第百四十二話 ミーティング
そうして飛行船に乗り込んだ私達は、鎖を解いたアルペジオから目を離さないように担当を決め、大集結開催地までの空の旅を満喫していた。
強力な捕縛であるグレイプニルを解いたのは、飛行の為に動力室へ詰めなければならない私では、拘束する対象を本体眼前で目視出来ない点で不安が残るからだ。
流石に心臓部にまで連れて行くわけにはいかない。
私は飛行船の制御に注力した方が良いとの判断でもあるし、アルペジオには、逃げたら龍の件が虚偽の申告だったという事が自動的に判断され、最悪、頭文字が『死』か『殺』から始まる処分を受けても仕方が無いと伝えてある。
流石の彼女もこれには従わざるを得なかったようで、今はナタリアやトレト達の監視の元、大人しくしている様だった。
ナタリアが監視に回ったことで、現在操縦室に居るのはマールメアとなる。
余談ではあるが、彼女は飛行船にまたもや『飛び立て! マールメア号』などとと名付けようとして、そのネーミングセンスの欠如を周知させていた。
何でもかんでもマールメア号にしてたら、区別がつかないだろうに。
「ナタリア。そちらの様子はどうだ?」
「特に問題はないわよ。妖精さんも、随分大人しいものよ」
船室伝声管を介しての口頭確認も含めて、私はアルペジオの様子を観察した。
現在彼女は、声を上手く魔法で散らせながら、体育座りでぶつぶつと文句を言っている。
だが、それは不機嫌であるからというよりも、味方のいない状況で不安を募らせている事から来る振る舞いの様だった。
今の所、特に危険な様子もない。
確かにやっていた事は非常識ではあったし、あのまま続けていたら何かしらの重大な事故の原因になっていた事は否めないが、アルペジオはあれで、他者に肉体的な危害を加えるつもりは無いとの事だった。
過失についてはこれから学ぶ社会常識の中で自覚してもらうとして、一先ず、我慢ならないからといって攻撃魔法を連射するような子で無いのは僥倖だ。
流石に神も、そんな輩を転生させたりはしなかったという事だろう。
私が思考に耽っていると、動力室の扉が控えめに開かれた。
その隙間から青色の液体で出来た手が現れると、こちらに向かってヒラヒラとそれが振られた。
ゼラか。
身体の材質的に扉を強くノック出来ない故の、彼女なりの配慮に私は応える。
ゼラは殆ど音を出さずに扉を開くと、中に入って後ろ手でそれを閉じた。
「おっす」
一体どうしたのかと私が問うと、彼女はスルスルと椅子に座った状態の私に近づいてきて、私の顎部分を一撫でした。
「アダム。貴方、なんかあの妖精に甘くない?」
ゼラはニッコリと微笑みながらそんな質問を行なってきた。
これはまた面倒な。
女性がこういう質問をする時は、質問に見せかけて同意しか求めてないものだ。
自分としては、そんな事はないのではないかと言いたいところだが、そんな事を言い返した日には、更に面倒くさくなる事請け合いだった。
「ゼラ、一人か? サーレインはどうした?」
「ライラちゃん達とキャッキャウフフしてるわよ。話を逸らさないでね」
作戦失敗。
表情は先程と全く変わらないが、内なる感情が明らかに増しているのを感じる。
これは正直に対応した方が良さそうだ。
「認める。確かに甘いと思うよ」
椅子に座ったまま、私は降参とばかりに両手を上げた。
理由までつらつらとは述べない。今のゼラは、そんな事を聞きたいわけではないのだろうからだ。
私の同意を引き出したゼラは、その身体を私から離すと、憮然とした面持ちで腰に手を当てた。
「アダムは若い子が好きだものね。あいつはどう見ても私よりも年下だし。この前も不死鳥だかの娘と楽しくやってたんでしょ?」
なんて言い草だ。誤解にも程がある。
「まるで自分は若くないみたいな言い方だがな、ゼラ。私よりも二回りは年下の君を年配扱いするのは、私には無理だ」
「……ふーん。まあ良いけど」
会話が途切れ、ほんの少しだけゼラの態度が軟化する。
「それにしても、気持ちは分からなくも無いが、妙にアルペジオに突っかかるじゃないか。そんなにあの娘が肌に合わないのか?」
私の質問に、ゼラが自分の視線を左上に向けた。
「あー、まあ昔ね。前の仕事の時よ。私の周りにいた売れないバンドマンって、大概ヒモやってたり、ホストやったり? あんまり良い思い出が無いのよねー……」
確かゼラは前世ではキャバ嬢だったか。
色々と、苦労してきたのが伺える。
しかし、アルペジオは女だぞ。
それでも拒否反応が出るとは、この話は余り深く突っ込まない方が良いかもしれないな。
「変な事を聞いてすまない」
「良いわよ別に……じゃあ、話は戻るけど、何であの子に甘いのよ」
腕を組んで、その豊満な胸を見せつける様に押し上げたゼラが質問を返してきた。今度は、先程よりかはかなりマシな態度だった。
私は言葉を暫し探す。
そして言語化できたそれを話す事にした。
「人は、自分がして欲しい事を、他人に行う」
「何それ?」
つまり、理由としては情け無い限りだが、そう言う事だった。
「既に色々話している君だから話すが、私も大概恥の多い人生を送ってきた。赦されたい。そう思っているからこそ、アルペジオに限らず、つい甘い目で見てしまう」
失敗ばかりの私の過去。赦されるはずもないが、だからこそ、他人の挽回可能な失敗こそは許してあげたい。
私の答えを聞いたゼラは、それで納得した訳ではないようだが、一応矛を収めてくれる様だった。
そして少し考える仕草をして、何を思いついたのか、その顔に悪戯な笑みを浮かべる。
「私ももっと、貴方に優しくしてあげた方が良いかしら?」
君は今のままが一番素晴らしいよ。
だから、膝に座らないように。
私の指摘に、まるでウォーターベッドの如き柔らかさを持ったゼラの身体の一部が離れる。
別に残念では無い。
「何にせよ、私にあの子の相手は無理だわ。あの子の事はアダム、お願いしても良い?」
勿論。
それだけ確認すると、ゼラは来た時同様、殆ど音も立てずに扉を開くと、最後に手を振って動力室から去ったのだった。