第二話 魔窟でお過ごしのゴーレムさんより
拝啓
魔窟に響く魔物どもの唸り声もどこか春めいてきました今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
私ことゴーレムは、中々良い大きさの部屋を見つけましたので、隅っこで絶賛体育座り中でございます。
私は自意識が覚醒してから暫くの間、第二の故郷としては嫌すぎるこの魔窟を探索しておりました。
現状把握というのは、この修羅の国において最も大事な事柄です。
この魔窟は、分岐のある通路と部屋状の空間とで構成された『洞窟型魔窟』に分類される代物のようです。
3メートルの私が問題なく動けるほどの通路や部屋もあれば、人一人がやっとという程の通路もあり、完全には構造を把握しきれておりません。
ですが、疲れを知らない土の体を生かして、不思議な淡い光を放つ土壁に左手を付けながら、左手法で探索を続けておりました。
その結果、現在自分のいる階層のおおよその広さを把握することが出来ました。
それにより、どうやら私が今いるのは地面の下に向かって階層が伸びているこの魔窟の中でも、比較的浅い層だということが判明しました。
これは初めに与えられた魔窟の構造に関する基礎知識と照らし合わせての判断です。
簡単に説明すると、洞窟型の魔窟は浅い層ほど広く、下に行くにつれて一層が狭くなっている、円錐をひっくり返したような構造になっているそうです。
そのため、把握した階層の広さから現階層を推測できるというわけです。
また洞窟型の魔窟に生息する魔物の強さは、住まう階層の深さに比例しております。
つまり本来、私ことゴーレムはそれ程強い魔物ではないということになります。
ですが、どうやら私は現時点において、この階層では最強格の存在であることが判明いたしました。
部屋の別の角をご覧ください。
あちらにうず高く積まれておりますのが、私の落ち込みタイムを妨害した魔物たちの残骸でございます。
この大部屋状の空間を発見し、やや気分が向上した私に対して彼らは非道にも襲い掛かってきたのです。
行き止まりに入った私を見て、今ならやっちまえると判断したのでしょう。
ですが結果は御覧の通りでございます。
むしろ、慌てて右腕を振り回したところ、動く骨や、緑の小鬼、粘体生物たちが、木っ端のごとく吹き飛んでいった事に、私事ながら若干引いております。
やがて、私に倒され力を吸収された彼らは、わずかに力を残した残骸を残して、魔窟にその体を吸収され消えていきました。
これら一連の流れが、ゲーム的に言う所の戦闘勝利における経験値の獲得と、ドロップアイテムの取得という物なのでしょう。
強さを求める私自身の本能には思うところもございますが、自身の強化が生存へと直結する現状、力を尽くしてまいりたいと存じます。
敬具
……という事で、思わぬ虐殺の後の現実逃避も済んだところで、しっかりとした現状把握に努めようと思う。
私はこの世界で得られた知識と、前世における知識を合わせて、自身の力量という物を高めに設定している。
なぜなら、ゴーレムという存在は動きこそ早くないが、膂力は然るべき物があるからだ。
そして私がいる階層においては、特筆すべきほど身体的な速度をもった魔物は未だ確認出来ていない。
また、それなりの質量を持った土の塊で勢いよく殴りつけられて、無事で済む頑強さを持った魔物も確認出来なかった。
故に、未だ不慣れな身体であっても、そうそう遅れをとることは無いだろうとの判断だった。
だが、逃げ場のない行き止まりの部屋で徒党を組まれ襲い掛かられた時は、二度目の死を覚悟した。
ゴーレムは土の体をいくら傷つけられても死にはしないが、核たる部位を破壊されれば他が無事でも死ぬ。
私の核は現在、人間でいうところの心臓の部位に存在している。
先の戦闘では、初めての実戦ということもあったろうが、混乱と恐怖からの、がむしゃらな攻撃しか出来なかった。
だが、結果はまさかのゴーレム無双であった。
片腕は心臓付近をガードするという、弱点バレバレの状態でも、勝ててしまった。
その上、明らかに戦闘前よりも体に満ちるエネルギーの様なものが高まっているのを感じる。
結論として、この階層においては余程のことがない限り負けないと断言できるだろう。
だが、もう油断はするまい。
死の恐怖という物は、一度死んだ身であっても、寧ろだからこそ堪える。
一度目のその瞬間をはっきり覚えているわけではないのに、まるで魂そのものに刻まれた古傷が戦慄くかの如く、総身に怖気が走るのだ。涙を流せる身体だったならば、今頃顔は体液でぐしゃぐしゃだっただろう。
二度とあんな目に合わないためにも、自分という物に関してしっかり理解を深める必要がある。
安全を確保しつつ、現状把握を続ける。これが今の最適解だ。
今現在部屋の隅で体育座りをしているのも、前方の入り口を警戒しつつ、不意打ちで心臓を狙われないための合理的な位置取りと態勢なだけだ。
びびっているわけではない。用心しているだけだ。
用心しているだけだ。
大事なところだぞ。
さて、戦闘により力が増した感覚はするが、具体的に何が変わったのか。
そして前提として、そもそもゴーレムはどういった魔物で、なにが出来て、出来ないのか。
それらを踏まえて、ゴーレムにとっての『強くなる』とはどういったことなのかを理解し、思考する必要がある。
例えばこれがゴブリンならば、その個体差から判断は容易である。明らかに体の大きさが違うものが存在していたからだ。
また、スケルトンやスライムも同様で、頭骨に小さな角が確認できた固体や、粘体の色自体がはっきりと異なる個体が認められた。
では、ゴーレムはどの様な変化を遂げるのか。
ましてや自分には魔物としての本能だけではなく、人間としての自意識も存在している。
入り口を警戒しつつ、体を動かし、時に念じ、体の一部を粘土の様に捏ね、あるいは千切り、また戻す。
時間の感覚という物が薄れてやまない身体だが、時刻を判断する材料がほとんどない魔窟の中という事実がさらにそれに拍車をかけた。
ひたすらに検証し、考察し、確認する。
本能に支配され切ったか、勝算があったのかは知らないが、無謀にも戦いを挑んできた魔物の残骸がうず高く積みあがっていく部屋の中で、私は自分について学び続けた。
そして、それら残骸が部屋の一角に収まりきらなくなり、古いものは力の残滓すら消え、魔窟に飲まれる段階になってようやく、私は自分という物の一端を掴んでいた。
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