第二十二話 アッセンブル!
リヨコに見送られた私達は、いつの間にかもうすっかりお馴染みになってしまった第三層に到着していた。
調査が進むにつれ、第五階層までの浅い階層は、すっかり見違えるように整えられている。
嘗て私が行っていたように、魔窟の壁を削ることで通路の整備が大規模になされており、現在私たちがいる広間ほどではないが、各階層には休憩する部屋さえ用意されている。
尤も、それより下の階層は、魔物に階層の行き来を容易にさせないためにそこまでの整備は為されていなかった。
「アダムさん~! お待ちしていました! さあどうぞ! さあさあ、どうぞどうぞ!!」
桃色の天然パーマをわしゃわしゃと振り乱しながら、マールメアが大急ぎでこちらに駆けてくるのが見える。
彼女がやって来た方角を見やれば、そこには土魔法を利用して作られた、床よりも一段高くなっている円形のステージのような物が存在していた。
直径は約二〇メートル。
それは、これから私が向かう最下層の部屋とほぼ同じ広さを模した物だった。
私達はこの円形ステージの上で、実際の戦闘条件を考慮しながら、作戦や装備方針を立案を行っていたのだった。
最下層の天井の高さについては、第三層の大広間とほぼ同じであるが、実際はドーム状の作りであることを考慮して確認を行い、その際に何かしら問題があるようならば、実戦でもそれは同様であるという訳だ。
そしてさらに。
「『九十九骨の百足』の模型配置お願いしまーす!」
その号令と共に、壇上から退かしてあった、高さ一・五メートル、全長二〇メートルほどの白い巨大な芋虫の様な模型が他の研究者達の手によって配置されていった。
中身は空っぽの模型なので、見た目よりもずっと軽いのだ。
円の外周を三分の一程占領したそれは、これから私が戦う魔窟主を模した物だった。
九十九骨の百足。
骸骨種の巨大連結型に属する魔物である。
残念ながら、メルメルは実物を見たことが無かった。
そのため彼女の魔法でも表示されるのは、普通の図鑑の挿絵の流用でしか無い。
しかし、その挿絵からでも、その存在の異形さは伝わって来た。
百足と名が付いているが、骸骨で出来た大蛇の様な物を想像してもらえれば良い。
最下層では、それが先ほどの広さの円形のドーム内を縦横無尽に動き回るわけだ。
中々、骨が折れる。
洒落では無い。
「最終確認は済ませてありますが、一度我々とアダムさんとで準備した身体と装備を身に着けてもらいます。その後隊長他、交戦経験のある方は忌憚の無い意見をお願いします」
アドヴァンス・エディションのまま、私はステージに上がる。
その私の周囲に、職員たちが次々とパーツを配置していった。
男性陣のテンションが否応にも上昇していくのが感じ取れる。
壇上でやる意味はあるのか、などという、野暮な質問は無しだ。受け付けない。
さあ、お楽しみの時間だ!
まずは、皆にとってもしもの時の炸薬が残っているアドヴァンスド・エディションから、今回の戦いのために用意された制限などくそくらえとばかりに用意された素体へと、私の核が移される。
緊急動作停止用の呪文が無くなった内部骨格は、前と同様にゼブレ鋼を使用し、バランスも人間のそれを保っているが、その構造は既にかけ離れている。
ゴーレムの仕様を基に構築されたそれは、前腕部が三本の骨で構成されてることから始まり、呼吸の必要や、腹部の内臓を保護する必要がないため、蛇腹の筒で胴体が構築されていた。
核を保護するための胸部は、取り分け頑強に作られており、既に鎧を身に纏っているも同然の姿だ。
骨格だけで魔物を蹴り殺せると言わんばかりの脚部の有様は、外側から見ただけでは構造が良く分からないほどに設置されたパイプやら何やらで、逆に有機的な印象を抱かせる。
頭部は前頭部が前にやや突き出しており、頭蓋骨というよりはそのままヘルメットの形をしている。
胴体に繋がる首部分は、頚骨を保護するため、内部骨格段階で肩口を形成するようにして金属板に覆われていた。
核を収めた胸部から、全身に神経網の様に張り巡らされた貴金属の導線は研究者たちによってブラッシュアップされ、その魔力伝導効率は最初に比べれば二倍近いだろう。
そしてそれらは全て骨格内部に搭載されており、外部への露出は一切無い。
聴覚や、後に殆ど覆われるが視覚、そして魔法的な感知能力の向上と万が一の際に使用する魔力タンクとして、骨格の様々な場所に磨き抜かれた小粒の魔石が配置される。
同時に、あらかじめ全身に用意された専用の各注入孔には、魔石を粉末状にした物が充填されていった。
ここで一度動作チェックを挟み、問題がないことを確認する。
この時点で、恐らくは私が魔窟内で一人で作った身体よりも性能は遥かに上だった。
私の前世の記憶から採用された機構は多くあれど、ここまでの物になったのは、間違いなく皆の力添えのおかげだった。
動作確認が済めば、既に壇上に運び込まれていた魔導金属粉やスライム素材が練りこまれた鈍い銀色の粘土を、引き込むように体に取り込んでいく。
それにより外見上の隙間が全く無くなり、金属の鈍い輝きを放つ皮膚を纏った様な姿へと私は変化していた。
粘土の吸収が完了すれば、さらにそこへ先ほどよりも二回りほど大きな魔石が関節などの部位に埋め込まれていく。
それらは球形には磨かれておらず、動きを阻害せぬように考えられた形へとカッティングが施されていた。
基本となる身体はこれで完成である。
問題はここからだ。
私の周囲には、最終確認が完了し、正式採用が決定されたパーツが既に用意されている。
だが、そこに至るまでのコンペに敗れた、思い思いのパーツを諦めきれない研究者達がいた。
どう考えても重量がヤバいそれらを、筋力を愛でカバーし、腕に抱えたそれらを持ってじりじりと近づいてくる。
気持ちはわかるが、流石にここでそれを許可してしまったら本末転倒なので、一旦下がってもらう。
ええい、下がれ下がれ!
下がれってば!
マジで! 危ないからそれをこっちに向けるな!
魔法砲撃支援火器類は継戦能力に難有りの結論になっただろう!
よし、それではまずは外装だ。
今回の相手に対しては、耐衝撃性能、そして耐圧性能が強く求められていた。
同時に、狭い室内で追い詰められないための機動性も確保しなければならなかった。
そこで用意されたのが、モルデグリン軽魔法合金と呼ばれる白亜の金属だった。
合金であるのに白色をしているのは、金属同士を混ぜる段階で『重量軽減』の魔法を作用させ、根本的に金属特性を変質させている影響との事だ。
詳細な作成方法は分からず終いだが、要は軽くて丈夫な、優秀な素材であることに間違いはなかった。
お値段も中々らしい。今回は予算申請が通っているので大丈夫とはマールメアの言葉だ。
思えば、私の初めてのゴーレムとしての姿から、今まで様々な形態をとってきた。
『私バージョン二.〇』の時は、大柄な鎧姿にごつごつとした岩や水晶が張り付いたデザインをしていた。
それからマスコットになり、子供の大きさとなり、『アドヴァンスド・エディション』では成人男性のシルエットとデザインと成るなど、私の姿形は次々に変成して行った。
今回のテーマは『流線形』である。
次々と装着されていく曲線を描く装甲達は、素材そのままの白亜であり、時には鎧を着るように、時には二つに分かれた装甲同士を組み合わせるようにして、私の肉体として定着させていく。
その内側には何れも回路が搭載されており、装甲に配置された視覚用の魔石類との同期がなされる。
胴体と頭部は、胸部がゼブレ鋼の頑丈な装甲をポイントで採用している事以外、素体の上から白亜の鎧を着せたように見える程度だが、その表面には、全身を通る青色のラインが引かれている。
蛍光魔力塗料で描かれたそのラインは、魔窟の壁の様に、私の魔力に反応して暗闇で光を放つ性質を持っている。
かっこいいだろう。
つまりはそういう事だ。
特徴的なのは腰から下で、脚部の装甲は前面のみが採用され、背面全体には、重なった襞の様にも見える、簡易魔法書を応用した機構が搭載されている。
発動の意志と共に魔力を流すことでその機構は作動し、襞の内側に刻まれた呪文によって『風撃』の魔法が発動される。
これは残念ながら、私に風属性の魔法適性が無いために回数性の機能となっている。
使用すれば、襞の様に見える魔法発動のための石板がそこに前もって込められた魔力を消費する事で、自壊と引き換えに私の脚部の動作を風で補助する。
つまりは噴射装置だ。
腰には、今回の装備最大の特徴ともいえる装備が取り付けられている。
スカートの様に腰から張り出た、脛付近まで伸びる二対三組の大型装置は、正面に二つ、側面に二つ、そして後部に二つ装着され、組ごとにそれぞれ僅かに大きさが異なっていた。
勿論前提として装甲としての機能が備わっているのだが、その装備としての本質は内部にこそ存在する。
これは使ってからのお楽しみだ。
というよりも、この場では危なくて使えない。
だからそのバズーカをしまえ! 効力範囲が広すぎて使えないんだよ! 次はもうちょっと小ぶりかつ貫通力重視で頼む。期待してる。
手持ちの武装として両腕に持つのは、腕の外側に長大な刃の無い斧が取り付けられたトンファーの様な打撃武器だ。
何かしら切断する必要がある場合は、私が魔法で斧の形を変えればよいので、実質斬撃武器としても使える。
これの素材には、特に魔法的な効果の無い鋼が使用されたが、私が手ずから作成、試し切りを行ったので、強度などに問題は無いのは確認済みだ。
背中側には追加装甲も兼ねて、背嚢のように追加噴射装置を背負う。勿論、使い切れば切り離せるようにしてある。
武装は追加しようと思えば、内蔵され独立した魔力で使用出来る物も多いのため可能ではあるが、今回は速度を重視するため、稼働可能重量限界までの魔力運用は控える方針だった。
こうして完成したのが『アダム:軽機動型制圧戦特別仕様』だった。
その姿を見て、研究者達は満足げに頷き、男性諸君は各々感想を述べていた。
マールメアは画像記録用の魔道具とやらを持って、ローアングラーになっていた。
危ないからやめなさい。
仕方がないので、皆からもよく見えるように、壇上で様々なポージングを取ることにした。
仕方がないね。
ライラ、これは必要な行為なんだ、ちょっと呆れた感じに私を見ないでくれ。
こうしてほぼ予定通りに私の準備が完了すると、最後に意見が求められた。
特筆すべき意見も特になく、そのまま制圧戦を開始しようとする空気が流れたその時だった。
「いや、まだ足りてないぜ」
その発言で皆の耳鼻を集めたロットは、慌てて自分の腕に留めている腕章を皆に見せるように突き出した。
それは、その印は、この作戦が終わってから付けられるべきだと、私はそう判断していた。
だが、皆はそうではなかったようだ。
腕章に施された刺繍は、連合一員であることを示す、剣と盾の紋章だった。
だから、まだ私には早いと、そう判断していた。
私が何かを伝えようとする前に、あっという間にそれが私の左肩に魔法で転写される。
皆が、それを見つめて満足げな笑みを浮かべていた。
ロットは、隣にいたフレンやグレース、メルメルやナタリア、ライラにさえその赤毛の頭をもみくちゃにされていた。
「では、皆! 最後の仕上げに取り掛かろう!!」
グレースの号令が文字通り広場を満たし、それに数倍する声量が答えを返した。
私は、声を発することが出来ないことを、これほどまでに悔やんだことは無かった。
そして、その代わりに、自分の右腕を精一杯大きく頭上に掲げる。
必ず、やり遂げて見せる。