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第百四十九話 妖精の見る夢

 俺は今、夢を見ている。寝ているときに見る夢だ。


 確か、明晰夢って奴だ。夢だと気づける夢。


 すぐ分かった。何てったって、俺の目の前には解散したはずのバンドのメンバーが居るんだからな。


 こいつらが私の前に顔を出すわけがない。


 最後はボロクソに言い争って喧嘩別れしたんだからな。


 売り言葉に買い言葉があんなにメタクソになっちまった原因は簡単だ。


 俺が図星を突かれたからだ。


 俺が居たのは大して売れていないバンド。


 高校を中退して、コンビニバイトしながら続けていたバンドだった。学生の頃にやってたバンドは、メンバーが進学したり就職したりして解散しちまった。


 一人残った俺はライブハウスのメンバー募集に飛びついて、地元の後輩達なんかと一緒に音楽を続けていた。


 他のバンドの奴らが地元のラジオに取り上げられるのを尻目に、俺はずっと芽の出ない状況にイラついていた。


 別にお前らに言われなくても分かってたぜ。


 俺が、中卒の、めんどくせえ先輩だってことはな。


 だからってギターをやめる選択肢は俺には無かった。


 引っ込みがつかないだけだろって?


 そうだよ。


 何度も言うが、お前らに言われなくたって分かってんだよ。


 でもな、それだけじゃねえ。俺が、他でもない俺自身がギターを好きなんだ。大好きな音楽で食っていきたかったんだよ。


 俺は夢を見ていた。


 信号無視の車に轢かれて、バイトして溜めた頭金で買ったギターがぶっ壊れて、俺の血で塗れるのを眺めている間もずっと夢を見ていた。


 アスファルトの地面はザラザラしていて、妙に冷たかった。それが次第に暖かく感じる様になって、何時の間にか俺は目を閉じていた。


 そして起きたら、俺は殆どの記憶を忘れちまっていた。


 でも、覚えている事はある。ムカつくが、思い出す事も多い。


 俺は、今も夢を見ている。


 


「――ぺジオ。アルペジオ。寝ているのか?」


 瞼を開くと、目の前には鎧姿の大男が膝をついて俺の顔を覗き込んでいた。


 俺は自分に与えられた控室の、そこに置いてあった椅子の上で眠っちまっていたらしい。


 俺の顔を覗き込む、こいつの名前はアダム。


 妖精だか何だかに生まれ変わっちまった俺と同じように、ゴーレムとやらに生まれ変わった、元日本人だ。


 あのいけ好かねえスライムのゼラって奴とは違って、異世界の人間に口をきいてくれて俺の夢に協力してくれている。それで、今は俺のプロデューサーって事になっている。


「アダムP。あんたは眠らないんだったな。羨ましいぜ。昔は俺も、ずっと寝ないでいられたらなって思ってたぜ」


 そしたら、もっとギターの練習が出来る。まあ、今は眠るって言っても三十分ぐらい微睡むだけなんだけどな。


「……そうだな」


 アダムの表情は、兜を被っているせいで全く分からない。だけど、俺が少し変な事を言っちまったのは何となくその雰囲気で理解出来た。


 俺はいつもこれだ。余計なことを言っちまうし、やっちまう。


 周りからバカだバカだと言われていた覚えがあるが、本当に死んでも治らないのは勘弁してほしかった。


 今から少し前、亀のトッシーから大集結とやらの説明を受けて俺が思ったのは、どうにかして会場を借りれないかって事だった。


 それはアダムも同じだったみたいで、トッシーにどこか場所を貸してもらえないか交渉してくれた。


「ハバンは今回この会場で、先日からの『邪血汚染騒動』に関する研究、調査結果を発表すると共に、大集結に参加する人間全員に検査を行うね」


 俺には良く話が分からなかったが、どうやらドーピング検査みたいな事をやるらしい事だけは分かった。


 それにグチグチいう奴らを大人しくさせるために、本当は別の国に居たアダム達に協力を依頼したって話だった。


「頑張ります!」


 水色の髪をした女の子、ゼラが大体いつも後ろに引っ付いているサーレインという女の子が拳を握って鼻息を荒くしていたのを覚えている。ゼラの奴が、俺には絶対に向けないであろう慈愛に満ちた瞳をその子に向けていた。


 あの兎の耳が生えたメルメルや、ロットという赤毛のガキも含めて、随分若い奴らがそんな大役を任される事に、俺の昔の記憶がしくしくと痛んだ。


 前にアダムが言っていた通り、俺の記憶は時間と共にどんどん蘇って来ていた。


「だから、この会場では難しいね。代わりに近くの戦艦で、現在元々所属していた都市が無い物を借りられないか確認してみるね」


 トッシーはそう言って、俺に向かってその皺だらけな顔を向けてほほ笑んだ、と思う。正直、アニメ映画以外で人間サイズの亀を見たことが無かったから、自身はねえけど。


 アダムもかなり色々便宜を図ってくれているのが分かるが、このトッシーはすげえ長生きの亀だけあって、色んな所に顔が利くんだそうだ。


 俺なんかは喜びまくってたんだけど、アダムに言わせれば後が怖いらしかった。


 そんで今は、トッシー達が使っても良い会場を問い合わせしてくれている間に、俺とアダムで他の必要なことについて話し合うためにこの部屋に来てもらっていた。


 つい最近この世界で目覚めて、その後にやっちまった事については反省している。


 だけどまあ、当然信用はされていないわけで、俺の部屋の前には監視の人間がいる。俺も自分一人では外に出てはいけないことになっていた。


 それでアダムを待っている間、俺はウトウトと眠っちまっていたってわけだ。


 もう口には出さねえが、本当に眠らねえで良いのは羨ましい。


 思い出したくも無い事を夢に見るのは、正直言って(つら)い。


 せっかく生まれ変わって、もうギターを失くさないで済むようになったし、自分の思い通りの演奏が出来るようになったんだ。


 俺は、起きている間に見る夢だけを見ていたかった。


 この世界でなら、きっと夢は叶うはずだった。


 何故なら、今こうしている事こそが、(まさ)しく夢のような話なのだから。


「アダムP。会場は一先ずオーケーとして、メルメルっていう子は協力してくれそうなのか?」


 アダムはこくりと頷く。


 そして、右手の親指と人差し指で輪っかを作って俺に向けて見せた。


「通常業務外の協力だからな。まあ、この金はいずれ返してもらうからな」


 ちくしょう。いきなり現実が襲ってきやがる。


 だけど、確かに俺の夢が近付いてきている足音を肌で感じ、気分が高揚していくのが分かった。


 ギターが弾きてえが、ここでそんな事をやったら全部ご破算だ。我慢するしかない。


 俺は、すっかり柔らかくなっちまった両手の指先をこすり合わせる。


 大丈夫だ。ゲリラライブの時はやり方が悪かったけど、それでも俺の音楽を好きになってくれる人はいた。


 俺は、出来るはずだ。


 この世界で、今度こそ、大好きな音楽で食っていくんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] ビッグになる!って言いながら、全く上手く無いのにしがみついてる貧乏ミュージシャン擬きを見ている気分だな(鬱)
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