第二十一話 際(きわ)に訪れる少女
特大のガバ(ミス)が感想欄にて発覚しましたので、ここでお知らせいたします。
アダム君が生まれた魔窟は、下を向いた『円錐』状が正しい構造です。
繰り返しお伝えします。下を向いた円錐状でございます。
三角錐!? ぐわああああああああああ!(これからも皆様からの感想をお待ちしております)
対魔連合の魔窟に対する対処手順は次の通りである。
まずは魔窟が発見された地域の支部に勤務している人員から斥候技能を持つ精鋭隊員が一人ないし二人ほど選ばれる。
その隊員によって、まずは第一階層に対する偵察が行われる。
この際、二時間以内に偵察が帰還しなかった場合は、即座に捜索隊が出される手筈になっている。
その結果をもって、他の支部、或いは、精鋭中の精鋭が揃う連合本部からの増員派遣の有無等を含め、今後の探索方針と規模が決定される。
それらが決まれば後はそれに沿った魔窟の攻略が開始される。
基本的には第一階層の規模測定から始まり、内部に生息する魔物の同定、内部拠点の確保などが進められて行く。
それらに先行して魔窟外部の拠点化も進められるが、こちらは後に破棄されることを見越して、魔窟の確保が決定されるまでは簡易的なものに留められる。
魔窟は、おせっかいな神が態々人間に与えた『試練』であるという。
だから人間は、自らに害を成すそれらに容赦はしない。
利用できるものは利用し尽くし、それが困難ならば試練らしく踏破して破壊する。
確保か、廃棄か。
それが魔窟に対する最終的な判断である。
調査で得られた情報は全て纏められ、支部で作成した損益判断書を基に本部での判断が下れば、最後に待つのは魔窟核の制圧である。
魔窟核はその魔窟最奥の階層に存在する、文字通り、魔窟の核たる魔力構造体である。
魔窟そのものを生み出す魔物と言い換えても良いそれは、普通の魔物同様、淀んだ魔力の固形化に伴って自然発生する存在である。
発生した魔窟核は、その本能ともいうべき能力を発揮し、周囲の環境を時間をかけて魔窟へと変化させていく。
また、その形や大きさは魔窟の種類によって様々だが、一貫して最奥に生息するその魔窟最強の魔物に寄生するという性質を持つ。
強いものが奥に進み、弱いものは淘汰される魔窟の基本原則に沿って決定される最奥の魔物は、魔窟主とも呼ばれ、その身に宿す魔窟核の力によって他の魔物とは隔絶した強さを誇る。
魔物の本能によって繰り広げれる蟲毒の様な戦いの果てに新たな強者が生まれ、やがて今の魔窟主を倒した魔物が、次なる核の宿主となる行為が繰り返される事で、魔窟はその格上げていく。
確保とは、人間が魔窟主を打倒することで、寄生先を失った核を魔窟から出して管理下に置き、魔法をもって核に働きかける事で、その核が生み出した魔窟内部の全てを人間の意図するままに管理、運営可能にする行為を差す。
廃棄は実に単純で、魔窟主を倒して得た核を破壊するという行為を指すのだった。
核が壊れれば、魔窟も、そこから生み出され生息していた魔物も、その魔力の大元を絶たれたことでやがて消滅していく。
この際消え去る魔物と言うのは、それが既に魔窟の外に出ていようが関係は無い。
ゴーレムの核と魔窟の核とは実に似ているというのが、ゴーレムである私の感想だった。
これらは、私が魔窟の外でライラ達調査隊から知りえた魔窟に対する情報の一部である。
私が内部で植え付けられた情報に比べれば、一部であるのにも関わらずやはりその情報の差は歴然だ。
与えれただけの知識では実感が伴わず、感覚的に過ぎる。
私の判断は間違っていなかった。
そして今回、私が生み出された魔窟に対する最終判断は『確保』である。
まずは、生み出される魔物を倒すことで生産される素材や、内部掘削によって手に入る鉱物資源による利益、採算性が考慮された。
そして魔窟に冒険者を入場させることで彼らが得る経験や利益。
実際に運営を行った場合、入場券や周囲の施設利用によって発生する利益。
さらに人件費、販管費、その他諸々諸経費を考慮して、連合本部は『黒字かつ人類にとって有益』になる魔窟だと判断を下したのだ。
かなり嬉しいことに、考慮された『その他諸々』には、人類に友好的な自意識を持つゴーレムである私の存在も含まれているようだった。
だが、それも全てはこれから行われる魔窟核制圧を無事成功させてからの話だ。
そしていよいよその当日がやって来た。
この日、この魔窟調査のために集った実働部隊は、もしもの時の後備えである一部隊を残して、一人の例外もなく全員魔窟攻略に参加する。
だが、実際に魔窟主との制圧戦に参加することが可能なのは、グレースと私だけである。
もっと言えば、最深部で戦うのは私一人である。
当然、そこには納得できるだけの理由が存在する。
最下層までは、人海戦術と作成した魔窟全体の地図を利用することで、私達に無駄な戦闘を一切させずに一気に駆け抜ける戦法が取られることになった。
そしていよいよ最下層に至るにあたり、そこへの階段を下りて戦うことになる訳だが、そこで私達挑戦者は、階層の狭さという問題と直面することになるのだ。
今回戦う魔窟主の大きさもあって、私が一人暴れるには足りても、他人が居れば同士討ちが発生する危険性がある。
また、ライラ達のような見習い以上一人前未満の隊員達は、深い階層での魔物の誘因原因となってしまうため、戦闘自体を極力発生させないことが必要となる今回は、全員浅い階層の階段を確保する役目を担う事になっている。
そして、そうやって階層ごとに階段を確保する人員を配置していくと、最後の階層への階段を守るべきなのがグレースという結果になるのだ。
勿論、最後の役目を逆にしても、グレースは勝利するだろうし、私は階段を絶対に死守する。
だが、調査で判明している現在の魔窟主との戦闘相性を考えれば、誰がどう考えても私が最適解であると言う結論に至るのだ。
そして何より、この配置を聞いた瞬間、私にそれを拒否する理由は無くなった。
これまでに彼らが命懸けでやってきた仕事の集大成が、私という、人類にとって敵であるはずの、ゴーレムという魔物であるはずの存在に託されたのだ。
出来ないとは、口が有っても無くても、裂けても、言いたくは無い。
制圧戦のための私の身体と装備は、予算や禁止という言葉の意味について一から説明されてもいつの間にか頭から抜け落ちることに定評のあるマールメア達研究者諸君が、第三階層でこれでもかという程に用意してくれている。
私と彼らで前もって重ねた打ち合わせの結果生み出された、新しい身体と装備だ。
気を引き締めなければならないのは分かっているが、自身が得ることが出来た『信頼』がはっきりと示されることになった今現在、心が浮き立つのを抑えるのが少し難しい。
そして準備を終えたライラ達と共に魔窟の入り口へと向かう最中だった。
私達は受付の付近で、見慣れぬ黒髪の少女が何やら職員に詰め寄っているのを発見することになった。
「リヨコちゃん!?」
初めにその少女の名前らしきものを呼んだのはライラだった。
続いてロット、そしてメルメルが同じ名前を口に挙げていく。
名前を呼ばれた黒髪の少女は私達の存在に気づくと、深々と受付の職員にお辞儀を行い、こちらへと向かってくる。
この世界でお辞儀とは、珍しい。
あれも勇者の残した様々な痕跡の一部なのだろうか。
「連合ミネリア支部、第六調査隊の皆様、大変お世話になっております。この度は、当領地に発生した魔窟調査に尽力して頂けました事に、深く感謝の念を述べさせていただきたく存じます」
私達の近くまでやってきた少女は、非常に硬い言葉遣いでそう述べると、再度深々とお辞儀を行う。
肩のあたりで切りそろえられた彼女の黒髪が、それに合わせて揺れた。
「リヨコ君! 壮健なようでなによりだ!!」
「はい、グレース教官も――お変わりがないようで何よりです」
目の前の少女はグレース達の教官時代の教え子らしかった。
ナタリアとも旧交を温める挨拶を行っている。
「三人とも久しぶりですね。学校以来でしょうか?」
同時にライラ達とは同期に当たる間柄らしく、親しげな雰囲気を醸し出していた。
一方で蚊帳の外に置かれる形となった私とフレンは、やや所在なさげな雰囲気を出す羽目になってしまっていた。
「――大変失礼いたしました。初対面の方もいらっしゃいる様なので、自己紹介させて頂きたく存じます。私はこの地に領地を拝する、セタロウ・ブロンス伯爵の長女、リヨコ・ブロンスと申します」
そのことに気付いた少女は、そう言って何度目かのお辞儀を行う。
明らかに偏見なので表には出さないが、この低姿勢ぶりはとても伯爵の娘だとは思えない。
「確保完了後、私どもの管理下に置かれる予定との事でしたので、可能であるならば微力ながらお手伝いをさせて頂く存じまして、この度お伺いさせて頂いたのですが――」
「リヨコ、貴女らしくもない。それが通るはずがないでしょう」
「ナタリア教官のおっしゃる通りです。――大変申し訳ございませんでした」
ブロンス伯爵家は、今回の魔窟発生における最大の被害者だった。
そして同時に、この度の調査における大口のスポンサーでもある。
今回連合によって確保される魔窟は、彼女が言っていた通り、鉱山再開の目途が立っていない伯爵領に対する補填の意味も込めて、この後に業務委託の形を取って引き渡しが行われる予定となっていた。
「リヨコ。お前は領地運営の勉強中とかで、今はお偉いさん方みたいなもんなんだろ? 戦いは俺達に任せとけって!」
「ロットの突撃癖は、私がいなくても平気になったのですか?」
ロットは言葉に詰まりながら私とライラを交互に見やる。
今はもう平気だ。グレースやフレンと共に、散々地面に転がしたからな。
「うん、もう大丈夫! リヨコちゃんがいなくなってから、私達頑張ったんだよ!」
ライラの明るい笑顔と言葉に、リヨコはほんの一瞬だけ寂しげな笑みを浮かべたように見えた。
そして、ライラの笑顔を横目で見つめるロットに、一度だけ視線を向ける。
なるほど。
メルメル大先生が長い鼻息を吹いていらっしゃる辺り、そういう事か。
「そうですか。三人とも――立派に支部の調査員として働いているようでなによりです」
この後の予定的に、余り長く話をしているわけにもいかない。
大人しく引き下がろうとするリヨコだったが、最後にもう一つという事で、私を見上げながら、恐る恐るという体で身体に触れてきた。
「貴方が噂のゴーレムなのですね。――本当に興味深いです。グレース教官、このゴーレム、アダム――さんは魔窟の確保完了の後は、私どもに管理を預けていただけるのでしょうか」
私の身柄は、この後の結果にもよるが、連合ミネリア支部預かりとなる予定だ。
故郷である魔窟で働くのではなく、各地の魔窟を円滑に調査するための戦力として数えられることになる。
既に協力関係を築けている支部での運用が効率的だという熱弁と、膨大な量の資料が功を奏したのだとは、一体誰の言葉だったか。
何人もの調査員から同じ話を聞いたので、覚えきれていない。
本当にありがたい話だった。
「――それは残念です」
最後にもう一度深々とお辞儀を行うと、黒髪の少女は私たちに別れを告げた。
「皆様のご武運を――心よりお祈り申し上げます」