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第百四十話 呼び出し

 飛行船へと戻る道すがらにゼラから簡単に話を聞いた限りでは、アルペジオがゲリラライブと称する行いを開始したのは、今から二日前との事だった。


 ゼラ達の本来の業務である邪血撲滅のため、彼女らの手によって精製された浄化された水を都市の職員に渡し終わり、検査手順を説明して待機していた所、急に上空に現れたのだという。


「もうみんなパニックよ。あれが終わった後、見張り台は何してるんだ、とか凄かったんだから」


 そしてアルペジオの去り際、今回と同じような宣言を行っていたため警戒を厳にしていたところ、昨日の時点でそれを嘲笑う様にまた彼女が現れたのだという。


「頭が痛い事に、一定数のファンが生まれちゃってたのよねー……。ファンは言い過ぎにしても、初めて聞く類いの音楽に興味を持っちゃった人が多くて、積極的に攻撃は出来なかったのよ」


 そう言ってゼラは、自分の後ろでライラと楽し気に話し込んでいるサーレインに視線を送った。


 それに気づいた彼女が、その純真無垢な瞳を輝かせる。


「『ろっく』」ですか!? ぎゅいーん! ってなって、ぐおんぐおんしてますよね!? 私は気に入りました!」


「これよ」


 心底不機嫌な有様で、ゼラはそう吐き捨てた。


 サーレインの発言を聞いて、最後尾を歩くロットがうんうんと頷いている。


 ライラは、全肯定とはいかずとも、多少の同感を抱いている様子だった。


 この世界にも、ギターその物では勿論ないが、動物の腸、或いは金属で作られた弦を張った楽器類は存在している。


 しかし、エレキギターの様な、音を電気信号にして、それを増幅、加工させ様々な種類の音を出す楽器は今のところ見たことが無い。彼女らの口ぶりから察するに、実際存在していないのだろう。


 全く新しい種類の音楽ともなれば、しかもそれが異世界で洗練された音楽とくれば、その評価がある程度あるのは仕方が無いのかもしれなかった。


「何考えてんのかしらね、あの売れないバンドマン」


 私がゼラのその言い分に疑問を抱いていると、彼女は不機嫌な声色を全く変えることなくその根拠を告げる。


「だって、この世界に来てるのよ。売れて無いに決まってるでしょ。それで生まれ変わってまで、ああやって自己顕示してるのよ。あーやだやだ」


 それは決めつけが過ぎるのではないかとゼラに反論するが、確かに彼女の言い分には同意できる部分も多い。


「では、呼んで聞いてみるとしよう」


 私にライラ、ゼラにサーレイン。そしてこの場にいないふぇに子にとっては、未だ借り物の心臓。


 私達をこの世界での使命に従事させるに足る理由が、彼女にもある筈だった。


 もしかしたらその結果として、あんな行いをしているかも知れなかった。


 だが何にせよ、彼女が明日も行うつもりであろうゲリラライブとやらは、明らかな迷惑行為に他ならない。


 最後に彼女が自分で言っていた方法で呼び出せるのならば、直接確かめるのが手っ取り早い。


 飛行船の下まで辿り着いた私は、ナタリア達とゼラ達の挨拶もそこそこに、自分の考えについて相談する事にした。


「私は賛成です。内蔵型にしたアダムさんのグレイプニルなら、例え実体の無い種類の妖精であっても問題なく捕縛可能です」


 静電気で爆発した髪を撫で付けながらマールメアが意見を述べる。


 そうか、妖精については良く知らないが、そう言う場合もあるのか。


「ん。『魔物図鑑』」


 メルメルが魔法を唱え、開かれた本の上に立体図が飛び出る。


 妖精(フェアリー)


 淀んだ魔力を含む大気から発生する、羽を持つ不定形型魔物の総称。


 形状や能力は千差万別であるが、一貫して体内に核となる極小の魔力塊を内在させ、風の魔法を操る。


 最もポピュラーな形状としては、人間の掌ほどの大きさの人型を模し、透明な二枚羽を持つ。


 物理的に干渉する事は不得手であるが、すれ違いざまに風に魔法で鎌鼬を発生させ、小さな切傷を与える事で攻撃を行う。


 知能は低く、一体だけならば特に脅威では無いが、多くの場合として五体以上からなる群を形成する傾向を持つ。


 過去の注意事例として、妖精の群れに単独で討伐に向かった冒険者が、全身を切り刻まれ失血死する事案が存在する。


 と、言う事らしい。


「知能が低いのは合ってるわね」


 ゼラの感想は如何な物かと思うが、やはりあのアルペジオは、私達同様に既存の常識からは大きく外れた魔物であることは間違いない。


「今回のは、一目で奇妙だと気づけたわ。これまでに報告が無かったと言うことは、人前に現れたのはここが初めてという事でしょうね」


 ナタリアのその意見に私も含めトレト老などが同意する。


 最終的に、やはり呼び出すのが早いという結論になった。


 メルメルと私の感知では近くにアルペジオの魔力を捉えられない。そのため、呼び出し役の私を中心に、周囲に対して警戒をしつつ対応する事になった。


 では行くぞ。


「アルペジオーー!! 聞こえているならここに来てくれーー!! 当方ギター経験あり! 待遇要相談だー!」


「え? アダムギター弾けるの? 何で?」


 フォークギターだけどね。


 私はゼラに対して心の中で返答した。

 

 あの頃は皆、安いギターを買って弾いてたんだよ。私も勿論持ってた。白いギターだ。いやー懐かしい。


 そんな事を思い出していると、私の頭上に向かって、遥か上空から大気の塊が猛烈な勢いで降り注いでくるのが分かった。


「皆! ちょっと離れろ!」


 ダウンバーストが丘に生える草花を激しく揺らす。


 そして、私の頭上、やや斜め上にそれは現れた。


 旋風と共に光学的な透明化を解除したアルペジオは、一瞬ギョッとしながら辺りを見回すと、取り繕う様に八重歯を見せながら笑顔を浮かべる。


「呼ぶの凄え早いな! あれか! 俺の演奏に惚れちゃったとかそういう……うおおおおおお!!!」


 はい確保。


 アルペジオが姿を露わにしたその時、私の手首から螺鈿の光沢を持つ鎖が飛び出し、それはあっという間に彼女をぐるぐる巻きに拘束した。


 鎖で簀巻きにされたアルペジオが地面に転がる。


「うおおおお!!? なんじゃこりゃあーー!! 鎖!? 俺はデスメタルはやらねえぞ!!?」


 違う違う。


「お客さーん。困りますよー。路上使用の許可はちゃんと取りましたかー?」


 そんなアルペジオを、ゼラが愉快そうにニヤニヤと笑いながら見下ろしつつ煽る。


 やめたれ。


「はああ!? お前何よ!? 水の塊!? あっ! スライム! お前スライムだろ! バーカ、バーカ! ザーコ!!」


「ちょっと誰か、ピン持ってない? でっかいの」


 このままでは拉致が開かないので、一旦ゼラを下がらせる。


 私は一先ず、先程の様なゲリラライブを行った理由と、今後は許可無しで都市上空で行うのは控えてもらうようにお願いする事にした。


「いやまあ、あれは……いや! 許可はちゃんと取ったぜ!」


 その言葉に、見張り台の職員に視線が向く。彼らは一斉に首を横に振った。


「こいつらじゃねえよ! ばら……なんとかぬん? とか名乗った、なんか、バカデカい風船みたいなヤツ!!」


 ばらなんとかぬん?


 聞き覚えのない謎の言葉に首を傾げていると、それを聞いたレストニアの人達が全員驚愕に顔を染めていた。


「『ヌン』? 『バラジャミラン=ヌン』様かね!? 何処で会ったね!?」


 トレト老が、珍しく慌てた様子でアルペジオに詰問する。


 アルペジオは突然話しかけてきた人型の亀に驚いていたが、その剣幕に気圧されるようにして答え始めた。


「空だよ。空! 雲の中で起きて、そのすぐ後だよ!」


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[一言] ゼラによる虫ピンの刑(笑)
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