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第百四十五話 現場入り

 飛行船から降り立ち、私は嘗てハバンの都市が繰り出したという陸上戦艦を見上げた。


 巨大な一対の無限軌道の上には、衝角を備えた船体が載せられ、そこには艦橋が聳え立っていた。


 甲板に当たる部分は鋼材で作られており、そこには現在、仮設テントが張られており、甲板上で働く人々を照り付ける日差しから守る休憩所となっていた。


 私達はトレトの案内の元、船体側面から飛び出した階段を使ってその船内に入っていく。


「老師! 随分早いご到着ですね!? ……ん? あー! メルメルちゃんだ!」


 私達を出迎えたのは、パーマネトラでレストニア勢の護衛として同行していた虎の獣人、レン・ガラだった。


 可愛い獣人の女の子に目が無いという彼女は、前回同様メルメルを発見すると、その虎の瞬発力を以って一気に距離を詰めて来た。


 咄嗟にロットとライラがメルメルを庇う位置に立つと、レンはそのまま突撃を行う事はせず、急停止の後、鼻息を荒くしながらじりじりと近寄り始めた。


「あー! メルメルにゃ! 抱き着き祭りにゃ!」


 しかし、前方のレンに気を取られている隙に、脇からやって来た猫の獣人、ミレ・ソラが、そのしなやかな猫の身体能力を生かした跳躍でメルメルの横っ腹に飛びつくと、それでロット達三人は地面に引き倒されることになった。


 突如として襲い掛かられたメルメルのフードが外れ、その長い垂れ耳が露になる。


 ゼラはサーレインをしっかりと抱きかかえ、その被害から彼女を守り通していた。


 そこに隙を見出したレンが、床の上でわちゃわちゃになっている四人に飛びつこうとするが、流石にそれは私が阻止した。


 前も思ったが、なんだこの勢いは。マタタビでもメルメルに付着しているのだろうか。


「二人とも、メルメルさんは兎の獣人だけど、大丈夫ね。ちゃんと友達が傍にいてくれているね」


 このままでは話が進まないと判断したのか、さしものトレト老も二人を窘める。


 それにしても今の発言、メルメルが兎の獣人である事が、何か問題でもあるのだろうか。


 床に転がった四人が、それぞれ服に付いた汚れをはたき落しながら立ち上がる。


 その中で、死んだ目をしながら最後まで床に大の字になっていたメルメルは、他の人間の注目を浴びながらゆっくりと立ち上がると、レンとミレに対してその小さな手をすっと差し伸べた。


 手を向けられた二人が笑顔をその手を掴もうとする。


「めいわくりょ~。おひとり一万ナールいただきます」


 因みに『ナール』はレストニア都市連邦の貨幣単位だ。ミネリア王国の通貨である『シャール』とのレートは、大体、一〇〇シャールに対して一二〇ナールに換算される。


 また無駄に払いきれるリアルな金額を要求された二人は、出した手をサッと引っ込めると、深々と頭を下げる羽目になったのだった。


 そんな光景を満足げに眺めた後、外れたフードを手に取り、そこに長い耳を入れながら元の状態に戻そうとするメルメルだったが、ふと周囲を見回すとそれを止め、珍しく自らの耳を表に出したままにする事にしたようだった。


 船体内で作業をしていたハバン出身の連合職員だという獣人達が、遠目に私達の騒動を眺めている。


 彼らに対してトレトが気にしないようにとジェスチャーを送る事で、彼等は元の仕事にそれぞれ戻っていった。


「ウサミミ……ネコミミ……カワええ」


 私とナタリアに挟まれる形で連れらているアルペジオが、レン達やメルメルに視線を向けぼそりと呟く。


 その瞳が、精神的な幼さとは別の憧憬による輝きを発揮していた。


 だが、そんな彼女は自分の呟きに気付くと、それを振り払う様に(かぶり)を振った。


 もしやこいつ、ケモナーか?


「なに? あんたケモナーなの?」


 私の心中をそのまま出したゼラの発言に、明らかに慌てた様子のアルペジオが、その顔色の変化しない生態を活用して、慌てて否定の言葉を返す。


 やはり私同様、個人の記憶は無くとも、無駄な知識だけは引き継いでいるようだ。


 まあ、ジャレル君や、周りに居る他の獣人には反応しなかったからなあ。


 それから私達は、一旦甲板まで出ることになった。


 余談だが、一々足を止めて観察を始めるマールメアが厄介だったので、仕方なく私は彼女を小脇に抱える形で連れて行く羽目になった。


 マールメアはそれに動じることなく、寧ろ自分の脚で歩く手間が省けたとも言いたげな顔で、あちこちをきょろきょろと眺めている。


 後ろでアルペジオがぎょっとしながらその様子を見ていたが、せっかくの機会だから人のふり見て我が身を直してほしい。


 これが迷惑をかけるという事だ。


 どうだ、恥ずかしいだろう。


 こんな有様のマールメアを脇に抱えている私も同時に注目され、精神修行を行う機会を存分に得られている。


 だから、今後は出来るだけ迷惑行為はやめようね。


 マールメア! 後で見る時間はいくらでもあるからジタバタするんじゃない!!


 そしてようやく私達は戦艦の甲板へと辿り着いた。


 天頂の太陽がその日差しを容赦なく降り注ぎ、遮る物が無い甲板上に照っていた。


「ちょっと暑いわね。上空の方が気温が低いとはいえ、この季節にしては珍しいわ」


「ええ。大集結の開催地であるここいらには、パルジャミラン=ヌン様の魔力の影響が残っているとされていますから。その影響という事らしいです」


 ナタリアが日差しを手で遮っていると、ジャレル君がその疑問に簡単に答えた。


 何百年も魔力が残留しているというのも凄い話だが、それだけの魔力を残すほどの傷を負ったというのも、改めて凄い話だ。


 確かに中央の巨大なクレーターからは陽炎のように立ち上る魔力が感じられる。


 クレーター自体が直径一キロメートル近くもあるのも含めて、パルジャミラン=ヌンはこれまで私が出会った事のある龍の中でも相当にスケールが大きい龍のようだ。


 いや、本体も含めるとシャール=シャラシャリーアもかなりの大きさか。あれは本当は国の首都丸ごと一つ分の大きさがあるからな。


 普段の姿があれ(・・)の所為で、全くそんな事を感じさせないのが玉に瑕だ。


 ここから艦橋へと向かい、そこで今回の大集結に付いて詳しい説明を行う予定だそうだが、着いて直ぐと言うのも忙しないので、私達は自由時間と言う名の小休止を取る事にした。


 マールメアが戦艦を見て回りたいと五月蠅く主張した所為もある。


 良いかアルペジオ。これが自分勝手は良くないという見本だ。良く見ておくように。


 私はピンクの毛玉の拘束を解くと、その癖毛ウーマンはジャレル君を強引に供にして船内へと消えていった。ジャレル君の下っ端気質を正確に見抜いての行動だ。強く生きろよな。


 まだまだ元気一杯の子供達は、甲板上で周囲の景色を眺める事にしたようだ。必然、レンやミレもそれに付いて行く事になった。


「あっちは私が見ておくわ」


 そういってゼラは子供&猫科組への合流を切り出すと、スタスタとそちらへと歩いて行った。その身体からは涼し気な冷気を感じられたので、熱中症対策も兼ねての事だろう。実に助かる。 


 残された私とナタリア、そしてトレト老は居心地の悪そうなアルペジオに視線を向ける。


「一部屋、使わせてくれないか」


 私の願いは直ぐに叶えられることになった。


 トレトとナタリアが先に簡単な打ち合わせを済ませてしまう内に、私は私でやる事が有る。


 明らかに緊張感が増したアルペジオに対して、私は彼女を落ち着かせる意味も込めて、低い声、そしてゆっくりとした口調で語り掛ける。


「心配するな、悪い様にはしない」


「アダム、それは逆効果よ」


 去り際にナタリアが呆れたように話しかけて来た。


 そんな事は無いだろう?


 なあ? アルペジオ?


 彼女の顔は強張っていた。


 これではまたゼラに、若い娘にどうのこうのと嫌味を言われてしまう。


 マジ、マジ、マジだってば。本当に悪い様にはしないって。


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