第十七話 ゴーレム、大地に立つ
2020.08.01改稿
時系列的に、最終的には二十三話冒頭に繋がる様にしてありますが、読みづらくなっていたら申し訳ない。
大筋に一切変化はありませんので、よろしくお願いします。
「うびゃあああああ!」
やあみんな! ゴーレム改めアダムだよ!
突然だけど、今の鳴き声は何だと思う?
これはね、私を初めて見た時に、マールメアちゃんが突如発した奇声だよ。
そう、結局私はライラの仲間たちと和解することが出来た。しかし当然ながらそのまま魔窟の外へ、という事にはならず、私が最初に目覚めた階層、そこがどうやら第三層だったらしいのだが、そこで一度私自身の見分と相成ったのだ。
この状況に至るまでも、それはもう大騒ぎだったのだが、その過程で私はライラ達が所属する組織がかなり大規模なことと、彼女たちの属する社会が、剣と魔法のファンタジーにありがちな『中世』という時代背景よりもより進んだ技術と生活水準を有していることを知ることが出来た。
もっとも、ゴーレムである私自身が身をもって恩恵を受けている『魔法』という存在がある以上、また、私自身の殆ど残っていない記憶がサブカルに寄ってしまっていることも踏まえて、前世との比較などは無意味なのかもしれなかった。
兎に角、かつては体育座りをしていた大広間で、今や私は、文字通り手も足も出ない状態にされていた。
ついでに言うなら、核もライラ達に見せた時の様に丸出しだ。
私から外された手足含む様々なパーツたちは、そういうの大好きオーラを垂れ流しまくっていたマールメアちゃん含め、研究職らしい方々に弄繰り回されている。
正直に言って、何時「じゃあ、核潰そうか」となるか分からない状況が続いている訳だが、彼らが発するオーラと共に、主に男性諸君から感じられる隠しきれない少年魂が私の不安を軽減させていた。
なんだよお前ら……友達に……なれるじゃん。
世界が変わっても、男ってやつはロボットには抗えないのさ。
そして、ロット君。
君の、話に交じりたいけど、槍を突き付けてしまった手前中々素直になれない感を理解した瞬間、私は全てを許したよ。
少年よメカに染まれ。
***********
魔窟で生まれた私は自らを改造し、魔物を倒し続ける中で運命的に人間と出会った。
そして彼らの信頼を得るべく自らの核を晒し、異例ともいえる対話が始まった。
そうして暫くの間、私は核をむき出しにしたまま過ごしていたわけだが、恐らくは一週間ほど(研究職たちが殆ど仮眠をとっていないので余計に分からない)経った後、ようやく私の状況が改善された。
具体的には核の前に一枚、ごく薄い装甲を纏うことが許されたのだ。勿論、抜き打ちで確認作業が行われる際に過度な装甲と判断されれば、見張りの方々に即、お仕置きされることになっている。
だが、緩和された理由が『核の光が気になって仮眠が取れない』や『単純にまぶしい』なのはどうなのかと思う。
やがて、棒切れの様な腕の先に木の枝を持たせての筆談を許可されるようになり。
一部職員の方と、腕四本にしてそれぞれに違う武器を持たせる形態について語る様になり。
四脚にして魔法砲撃特化形態にする事についてどう思うか聞かれるようになったり。
ライラと一緒の隊にいた、ナタリアというキャリアウーマン感あふれる女性に、諸共叱られたり。
ライラに、今日の探索結果についての話を報告され、その様子を複雑な様子で見つめるロット君で色々と察したりしながら過ごしていくうちに私に対する信頼というものは、徐々にであるが多少なりとも高まっていった。
そしてようやく。
私は魔窟の外に出ることが出来るようになったのだった。
魔窟で目覚め、強さを追い求めるうちにライラ達と出会い、そして時間をかけて人々に受け入れて行く私。
やがて数多の試練を潜り抜け、遂にはこの魔窟の存亡にかかわる重大任務の中核を担うことになるのだった。
***********
――というお話しだったのさ。
「おお~」
目の前の大きなフード付きローブを身に着けた少女、メルメル・メリッサが私の作った紙芝居もどきの前に座り拍手を行う。
「私もよく覚えていますよ! あれは正に運命的な出会いでした!」
その隣に座るライラもまた、興奮した様子で拍手を行っている。
紙芝居を行っていたのは第三層の広場だった。
これから行う大仕事を前に、隠し芸ではないが、ちょっとこれまでの軌跡をまとめておきたかったのだ。
本当に、大変な仕事が待っているからな。
いつの間にか周りに増えていた諸々の職員達も、やんややんやと盛り上がっていた。
どうやら私の作った紙芝居、『アダムクエスト~新たなる大地編~』は中々好評なようだった。
これからの大仕事を前にして、一度これまでを振り返る意味も込めて作成した紙芝居だが、これは続編を作るべきなのかもしれない。
マールメアから提案された時は、タイミングも含めて正気を疑ったが、やってみれば意外と楽しかった。
期せずして、皆から貰った贈り物への御返しになれたのなら嬉しい。
「アダム、それ大分端を折ってないか?」
一緒になって座って見ていたロット少年がそんな口を叩く。
こやつめ。
まあ、それは勿論端折ったよ。
外に出てからは何気にハラハラドキドキの毎日だったからな。
子供に見せる紙芝居に全編を描くには刺激が強すぎる。
具体的には、私の核はつい最近までスイッチ一つでドカンと爆破出来る状況だった。
はっきり言わせてもらうが、今はもうそんなことは微塵も無く、前述の通り信頼厚き連合の仲間となる事が出来ている。
だが、今の私は第三層で一度分解された時と比べて大変ご立派な姿をしているが、外に出られるようになった当初は誓約がもりもりで、それはもう可愛らしい姿をしていたものだ。
では、その頃から今に至るまでの出来事を思い返してみようと思う。
私の意識は、過去の記憶の中を遊覧し始めた。
前世の記憶の内、個人的な思い出を無くしてしまった私にとっては、どんな内容であってもかけがえの無い大事な記憶だった。
私はそれを噛み締める様に思い浮かべて行く。
先に述べた通り、私の精神性が多少なりとも信頼のおける物であると判断され、かなりの反対意見が有ったにも関わらず外に出る事が叶うようになった。
尤も、グレース隊長と、セルキウス隊長に両脇を固められた上、更に核付近に遠隔起爆できる魔法の爆弾を搭載した状態でだったが。
もっと言うならば、誓約書や契約書や規約やらにも何十枚とサインを行わされた。
サインの際に使用させられた、恐らく魔物の素材由来なのだろう極彩色の羽ペンには、魔力を感じさせるインクが使われており、説明によればそれらを用いての様々な契約魔法が、私には書類の数だけ掛けられている状態なのだという。
勿論流し読みなどせずに上から下まで精査してからサインさせて頂いた。
ナタリアさんは感心していたようだが、メルメルという少女からは正気を疑うかのような目を向けられてしまった。
そしてその契約に従って私のサイズ感も大分縮む事になったのだった。
その時の私のサイズは何と、僅かに五十センチほどだ。
デフォルメされた鎧を着た雪だるまのようなシルエットに、殺傷能力の欠片もない手足が付いた、例えるなら地方のゆるキャラの様なマスコットじみた姿になってしまっていた。
この状態で隊長二人に両腕でも持たれた暁には、完全に捕獲された宇宙人のそれだ。
まあ、それも進化だよ。進化。
進化だっつってんだろ!!
状況に適応するための変化が即ち進化なのだから断じて間違っていない。
さらに言うなら、巨大な敵が変身を連続して行うパターンでは、大体最終的にはサイズが縮むの法則が適応されるようなものだ。記憶が完全でないので断言できないが、まあそう言うことだ。
それに、この形態は一名を除いて女性陣にもすこぶる好評だった。
あまり私に関心を寄せなかったセルキウス隊長が、あの時ばかりは嫉妬を含んだ視線で傍に立っていたのは無関係だと思いたい。切実に。
私は初めて外に出た時の光景を思い出す。
魔窟の外には、私が想像していたよりも遥かに素晴らしい世界だった。
まず、緑がある。
そして青がある。
赤が少ない。
あれ? 私の基準低すぎ……?
つまりは、生命の力溢れる森林と、そこを切り開いて設営された活気あふれる前線拠点と、見上げた先の突き抜けるようなコバルトブルーの空だ。
各自が持つ、仕事に対する責任感から生じる適度な緊張感はあれども、当たり前の様に殺し合いが行われる雰囲気など微塵も感じられなかった。
頑丈な鉄製の扉が設置された魔窟の入り口脇を油断なく警護している隊員が、私を見つめていた。
入り口周囲に張り巡らされた丸太の柵は一画のみが出入り可能になっており、グレース隊長達が一人ずつ腕章を返却する手続きを行っている。
担当職員は前もって通達を受けていたためか、魔物である私を前にしても普段通りの仕事をする事に努めているようだった。
無論、二人の手続きの間私を放置するという訳も無く、受付に詰めていた人員が、必ず手続き中の隊長に変わり監視の補佐として付いていた。
ややあって、ようやく受付を通り過ぎた私の視界には、魔窟を攻略する彼らを補佐するために建設された様々な施設が飛び込んで来たのだった。
広場と倉庫が併設された物資集積場には、梱包された荷物や、加工されて丸太になった木材などが見て取れた。
それらを前に、書類を挟んだ木のバインダーを持った職員が何やら書き物を行っていた。
そうして眺めている間に、見慣れぬ獣に引かれた荷車が倉庫前に到着していた。
新たに持ち込まれたのは食料だろうか。いや、石材などの資材も見て取れる。
荷車を曳いているのはバッファローに似た四足歩行の獣だったが、馬に似た生物もいるらしいことは、その時既に他の隊員から話を聞いていた。
魔窟から得られた『資源』を加工するための簡単な設備もあるとの話だった。
施設の外では見覚えのあるスライム産の素材が、見覚えのない魔法によって何かしらの処理を受けている。
スライムども、ほんともうあいつらは、今でも本当に許して無いからな。
加工を終えた素材たちは、桶に放り込まれ煙突から煙の上がる建物の中へと運び込まれて行った。
寄宿舎なのだろうか、平屋が連結された江戸時代の長屋を思わせる建物もあった。
魔窟で見かけた研究者や、ライラ達のような探索を任務とする調査員など、長屋の周囲では様々な姿の人間が集まっている。
そこからそう遠くない広場には、食事処だろうか、周囲に長机や椅子が置かれ、調理器具が設置された大きな屋台が存在していた。
屋台にいる人間が鍋から湯気の立つスープを配膳している様子なので、恐らく間違いないだろう。
小さくなった私の視界には有り余るほどの、人々の『生きた世界』がそこには存在していた。
土くれになって、魔物と戦って、強さを求めて身体を改造し、何者かより知識を与えられて、魔法を知り、ライラ達異世界人と出会って、自分が異世界で生きていることを理解したつもりになっていた。
だが私はこの時に初めて、ようやく、はっきりと自覚したのだと思う。
私は今、異世界に生きているのだと。
ではこれから、本格的に当時の私の記憶の旅に付き合ってもらうとしよう。
私は、初めて仕事を任せられるようになった頃からの出来頃を、順を追って当時の視点で思い返し始めたのだった。