第十五話 ドキドキの異世界セカンドコンタクト
日刊の異世界転生ランキングに載っていたのを発見した作者は、死んだ。
こいついつも死んでるな。
ぐわああああああああ(読んでくださった皆様のおかげでございます! 本当にありがとうございます!)
上層への階段に辿り着くだけならば実に容易だ。
それというのも、私が階層の構造を把握しているという事もそうなのだが、この付近の階層では突き抜けて強い存在である私にちょっかいをかけてくるような魔物が少ないのもその理由だった。
現在私が左腕に乗せている彼女を襲ったような、あの気味の悪いゴブリンのように見さかいの無い魔物以外は、私の隠す気の無い足音を察知するや否や一目散に逃げだしてしまうのだ。
どや。
尤も、得意げな顔なぞは終ぞ出来ない身体であるわけだが。
そんな私の強さに何か思うところがあるのか、ライラと名乗った彼女は難しい顔をして「魔物が逃げている……」とか「あの時の魔物たちはもしかして」など、独り言をつぶやいていた。
細かい意思疎通に筆談が必要となるこの状況では、そういった言葉の意味を訊ねることも容易ではないので私はスルーを決め込んだ。
私は、可能であるならば、奇跡的に友好的な接触を図ることが出来た異世界現地人に対して、もっと積極的にコミュニケーションを取るべきだと考えている。
だが、他の人間との接触を前に現在優先すべきは、更なる信頼関係の構築であって、断じて自分の都合を前に出した対応ではない。
それに、自分でも疑問に思っているのだが、何故か彼女を前にすると、初めて彼女の悲鳴を聞いた時もそうだったのだが、自分という存在の底の方から、慈しみを含む自分でも整理困難な感情がふつふつと湧き出でてくるのを感じる。
それは私に少なく無い混乱を与えている。
しかしそんな状態の三メートル近いゴーレムが身振り手振りを加えて筆談なぞ、明らかに得策ではないと判断できる程度には冷静でもあった。
そうして何やら考えこんでいる彼女を尻目に、私たちはいよいよ階段までたどり着いたのだった。
「ありがとうございます。アダムさん」
魔物である私に対して彼女は敬称をつけて名前を呼んでくれている。
良い子だ。
育ちの良さが伺える。
「ここで待っていれば私の仲間と合流できるはずです」
私は左腕からライラを降ろすと、階段近くへと片膝を立てる姿勢で屈みこんだ。
完全に座らないのは、残念ながら警戒のためだ。
はぐれた仲間たちが彼女の探索をしないという事は無いだろう。
未だ上層にいるとすれば、これから降りてくる彼らと出くわすことになる。
また、残念ながら行き違いになっていたとしても、探索を切り上げて戻る彼らとここで合流できる確率が高いというわけだ。
もっともどちらにせよ、彼らにとってはすさまじいサプライズとなるわけだが。
絶対に笑顔で挨拶からはスタートしない接触になるだろう。
そんなことを考えていると、ゴーレムの感覚が近づいてくる複数の存在を感じ取った。
魔窟の薄暗闇も、文字通り人間のそれとは異なるゴーレムの感覚器官の前ではまるで意味をなさない。
反響定位から判断したサイズ的に、大人三人と子供二人だ。恐らくあれがライラの仲間とやらだろう。
彼らがやってくる直線の通路の先は暗く、ライラには間違いなく無理だろうが、私には辛うじて目視も出来ている。
大人は気丈にふるまっているが、子供は可哀想なくらい落ち込んでいるな。
嬉しいサプライズになれば良いのだが。
私がライラに指で方向を指し示す。不意にそちらの方向へと目を向けたライラだったが、まだ良く見えないようだった。
「え? なんですか?」
だが、彼女の存在を確認したのは向こうのほうが先だったらしい。
金髪の青年がかなり慌てた様子でライラの名前を呼んだのが、通路に響いた。
「フレンさん! みんな! 私は無事です!」
その声に反応したライラが、もう殆ど怪我の様子も見えなくなった足を動かし、彼らに駆け寄っていく。
私は急に走り出した彼女を案じて手を伸ばす。
瞬間、カタパルトで打ち出される戦闘機の如き様相で、赤髪の少年が一団から飛び出してきた。
「てめえええ!! ライラに! 触るんじゃねえええええ!!!」
少年の性格を表すかの如き、真一文字の直線で彼は私目掛けて突撃を敢行してきた。
疾い。
ゴーレムとして生まれてから、これ程の速度はお目にかかったことがない。
だが、それでも私には彼の動きが見えていた。
全身に配置された視覚が、多方面から彼を捉える。私の知覚は、それらを加速した時の中にでも居るかの如く処理を行う。
これまでに魔物を屠ることで鍛えられたゴーレムとしての機能の賜物だ。
そしてそれは、少年の動きの細部を詳細に伝えてくる。
少年の手には、淡く輝く緋色の穂先を備えた槍が携えられていた。
表情は明らかな敵意。
滾る魔力は、彼の臍を中心に渦巻くように集中している。
だが、総量は大したことが無いように感じる。
それでも私には彼を甘く見るつもりは無かった。
その理由は、彼の持つ槍の穂先と、彼自身の持つ技量だった。
ここよりずっと下層のスケルトンとの戦闘から得た経験と比較して、少年は、その見かけから判断できる年齢とはかけ離れた強さを有していた。
彼は慌てて止めようとする大人や、一瞬のことで判断が遅れたライラの静止を体ごと振り切って突撃を仕掛けて来ている。
あれは、私を刺殺せしめうる。
直感でしかないが、あの突撃の威力が乗った緋色の穂先は、私の装甲の悉くを突き破ってくるだろうことが予想できた。
「ユニークなんたらああああ!!!」
ユニ……? 何?
せめてゴーレムと呼んでくれ。少なくともライラは私をそう認識していたぞ。
何てガキだ。
親の顔が見てみたい。
だが、魔物が仲間に手を伸ばしているのを見た場合、この反応が正しいのかもしれない。
異世界セカンドコンタクトは失敗だな。
そんな事を考えられる程、私は冷静さを保っていた。
ゴーレムとなってから、初めの頃は戦闘の度にテンパっていた。だが私も経験を積み、試行錯誤を経て、悲しいかなもうすっかり戦いという物に慣れてしまっていた。
前世で喧嘩などの経験が豊富だったという訳ではないであろう私でも、命の奪い合いを繰り返し、そこで学ぶことで順応していったのだ。
悲しいかな、これも一種の戦闘経験値ということだろうか。
私は屈んでいた態勢から、一歩前に踏み出すようにして、前傾姿勢のまま一気に身体を前へと進ませる。
両手を前方で交差しての防御でも、あの槍による一撃は諸共貫通させてしまうだろう。
その後体格差を利用して槍を奪う事は出来るだろうが、代償として一時的に両手が縫い留められ、動きが封じられる。
ライラの仲間たちがその隙に攻撃を仕掛けてきたらヤバい。
回転を加えることで更に貫通力の増した少年の槍がいよいよ間近に迫って来ていた。
目標は私の心臓部だ。
恐らく、感情に任せた一撃のため普段の練習の動きが出たのだろうが、腹立たしい事にウィークポイントにドンピシャだった。
迫りくる槍に合わせて、私は自分の右腕を肩からひねる様に前へと突き出した。
果たして、その腕は僅かな抵抗と共に槍を受け入れていく。
そして私は、突き進んでくる槍の速度に合わせて、腕を手前に折りたたんでいった。
私は敢て、肘を避けて前腕と二の腕を通し、肩の外へと抜けるように槍を通させる。
そうする事で、魚を焚火で焼く際の串打ちの如く、少年の渾身の一撃を込めた槍は私の右腕にからめとられる形となった。
腕をひき戻す動作と共に引き込まれる槍を咄嗟に手放すことが出来なかった少年は、大きく体勢を崩した。
そして私は、大部分を私の腕に埋没させた槍ごと、少年の身体を地面へと押さえつけるようにして制する。
できるだけ優しく。
ちょっと呻き声が聞こえたけれど、大丈夫だろう。
「ロット! 皆さんも、ちょっと待ってください! アダムさんは、このゴーレムさんは違うんです!」