第百四十四話 天の陰、挺身の龍
「一体何がどうなったらこんな光景になるんだ……?」
私の疑問に、トレト老が一つ咳ばらいを行ってから答えた。
全世界規模で発生した『大戦』の時代、その戦火は広がり続け、それはレストニア都市連邦も例外では無く、国家全体を巻き込んでの内戦へと発展していた。
当時の都市連邦は今よりももっと加入都市が多く、しかし都市間の力の差は激しく、強大な都市は、言うなれば属国として、複数の他の都市を自分達の下に置くことがまかり通っていた時代だったそうだ。
そして大戦期においてレストニア都市連邦では、そんな強大な都市同士が、尖兵として小さな都市同士を争わせていた。
その結果として小さな都市達は国体を維持する事が困難と成り、都市と都市の物理的な距離は次第に遠のいて行った。
遠征に次ぐ遠征を可能にするために、またその距離を踏破し、敵都市に効果的な打撃を与えるための侵略兵器として、今私達の足元に見える陸上戦艦群が建造されたのだという。
初めに何処の都市が建造したのかについては、既に記録が散逸しており、また一種のタブーとしてレストニアでは研究自体が避けられる傾向にあるのだそうだ。
それらの戦艦は、搭載された兵器によって相手を攻撃するのは勿論の事、国としては解体された形となった都市の跡地に居座り、そこの土地の所有権を主張する事にも使われたらしい。
この世界において、人が都市を建造できる程に安定した土地が少ないというのは、既に私も知る所だ。だからこそ、戦争となってそれらの取り合いが発生するという事実には、素直に納得することが出来た。
そして大戦末期、凄まじい被害を出しながら行われた椅子取りゲームの最終戦が、この地で行われる事になった。
当時の大国達の戦力は拮抗していた。しかしそれは、平等に弱っているが故の拮抗であり、先に血を流しきった方が死ぬという、全てを巻き込んでの共倒れ以外の結末が見えない状況であったのだそうだ。
人同士での戦いにうつつを抜かしている内に、龍の手では追いつかない、人が手を出すことの出来ないでいた魔窟の氾濫によって、人間の世の衰退は既に決定付けられている状況に陥ったいた。
例え勝利の先に国として滅んだとしても、それは最後の一国でありたい。
土地を囲んで終結した陸上戦艦達は、どんな砲撃魔法もはじき返す様に設計、構築された正面装甲を避け、その弱点部分、最も脆い直上装甲を狙って山なりの軌道で砲撃を開始した。
だが次の瞬間、辺り一体が巨大な影の中に沈む事になった。
砲弾魔法の行き先を眼で追った人々は、突如として現れた天頂の太陽を覆い隠す、巨大な空に浮かぶ影を見た。
まるで、太陽の代わりに現れた様なその巨大な物体に、その場に居た全ての人々が次々に気付いて天を仰いだ。
人々はそれが陽光を遮り、地上に大きな影を落としている事を瞬時に悟った。そして同時に、そんな事が可能な存在の正体にも気づいた。
だが時既に遅し。発射された砲弾は、その全てが宙に浮かぶ存在へと吸い込まれるように向かっていた。
或いは、その存在が自分をその位置まで移動させたのかも知れなかった。
数多の砲撃が直撃したその存在は、自らの身体を浮かせることが出来なくなるほどの損傷を受け、強烈な勢いで地上へと落下し、そこにクレーターを作り出した。
発生した衝撃波は集った戦艦群に直撃し、そのいずれもが戦闘行動を中止せざるを得なくなった。
落下に伴って地上の影も消え、その場に集った人間達は、自分達の行為の結果を思い知ることになった。
「その時、彼等が愚かにも攻撃してしまったのが、『天陰龍』、パルジャミラン=ヌン様だったのね」
地上に落下したパルジャミラン=ヌンを見た人々は、己の行いに恐れ戦いた。
不遜と言うには余りにも愚劣な行いだった。
その衝撃に、ここに来てようやく人々は一度立ち止まる機会を得た。
しかし、これを好機と捉える人間もいた。
龍を倒し、その力を手に入れようとする愚かな存在。一部の人間達は地に伏し倒れたパルジャミラン=ヌンへの攻撃を指示する。
だが、その指示が実行に移されることは無かった。それが発令された戦艦内部では、例外なく混乱が巻き起こった。
それは暴動と成り、少なく無い犠牲者を生んだものの、結果だけれ見れば戦闘行為の中断が齎され、その場に居た人間達の多くの命を助ける結果となった。
戦艦から降りた人々は、傷つき倒れた天陰龍の傍に近づくと、自分達の行いの不明を恥じた。
「この戦いを契機にして、厭戦気分が高まっていたレストニア都市連邦内でのそれが最高潮に達したね。そして、各都市間での、二度とこれ程愚かな行為はすまいという誓いの元、傷を癒して飛び立ったパルジャミラン=ヌン様への慰撫と奉納を兼ねて、大集結が開催されるようになったのね」
なるほど。国に歴史ありと言うが、やはり今は平和なレストニアにもそういった負の歴史は存在するのだな。
だが、どうしてパルジャミラン=ヌンは、四年に一回とは言えここを通るのだろうか? 都市建造に適しているのなら魔力の乱れは少ないはずだし、嫌な思い出しかない土地のように思えるが。
「色々と憶測は飛び交っているけど、確かなことはあの御方が慈悲深いという事だけね。ただ、ここを通る時だけは姿を露にする理由は分かっているね。『次は間違って撃たれないように』だそうね。参った話ね」
どうやら話を聞く限りでは、相当に人間寄りの龍らしい。恐らく禁を避けて戦闘に介入するためとは言え、砲撃の射線に割って入るとは凄まじい覚悟だ。
本人は否定するだろうが、レストニアの人々もそれは確信しているのだろう。だからこそ、あれ程までに敬われ、貴ばれてているのだ。
姿を見ただけで恩赦が出たり、それを騙った際の罪の重さも納得だった。
トレトの話が終わる頃には、飛行船はすっかり目的地上空へと到達していた。
私は地上とトレトの指示に従い、マールメアの操縦と息を合わせながらゆっくりと降下を開始した。
そして遂に飛行船は目的地へと辿り着いたのだった。
「ハバンの都市旗……。じゃあこれは……?」
ライラが、一番近くに存在する陸上戦艦側面に描かれていた、擦れた記章を見て呟く。
「ええ。俺も実際に見るのは初めてですが、これは大昔のハバンから派遣された陸上戦艦だそうです。今回の俺達の拠点代わりですね」
ジャレル君がライラの疑問に答える。
その近くでは、男心をくすぐられたロットが、その隣で興奮具合を異様に高めつつあるマールメアと共に、目を輝かせていた。
ついでに私も、先ほどの歴史を鑑みれば不謹慎ではあるが、心の高揚を隠せないでいる。
反面、マールメアを除く女性陣の反応は寂しい物だ。唯一サーレインだけが、のんきに口を開けて見上げるばかりで、他の女性陣は既に下船の準備を行っていた。
いつまでも童心に帰っている訳にもいかない。
私も、飛行船の停泊準備を進め、それを終わらせると動力室の外へと向かった。
ここから先のアルペジオの監視は、私が請け負うことになっている。
飛行船と同化していた時から、私が彼女から目を離すことは無かったが、アルペジオの方は少し時間が空いてからの再開だ。
のしのしと歩いて来る私の姿を確認したアルペジオは、少しだけ怯んだ様子を見せたが、結局は最早虚勢であると認識しているその態度を以って私を出迎えた。
一々反応するな、ゼラ。
大集結。その内容について詳しい事はまだ分かっていないが、私はこれからの大変さを予感して、密かに心中で溜息を吐くのだった。