第百四十一話 インタビュー
鎖で縛られたまま、胡坐をかいて座るアルペジオが話すところによると、彼女はどうやら淀んだ魔力を多く含んだ積乱雲の中で生まれたらしい。
意識がはっきりした当初は夢でも見ているのかと思っていたようだが、やがて知識が頭に叩き込まれる事でこれが現実だと把握したとの事だ。
「そんで、ゴロゴロ、バチバチいってる雲うぜーって思ってたら、周りの雲が全部突然ぐわーっと身体に吸い込まれて、これよ」
そう言って、アルペジオは胸を張る様にして自分の身体を主張させた。
どうやら私達が生まれる場所は、それぞれ特定の属性に偏った環境が選ばれている節がある。私は魔窟、土の中で、ゼラは湖だ。ふぇに子も目覚めた時は火山帯の傍だったと聞いている。
そして、やはり勇者として生み出された魔物には初めからある程度の力が与えられるようになっているらしい。
私は数年かけて魔窟で鍛えたが、最初から無双状態ではあった。ゼラは生まれ落ちた場所が水場という、自分と最高の相性であり、湖の魔物を殲滅させるのにそれ程苦労はしなかった様だ。アルペジオに至っては目覚めてすぐに魔力を吸収することが出来ている。
唯一の例外であるふぇに子の場合は、恐らく眠っている間に環境から魔力を吸収したのだろうが、同時にそれは全て胸の傷から排出されてしまったのだろう。
「全部の雲が無くなって唖然としてたら、いきなり目の前に、すげえデカくて丸い――なんか良く分からない生き物が出てきてよ。強いって言うか、ヤバい雰囲気が全開で、マジでビビったぜ」
それが、この世界を支える龍の内の一体である、バラジャミラン=ヌンだったらしい。
その龍は、先ほどアルペジオが使用したのと同じ、というよりも彼女がその場で龍に同じ魔法を習ったらしいが、その透明化の魔法を解いて現れたのだという。
そしてぷかぷかと宙に浮かぶその龍は、驚き戸惑うアルペジオに向かって様々な質問を行って来たらしい。
状況から察するに、魔力の乱れを正そうとやって来たバラジャミラン=ヌンが、その乱れからアルペジオが生まれた場面に偶然遭遇してしまったのだろう。それで、確認の為に会話を行ったという流れだと考えられる。
魔物が生まれる条件と龍の義務とを考えれば、誕生直後に両者が出会う、その可能性も確かに無くは無かった。
「名前とか、やりたい事とか、まあ色々聞かれてよ。ギターやりたいって言ったら、どんなのだーって聞かれて、色々教わりながら聞かせてやったんだよ」
その物言いに、レストニア都市連邦側の人間達がやや不快な表情を浮かべた。
トレト老の口振りから分かってはいたが、この国においてバラジャミラン=ヌンという龍はかなり敬われている存在の様だった。
「んで、これを色んな奴に聞かせてやりたいって言ったら、自分には止める権利はないって言われたぜ。あんだけヤバい雰囲気の奴なんだから、多分結構偉い奴だろ? そいつが止めないって言ってんだから、別に何処でライブしたって良いじゃんか」
確かにアルペジオの言い分には一考の余地があるかもしれない。
しかし彼女は大きな勘違いをしている。
バラジャミラン=ヌンのそれは『止めない』のではなく、『止められない』の間違いなのだった。
龍である以上、人間や魔物への過度の干渉は、神が定めた『禁』に触れる恐れがある。
確かにこの世界のそれらと比べれば、異世界の人間の魂が宿る私達に対するそれは、僅かにその縛りが緩い。
しかし、態々その境界線を探る危険を冒さずとも良いのであれば、手を出さないし出せないのが当然であろう。
よって今回の件は、龍の禁について知らなかったとはいえ、単純に偉そうだからという理由でその言葉を鵜呑みにした事も含めて、アルペジオに非があるのは間違いが無かった。
「いやいやいや!! 無理だろそんなん!! それに俺はギター弾いて歌っただけだろ!? 何も壊してねえし、誰も傷つけてもねえからな!?」
もし被害が出ていたら簀巻きでは済まなかっただろう。
そもそも可能とは言え、ゲリラライブと称して、魔法マシマシで強制的にロックサウンドをお届けする発想に至る事自体が普通ではない。
本当に同じ日本人であるなら、ある程度は社会に対する配慮が有っても良いものだが……。
「ああ、それ。俺、昔の事なんざ殆ど何も覚えてねえから。自分が元日本人って事と、ロックの事しか覚えてねえ。まあ、常識に囚われないのもロックだからな!」
人の事は言えないが、ちょっと頭が痛くなってきた気がする。
ゼラなどは、明らかに呆れ顔をしていた。
彼女にはまだ伝えていないが、ふぇに子との交流で浮き彫りになった私達の記憶維持に関する考察を思えば、彼女の提唱した『アルペジオ、売れないバンドマン説』が急に現実味を帯びてきた。
彼女の前世、人間であった頃の記憶。それは私同様に、彼女にとっては余程、忘れ去りたい過去なのだったのだろうか。
ある程度話を聞いた時点で、ではアルペジオをどうするのかという問題に立ち返る。
私刑などはもっての外だが、このまま放置という選択肢も有り得ない。
「その事なんだけどね、アダム。本当に彼女がバラジャミラン=ヌン様にお会いしたのだとすれば、慣例としてレストニアの人間は今回の件で彼女を罰せられないね」
どういう事だ?
「あのお方は、彼女が出会った時の様に基本は不可視状態で空を回遊しておられるね。人前にそうと分かる形で姿を現すのは四年に一回、大集結の開催地だけね」
寧ろ、定期的にそこに姿を見せると知られたからこそ、その場所で開催される事になったと言うのが正しいのだそうだ。
そして、その龍はレストニアにおいて大変な吉兆の象徴であるらしく、平時においてその姿を見た者は、軽犯罪程度の罪は相殺されると言う事らしい。
「いや、嘘吐いてたらどうすんのよ?」
ゼラが至極真っ当な意見を出す。
「嘘なら大変な罰が課されるね。それを確認するためにも、彼女には大集結の場に来てもらう必要があるね」
私は、太々しい態度で地べたに座るアルペジオの姿を見る。
表情は憮然としたまま変わりないが、どこか落ち着かない様に、しきりに身体を前後に揺らしていた。
「いや、嘘じゃねーし……」
所在なさげにポツリと呟いた言葉は、彼女の魔法によるものだろうか、私以外の誰の耳にも届いていない様だった。
「なら、連れて行こう。本人も、嘘は吐いていないとの事だからな」
私の発言に、アルペジオが驚きの視線を向けて来た。悪いが、耳は良い方なんだ。
鎖で縛られたままのアルペジオは、渋々と言った体でその提案を飲む事にした様だった。
こうして私達は、予期せぬ同行者と共に一路、大集結開催地へと向かう事になったのだった。