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第百三十九話 ライブ・インザスカイ

 アルペジオと名乗った妖精の生み出した雷に急速に風が纏わり付き、それは旋風で構築されたギターを生み出した。


 そして妖精が、エアでエレキなそれをかき鳴らし始める。


 アンプにも繋がっていないはずのギター、魔法の塊であるから今更なのかもしれないが、それが妖精の演奏に従って強烈な音圧を発揮した。


 私にとっては聞き慣れた、この世界の人間にとっては初体験である筈のロックンロールが辺り一面に響き渡る。


「弦楽器!? アダムさん! あれなんですか!?」


 ライラが空中で演奏を続けるそれを指差しながら、飛行船である私に向かって大声で質問を行う。


 奴は間違いなく地球人だろうが、何故突然ギターを弾き始めたのかは全く分からない。

 

 ゲリラライブ? どういうつもりだ。


「――――♪」


 イントロダクションが終了し、妖精はその口を開け、主旋律に付随する詩歌を口ずさむ。


 伸びのある歌声が、泣きの入ったギターサウンドに乗って大空に浸透していく。


 妖精の周りを飛び続けている私達の元へ、その音は分け隔てなく届いていた。


 巨体を有する私だからこそ分かる。


 それは、距離に関係なく、全く平等の音量でそれぞれの耳へと伝達されているようだった。


 音は空気の振動だ。


 だからもし、風の魔法、この世界の風の要素を意のままに操れるのだとすれば、術者の望むままの音を出すことも、それを望む位置に届けさせることも可能なのかもしれない。


 しかしもし目の前の妖精がそれを行っているのだとすれば、何とも無駄に高度で複雑な行いをしているものだ。


「とりあえず~『録音(レコーディング)』しておく~」


 メルメルが魔物探査を行った際に開いた本はそのままに、新たに魔法を発動させる。


 紙面上に出現したサウンドインジゲーターが、ギターサウンドに合わせて激しく乱高下していた。


 ふむふむと頷きながらリズムに乗って、メルメルはその演奏に聞き入っている様だった。


「うーん。爺には厳しい音ね」


「えっ!? いやー……ははは。そうですね」


「俺は好きだなー。つーかあれ。攻撃なのか? 歌ってるだけか?」


 トレト老の言葉に、この場における若者男性代表の二人が返事をした。好き嫌いは兎も角、ロットの言う通り目の前の妖精には演奏を行う以上の意思は見られない。


 とは言え、あれだけ魔法を使うことが出来るのだ。不意に雷の一つや二つを撃ち込まれただけでもこちらとしては一大事なのだった。


 操縦席に居たナタリアもそれを警戒してか、その場から飛び出し、そのまま一切気を緩めずに妖精へ意識を集中していた。


 その両手には『雷撃』の魔法が発動保留状態で留められている。


 その影響で近くに居たマールメアの癖毛が、静電気で更に酷いことになっていた。


「――――♪」


 そんな私達の様子など、どこ吹く風で、妖精は最後のギターソロに入る。


 コードを抑える指先が激しく動き、ピックを弾くたびに弾ける紫電が周囲に激しく撒き散らされた。


 そして最後のロングトーンにチョーキングを入れて音階を変化させると、その音の余韻を充分に響かせて演奏は終了したのだった。


 汗の一滴もその額には浮かべていないが、満足のいく演奏が出来たのか、妖精はその口元に笑みを浮かべていた。


「異世界のお前ら! 今日も(・・・)楽しんでくれたよな! また(・・)適当な時にライブをさせてもらうぜ! 後ついでに、バンドメンバーはいつでも募集中だ! 我こそはって奴は大空に俺の名前を呼んでくれ! 今回のライブは、アルペジオ! ギタリスト、アルペジオの提供でお送りしたぜ! じゃあなー!!」


 やはり、すぐ近くに居るかの如く耳元に届けられる一方的なそれをまくしたてると、妖精はギターを瞬時に掻き消した後、透明化して消えてしまった。


 その姿が消える瞬間、少し照れたような表情で視線をこちらに向けた事を私は見逃さなかった。


 ふむ。


 少しして、メルメルの魔物探査にも私以外の存在が引っかからなくなった事を確認してから、ナタリアは臨戦態勢を崩した。


「トレトさん。今のは明らかに『奇妙(ユニーク)』でしたね? もしかして、あの存在を知っていらしたのですか?」


「ふむん? こればっかりは信じてもらうしかないけど、知らなかったね。正直に言って、ストレイザ側からまだ何の報告も無いのが不思議ね」


 皺の多い、老獪な亀の表情を読むのは至難の業だ。だが、トレト老の言葉に嘘は無いように私には思えた。


 トレト老の細まったその眼差しが、眼下で旗を振り続ける見張り台の人間と、ストレイザの街並みとを静かに射抜いていた。


 ライラ達は突然の出来事に困惑している様だったが、状況が落ち着いたと見るや、アルペジオと名乗った妖精についての雑感と共に、先ほどの演奏についての感想をぽつりぽつりと言いあっている様だった。


 メルメルが『録音』を行った音源を、新たに展開した『音楽』の魔法を操作する事で再生した。


 空を飛ぶ最中の録音であった為ノイズが混じってはいるが、先ほどの演奏はそれと分かる形でしっかりと残っていた。


「風魔法には音に関する魔法も多分に含まれているけど、こんな音を出す楽器は知らないわね。形としては弦楽器としてありふれた物だったけど……」


 ナタリアがそれを聞きながら考察を行う。本当に突然現れたアルペジオに関する話題は、尽きることが無い。


 しかし何にせよ、今は着陸するのが良いだろう。


 私の提案に全員異論は無かった。


 都市内部に乗りつけるには適当な場所が無かったので、私達は都市から一番近い丘、見張り台の麓に着陸させてもらう事にした。


 やって来たストレイザの人々の助けを借りて、飛行船を係留する。


 動力室から外に出た私の身体を、短い草を揺らす爽やかな風が撫でた。


 小高い丘の上からは、先ほどまで居た上空からの視点とは違うストレイザの街並みが見える。


 都市内部にも起伏がそれなりにあるようで、風車などの設備はそこを利用して少しだけ高い位置に置かれている。


 やはり私は、パーマネトラやヴァルカントの様な喧騒溢れる都市よりも、バイストマやハバン、そしてこの都市の様な牧歌的な所を好ましく思うようだった。


 先程の演奏に対する個人的な感想、少々喧しい、も含め少し年寄り臭いかとも思ったが、事実として年齢が高いのだから仕方が無いと思う事にした。


 無事に全員降り立ったのを確認した私達は、ストレイザに滞在しているというゼラ達との合流を目指すことにした。


 彼女なら、以前もこの都市でゲリラライブを行ったらしきアルペジオについて、何か情報を知っているかもしれない。


 飛行船の見張りの事も含め、都市に向かう人物はそれ程人数を必要としない。


 今回は、私とライラとロットの三人で迎えに行くことになった。


 歩きながら、私の後ろで二人が先ほどの出来事について話し込んでいた。


 ロットはギターサウンドに心惹かれるものがあったのか、または恐らくは勇者でるアルペジオに対して、前例から危険が無いと判断しているのか、やや好意的だった。


 対して、ライラはそれ程良い印象を持っていないようだった。


 興奮気味に話しかけているロットへの対応も、少し素気無い。


 そうこうしている内に都市入り口近くまでやって来た私達は、そこから出て来る見知った姿を見つけることになった。


「ライラちゃーん! アダムさーん! ロットさーん!」


 大きく手に持った錫杖を振りながら、水色の髪をした少女がこちらに向かって走って来る。


 その後ろには、小さくこちらへ手を振る、エナメルのローブを身に纏ったグラマラスなシルエットの女性がその後ろに付いてきていた。


 随分と久しぶりにも感じる、パーマネトラで出会ったかけがえのない仲間達。


 サーレインと、ゼラだった。


 草原の上で再会したサーレインとライラは、互いの手を組み合わせる様にして掴むと、それを振りながら喜びを露にしていた。


「ほんと、久しぶりねアダム。聞いたわよ。十九の子供と合体したんだって?」


「いきなり風評被害はやめてくれないか」


 ゼラはわざとらしく肩を竦める動作を行うと、ライラとサーレインが仲睦まじく旧交を温める姿を満足げに眺めていた。


「二人とも、元気にしているようで何よりだ」


「そっ。ありがとう。でも、今したいのはこんな挨拶なんかじゃないんでしょう?」


 そう言ってゼラは、その青く透き通る人差し指を上空に向ける。


 やはり、彼女はあのアルペジオと名乗る妖精について何か知っている様だった。


「本当につい先日よ。あの迷惑妖精が現れたのは」


 半透明の表情に、明らかな疲労が見える顔をしながら、ゼラはそう吐き捨てた。


 やはりどうやら、腰を据えて話を聞く必要があるみたいだな。


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― 新着の感想 ―
[一言] ロック系の音は、好きな人以外には騒音と変わらんからね。
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