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第二〇話 最後の試金石

 朝日が昇り、実働部隊の面々が活動を開始する。


 軽く身支度を整えた彼らは、誰に言われるわけでもなくランニングを開始する。


 そしてそれを終えた人間から、朝食をとるために各々食堂へと向かって行った。


 食堂のおばちゃんたちは食事の仕込みのために、彼らよりも少し早く起きて準備を終えている。


 早朝の冷気の中に湯気を立たせる食事が彼らを出迎えていた。


 自身の構成材料的に、私には皆の食事や衣類の洗濯を担う彼女たちに対して出来る手伝いが、本当に少ない。


 荷運びが精々だ。


 毎日、彼女らには頭が下がる思いで一杯だ。


「アダム! 君はこの後訓練に参加する予定だったな! 今日もよろしく頼む!」


 基本的に皆、隊毎に集まって食事をとるため、グレースの大きな声のする方に顔を向ければそこにはライラ達がいた。


 こちらに気づいて笑顔で手を振るライラの隣では、溶けたバターの様になっているメルメルが、フードを付けずにその垂れたウサギの耳を露にしている。


 頑張れメルメル先生。


 見かねたロット君が手でメルメルに風を送ってやっているのが微笑ましい。


 質の良く無い紙に転写された日報を確認していたナタリア女史が、紙から目を離してこちらに目礼を行う。フレンはそんな彼女のはす向かいから、なにやら会話を持ちかけていた。


 私は朝番の事務員に引継ぎを行う必要があるため、彼らに対して手を挙げて挨拶を行うのみに留めた。


 食事を終えれば各部隊ごとに集合し、それぞれが今日の業務に移っていく。


 今日の私は昼から事務仕事の予定だが、まずは先ほどグレースが言っていたように、各調査隊との合同訓練の時間だ。


 この後魔窟に入る予定がある隊もあるので激しい模擬戦闘は避けられる傾向にあるのだが、私という存在が加わることにより、より実践的な訓練が行えるようになっていた。


 勿論普段の訓練でも、誰かが怪我をすればライラのような治癒魔法を使える隊員が即座に治療を行うのだが、私の場合豊富な魔力を使用して容易に自己修復が行える上、そもそも性能が良すぎて破損など全くしないので訓練相手にうってつけなのだ。


 私にとって、実りの多い時間である。


 この時間を利用して戦闘技術を高めることが出来るのはもちろんのこと、普段の事務仕事で会うことの無い隊員とも交流を深めることが出来る。


 初めのうちは、全く当然のことではあるのだが、私に対して猜疑の眼を向ける人間は少なく無かった。


 というよりも研究者たちが警戒を解くのが早すぎる。欲望のままに人に改造を施そうとするな。


 隠し腕は禁止されてるって言ってるだろう!


 なんで制限されている側が注意せねばならんのだ。


 兎に角、戦闘を生業とする人間とは、やはりそういったアプローチを介することで信頼を深めて行くことが叶ったのだった。


 最初の出会いがあまりよく無かったロット君とも、それは同様だった。


 そもそもあの行為は、本来ライラの保護が優先されるべき状況下での選択として悪手であっただけで、客観視した場合、まだ若さよりも幼さが残る彼にとって無理からぬ行いだったと私は判断している。


 また、第六調査隊の面々の中では二番目に私に対して警戒が強かったのも、心を寄せるライラが私に対して友好的に過ぎるという理由も十二分にあったのだろう。


 青春だなあ。


 そのように感じることからも、私の前世での年齢はやはり相応に高かったようだ。


 グレースが、前世と比べて恐らく若干長いこの世界の一年間で数えて、今年で二十八歳とのことだが、私は彼の意見や考え方に共感できる部分が多い。


 また彼に対して、自分と比べて若干の若さを感じていることから、享年は少なくとも三十は超えていたのだと思う。


 この世界でも、時間の感覚を手に入れる前の分も合わせれば数年という時を重ねている。


 合わせて重ねることで手に入れている時間の幅というものを、私は縛る帯や、叩く鞭ではなく、出来れば若者の棘を受け止める事に使いたい。


 尤も、ライラ達子供の前では大人ぶりたいという気持ちも、偽ざる本心ではあるのだが。


 やがてロット達や、彼ら以外とも、魔窟での出来事を冗談交じりで話せるようになった頃、調査隊の中で最も警戒心が強かった男が私に話をしに来た。


「アダムさん。ちっす。今お時間大丈夫っすか?」


 自由時間を持つことが許されるようになった私に話しかけてきたのは、私の知るエルフ像とは異なる性格をしている青年、フレン・ダートだった。


 手に持っているのは何かの書類だろう。それをひらひらと動かしながらこちらに近づいてくる。


『貴方がここにいて、指定の監視員以外に潜伏している人員がいないということは、少しは信用してくれたと言う事でよろしいですか?』


「全く、そう言うところが油断ならないんすよ」


 瞬間、彼の持つ雰囲気が変わる。


 普段の軽薄さを感じさせる態度とは裏腹に、訓練を通して向上した戦闘技術を以ってしても、今の彼には隙が見当たらない。


 彼は出会ってから今まで、一貫して私への警戒を怠らなかった人間の一人だ。


 私に付けられていた監視員以外に、私には知られずに監視を行っている人員がいることには気づいていた。


 何人かの持ち回りで担当していたのだろうそれを、私の感覚器官を以って捉えることが出来ていたからだ。


 勿論文句は無い。


 だが、何日かに一回だけ、それを感じることが出来ない日が存在した。


 その際に、私の前に姿を現さない人間を時間をかけてリストアップしていった結果、浮かび上がってきたのが目の前の青年という訳だ。


 だからこそ、今の状況はフレンが私への警戒を緩めたことの表れでもあった。


「俺はグレース隊長をこの世で一番信頼しています。だからあの人の指示なら、ゴーレムだって受け入れようとしますよ」


 少しだけ、彼について話に聞いていたことがある。


 ライラがそうであるように、魔物や魔窟によって近親縁者の命を奪われたことのある人間というのが、この世界は本当に多い。


 あるいは、そういう人間の多くが連合の調査員や冒険者になるという事なのだろう。


 つまりは目の前の青年も全くそういう事なのだった。


「正直、貴方は奇妙な魔物ユニークモンスターなんてもんじゃないですよ。俺から言わせれば、あり得ない存在なんです」


 呆れたような笑いを受けべながら目の前の青年は語る。


「お願いだから、俺の心配を杞憂にさせて下さいよ。隊長だけじゃない、ライラ達皆の信頼を裏切らないで下さい」


 そう語る彼の顔には、普段の軽薄さは微塵も残っていなかった。


 一人の、大切な人間達を守ろうとする強い意志を持つ戦士がそこには存在していた。


「いよいよ本部から、この迷宮の確保指示が出ました。それで、こちらで計画書を作成したんですが、俺も含めて反対の声が上がりまして」


 フレンは、手に持っていた書類をこちらに向けて差し出す。


「結局、グレース隊長の推薦が決定打になって、許可が出ました」


 受け取った書類に眼を落とす。


 『ブロンス伯爵領カロワ山脈第一降下式洞窟中型魔窟における確保作業指示書』と文頭に記載されたそれは、要約すれば、私の故郷である魔窟に関する作業の、言わば最終段階に関する書類だった。


「アダムさん。貴方は俺達と一緒に魔窟核(ダンジョンコア)を制圧するメンバーに入ることになりました」


 それは、もしやと予想はしていたが、実現はしないだろうと考えていた事態だった。


 何故ならば、ここでもし私が裏切れば、一年近くかけて遂行してきた彼らの仕事全てと、そして何より、命すらもその多くが水泡に帰すことになるかもしれないのだから。


 そのため、恐らくこれが私に対する最後の試金石となるのだろうという事は、想像に難く無かった。


「正直まだ、ライラ程信頼は出来てないっすけど、俺だって、出来れば信じたい気持ちぐらいは持ってますからね。……締めは任せたっすよ」


『ありがとう。フレン』


「こっちこそ、本当に、本当に遅くなったっすけど……あの時ライラを助けてくれて、ありがとうございました」


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