動と、その連続運用に特化した装置である。
尤も、私が使うそれは本来の魔法よりも数倍強力に成っているのだが。
人に向けて使ったら原型が残ることは無いだろう。
だがこれくらいの火力が無ければ、有効だとは言えない。
だから、石材製の弾丸かつ、口径の小さい火器は残念ながら採用されなかった。
修復を終えた九十九骨の百足が、こちらに向き直る。
だが、明らかに先ほどよりも警戒の色が強くなっていた。
どうした百足よ。さっきよりもちょっと短くなってないか?
私は再度両腕の武器を構えると、引き続き、だるま落としを敢行しようとするのだった。