第百三十七話 レストニア都市連邦へ
レストニア都市連邦。
ミネリア王国南方に位置する、それぞれに独立した自治権を持つ都市国家が集合、結合して成り立つ国家である。
その成立の経緯には諸説あるが、一説にはその都市間の近さが関係していると言われている。
レストニアに所属する都市の中でも、最も近い都市の間では馬車を使えば日帰りで往復が可能な位置関係にある物さえ存在する。
現在住まわせて頂いているドーリン家の所在地である、バイストマ。そしてミネリアの首都であるクリスタリアの間に存在する距離を思えば、それは確かに国の特色として挙げられるに相応しい特徴だった。
だが当然、それ程に近隣に存在する、異なる政体や文化を持つ都市同士に諍いが起きないはずも無い。
しかしそれで命を奪い合っては立ち行かないのがこの世界だ。人間同士で争い合う隙に魔物に侵略されるのでは話にならない。
完全な友好関係とは言えない、しかし表立って敵対するわけでもない。
そんな関係の都市同士が、一つの地域で密集して生活する中で、お互いの自治権を確保しつつも必要に駆られて都市間での合議制へと漂着するのは、ある意味自然な流れなのかもしれなかった。
長い年月を経て絡み合ったそれぞれの思惑、関係は、最早隣人同士を繋げる絆ではなく、どうしようもなく雁字搦めに絡まった網の様にレストニア都市連邦の国々を縛り上げていた。
そのために大戦期の折でも、各都市間での内戦に発展こそすれ、現在まで続く連邦制そのものを破壊するまでには至らなかったそうだ。
ところで、何故私が突然レストニア都市連邦について長々と語っているのか疑問に思わないだろうか。
その理由は、私が今いるこの場所を良く見て貰えばわかってもらえると思う。
青い空、白い雲、その下を歩く獣人の皆様方。
都市の中央には全体を縦断する一本の比較的大きな川が流れている。
都市に屹立する石造りの建物の窓にはガラスの類は嵌っておらず、格子状の木の枠が代わりに嵌っているのが殆どだ。
私と共にこの地に降り立ったのはいつものライラ達三人組に加えて、引率兼ドライバーのナタリア、それにメカニックのマールメアだ。
ミネリアからの参加者は他にもいるのだが、不足の事態に備え、今回の移動手段での定員に余裕を持たせるためにこの面子となった。
皆、初めて訪れる地であるこの都市の様子を物珍しそうに眺めている。
「やあ、アダム。それにみんなも。良く来てくれたね。ありがとうね」
そんな私達の出迎えにと現れた、凄まじい老齢の亀が人間の形を取ったような人物がそのように告げた。
彼の名は『トレト・トト』。
見た目の通り亀の獣人で、正確な年齢は知らないが、何百年も前である大戦期末期を知る、正に歴史の生き証人と言っても過言ではない人物だ。
「お久しぶりです。トレトさん」
「トッシーで良いね。アダム」
そして同時に、初対面の人間に妙な仇名で自分を呼ばせるようなお茶目な人物でもある。
私がその言葉に反応するよりも早く、トレト老人の背後に控えていた黒狼の獣人、単に獣耳が生えているという程度ではない、二足歩行の狼を思わせる風体の青年が老人の前に出てこう言った。
「何はともあれ、またこうして再開する事が出来、皆さまのご壮健なお姿を見ることが出来るのは大変喜ばしいです。皆様、ようこそ。我々の都市『ハバン』へ」
苦労性なのは相変わらずらしい『ジャレル・ガフ』君は、深々とお辞儀を行い、それを我々への挨拶の締めとした。
そう。
彼の言葉に有ったように、私達は現在レストニア都市連邦の一都市、ハバンにやって来ていた。
事の起こりは、英傑都市ヴァルカントでの一件の後、ライラ達と共にまたバイストマで暮らしていた際に連合より届けられた辞令まで遡る。
曰く、レストニア都市連邦で開催される『大結集』に警護として参加せよ。というお達しだ。
その大結集とやらを知らない私に対して、やはり毎度の如くお世話になっているメルメル大先生が、今だけの特別価格で教えてくれた事によると、それはレストニア都市連邦における政治的、そして軍事的な力関係を決定づけるための大規模な集会である、との事だった。
開催は四年に一回。
覇者の塔の更新周期といい、この辺りにも嘗てこの世界に召喚された先達達の影響が見て取れる。
各都市から選出される代表などの選出は既に完了しており、後は大集結の開催地点である内戦の終わりを告げた最終戦闘地点、古戦場跡地とやらに開催日までに集まれば良いらしい。
その大会に召集された私達は直接そちらへ向かってもよかったのだが、前回の騒動の際にマールメアが盗――参考にした技術によって効率の良い移動手段を獲得する事が出来ていた。
そのため、知り合いである同じ連合所属のトレト老の住むハバンを経由して、同じく大集結に参加する事になっている彼らと同道する事にしたのだった。
「それにしても、今回もまた面白い乗り物に乗ってきたのね。飛行船は久しぶりに見たね」
何百年も生きているだけあって彼は実物を見た事があったらしい。
かなり興味を惹かれているジャレル君と違い、都市の外に係留してある私達の乗ってきた飛行船を見ても特に顔色を変える様子も無い。
今のこの世界には、元より熱気球の技術自体は存在していた。
ただそれを飛行船として実用に耐え得るにまで昇華させるには、大戦後の混乱で失われた技術が多すぎたのだ。
それを、マールメアは実物を隈なく視姦する事によって、ある程度形になるところまで再現する事に成功していた。
とは言え、気嚢と乗船部が一体型だったバトランドのそれとは違い、私達の飛行船はそれぞれが独立した形状をしている。
また、操縦系にまだまだ難があり、ちょっとした裏技と言うかズルをする事によって安定した飛行を可能にしていた。
「飛行船なら時間的に余裕があるね。どうせならあの二人とも合流するね」
彼の言葉に、私はこの場にいない二名の顔見知り、猫科獣人のミレ・ソラとレン・ガラの顔を思い浮かべた。
それはどうやら後ろでボーッとしていたメルメルも同様だったようで、彼女は瞬間的に自分の武器でもある大きな本を構えた。
「違う違うね。あの二人は会場に前乗りしてるね。どうせいつも寄り道をしてギリギリになるからね。ワシが言っているのはパーマネトラの二人ね」
私と同じ、日本からの転生者であるスライムのゼラ。そして彼女にとってこの世界で最も大事な存在である、水の巫女姫サーレイン。
パーマネトラの事件の後、二人はレストニア都市連邦の各地を巡り、邪血の撲滅に従事していたのだった。
「あの二人も今回の大集結には呼ばれているね。彼女らの仕事の総決算ね」
私はトレト老人の言わんとする所を図るべく、その発言について思案する。
「それにその方がアダムも嬉しいね? その格好を見れば、ゼラもきっと惚れ直すね」
だが、その思案は同じく彼の言葉で霧散する。
何を言っているんだこの亀は。
「トッシーさん! 確かに今回のアダムさんは見た目に気合が入っていますが、それはそんな事のためじゃありません!」
妙にムキになってライラがトレト老の言葉に食い付く。
それは彼を喜ばせるだけに終わるが、最後には後ろで呆れるように天を仰いでいたジャレルの仲裁によって円満に取りなされた。
確かに今の私の姿はかなりの物だと自負している。
現在の身体は、嘗てミネリア王都に謁見に出向いた際の儀礼用鎧姿を、他国の公式の式典に出向く以上舐められては敵わないとばかりに、豪華絢爛にした状態だったのだから。
でもどうせ、移動中は置物になるのにな、と私は思いながら、これから再開する二人の顔を思い返したのだった。