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第百三十三話 陽の光の中で

ちょうギリギリセーフ!

 私と 私とふぇに子の攻撃は続いていた。


 だがそれは積極性を欠いた攻勢であるのも事実で、怪物の目的である頂上への到達を遅らせるという効果は確かに認められても、怪物を打倒するという意味では全くそれを為していなかった。


 それと言うのもやはり、怪物が文字通りその腹に抱えた人質が問題だったためだ。


 今の私達の全力の攻撃、その熱量に乗船部に取り残されているだろうミトラが耐える事が出来るとは思えない。


「こうなったら一度頂上に行かせて、ミトラ君を降ろしてもらった方が……」


 残念ながらそれは難しいだろう。未だ残るアリアの念がそれを望んでいたとしても、頂上に到達し龍に対面するにあたって、ズヌバの横やりが必ずや入る事が予想されるからだ。


 強力な迷宮核を管理している黒龍の眼前に出れば、パーマネトラの時の様に、あの怪物を依り代として分体として降りてくるだろう。


 そうなっては内部のミトラの安否は絶望的だ。


 彼を無事に救出するには、何としても先に乗船部から降ろすしかない。


 つまり、頂上に行かせないためにも助け出すにも、もっと強い攻撃が必要だが、それが救出対象を危険に晒してしまうというジレンマに陥ってしまった。


 私達はもう何度目かの攻撃を怪物の手足目掛けて放つ。


 炎の塊と化したふぇに子の口に当たる部分から、連続して火球が放たれる。


 怪物は器用に塔を軸にして動きながらそれを回避した。外れた火球が塔に着弾し、その外壁を少なからず破壊する。


 現在の高度的に魔窟の第八十階層辺りで何とか押し留めているが、じわりじわりと相手の目標達成が見えてきてしまっていた。


「このままじゃあ、ジリ貧です! アダムさん、一か八か突撃しましょう!」


 彼女の言う通りだった。このまま悩んでいても勝利は無い。


「やってみよう。ふぇに子、しっかりくっついていろよ」


「というか、これちゃんと後で分離出来ますよね?」


 安心しろ、実証済みだ。


 周回軌道を唐突に外れ、最大速度で突撃を敢行する私達に怪物の反応が僅かに遅れた。


 狙うは、現在塔の反対側にある奴の腹だ。


 当然怪物は私達に対して背中の甲殻が正面になる様にカサカサと塔の周りを回る。


 このままぶつかっても弾かれるだろう。


 だが、私達もただ空を飛んでいただけではない。


 既にある程度の制御のコツは掴めていた。


 背中の甲殻に当たる寸前、両脚のバレルからの噴射と身体の捻りを加えた挙動で、私達は無理やり空中で軌道を変化させる。


 軟着陸した怪物のツルツルとした甲殻表面を、まるで滑る様に相手の腹側に向かって飛ぶ。


 滑り込み、急減速と共に辿り着いたのは、その外観に飛行船であったことの名残をまだ何とか残している乗船部外壁だ。


 今の私達はふぇに子の放ち続ける推進力によって、重力に逆らって横向きに壁に張り付いている状態だった。


 中に入れば取り込まれる可能性がある。


 私は主翼を制御していた両手の鎖を手放すと、補助翼である残り四本の剣の内二本を手元に戻した。


 鎖を伴った両手の剣が即座に赤熱し、私はそれを怪物と乗船部との境目に強引に捻じ込んで切り裂いた。


「――――!!!!」


 地響きにも似た轟音が、それが己の悲鳴である事を主張するかのように触角に浮かんだ苦悶の顔と共に周囲に響き渡る。


 私は外壁に足を深くめり込ませるとグレイプニルで操作され、その傷口を広げつつある剣とは逆方向に噴射を強めた。


 元々乗船部を庇っていた怪物の片手は、それをさせまいとして自分の身体側にそれを押さえつけようと動く。


 だが、それよりもこちらの力の方が強い。


 切り裂かれ、再生できぬように熱で焼かれたそれが、力を加えられ引き千切られていく。


 ぶちぶちと音を立て、怪物から乗船部が取り除かれつつあった。


「――――!!!!」


 再びの絶叫。


 その瞬間、怪物の持つ雰囲気が唐突に変化したことに気付いた私はメス代わりに使用していた二本の剣を即座に放棄してその場を離れようと試みた。


 だが、外壁に脚部を埋めていたのが徒と成り、次に来たそれを避けることが出来なかった。


「きゃあ!」


 巨大な青白い手が、私達を鷲掴みにしていた。


 先ほどからミトラの乗る乗船部を守ろうとしていた方の腕だ。


 煌々と燃える私達を掴んでいるとあって、その掌が見る間に焼け爛れていく。


 同時に、私達を捉える際にぶつかった為かミトラのいるはずの乗船部がその形を大きくひしゃげさせている。


 アリア。消えたか。


 もうダメなのか


「――――!!!!」


 全く同じ音のはずなのに、それを発する存在の苛立ちを明らかに伝えてくる振動音が我々に響き、怪物は焼け爛れた己の手ごと、私達を塔に向かって叩きつけた。


「あああーー!!」


 その衝撃にふぇに子が悲鳴を上げる。


 粉砕される壁と共に、玄室、魔物、玄室、魔物、玄室、魔物、そして直通階段と、私達の視界に映る景色が次々に変化していった。


 こちらに痛覚は無い。だが、掴まれたまま幾度も場所を振り落とされる事によって、明らかに看過できない破損が私とふぇに子身体に齎された。


 私の身体に浸透したふぇに子の炎が、破損した私の顔面や身体の至る所から咳き込むように繰り返し吹き出される。


 未だ焼け爛れ続ける己の手の内にあるそれを見た怪物の触覚が、心底嬉しそうな笑顔を見せる。


 私達と言う障害の無くなった怪物は、その歩みを順調に進める。もうすぐそこまで頂上が見えていた。


 私は全力でその場から逃れようと力を込めた。だがそれは、掌の内部でグズグズになった怪物の皮膚によって、上手く力を伝えられない。


「アダム……さん。すみません……失敗しました」


「いや、私のミスだ。それにまだ終わっていないぞ」


 怪物は最後の一撃とでも言うかの様に、抵抗を続ける私達をもう片方の腕でもしっかりと握ると、その両手を大きく振りかぶる。


 四つの蟲の脚だけで塔に身体を保持し、怪物の身体が仰け反ってそこから離れた。


「……!!」


 己の二度目の死を目前にしたふぇに子の恐怖が私にも伝わって来る。


 しかし、それは同時に、先ほど私が目にしたある事実を彼女に伝えているという事でもあった。


 それによってふぇに子の心にも希望が蘇る。


 力が漲る。


 私の身体の破損部から強烈な炎が噴出され、それは振り下ろされる両腕の勢いに全力で抗った。


 それによって一瞬だけ動きの鈍った怪物の腕を――。


「おるああああああああ!!!」


 塔より飛来した、炎の槍が貫通する。


 強烈な一撃によって半ば引き千切れた片腕の圧力が無くなる。


 その好機を見逃すはずがない。


 私達は死地から逃れると、飛来した槍の発射地点を見た。


「スピネさん!! やったー!! カッコイイー!!」


 仰け反っている怪物に向かって、ナタリアの雷撃とセルキウスの水の刃が襲い掛かる。


「アダム!!」


 グレースが自身の得物である両刃剣をブーメランの様にこちらへ投擲する。


 それはスピネの一撃によって抉られた腕を正確に捉えるとそれを両断し、そのままの勢いで私達たちの元へと辿り着いた。


「あぶねえ!!」


 思わず悪態が口を衝いて出てしまったが、私はそれを辛うじてキャッチする。


 不幸中の幸いと言って良いのだろうか。


 先ほどの怪物による攻撃の最中、私は直通階段を上る彼らの姿を捉えることが出来ていた。


 私達が塔に叩きつけられ、それが大きく破壊される事で、塔を登っていたスピネ達はその位置と方向を正確に知ることが出来た。


 そして空いた大穴からこちらを援護することが出来たのだった。


 仰け反った状態で押された怪物は、四つの脚だけでは自らの身体を保持することが困難と成り、その巨体は徐々に塔から離れつつある。


「――!!」


 甲虫の羽を必死に動かしながらそれを阻止しようとする怪物だったが、それを許すほど私達は甘くない。


 私はグレースの両刃剣を二振りの両手剣に分解すると、それを両手に持った状態で怪物の腹に向かう。


 乗船部は既に怪物の腹から剥がれかけていた。あともう少しでミトラの救出が叶う。


 だがそれを邪魔するかのように、二本の触覚の内、アリアの顔を浮かべたそれが狂ったように暴れていた。


 身体が破損し、補助翼を更に二つ失った私達はそれを掻い潜って目標へ近づくのが難しい状況だ。


 怒り狂った表情のアリアの顔は、先ほど乗船部の破壊を無視してでも私達を捉えた時のままだ。


 最早、顔が同じなだけでアリアの念は完全に消えてしまっただろう。


 しかし、次の瞬間、伸ばそうと思えば塔を掴める距離まで来ていたはずのもう片方の『人間の腕』が、己の腹部にある乗船部を鷲掴みにした。


「ミトラ君!」


 ふぇに子が悲鳴を上げる。だが、その腕は自らの腹部から剥がれ落ちかけていた乗船部を掴むと、それを力任せに引き千切った。


「ミ――ト――」


 飛行船の放つ振動音に、僅かに人の声にも似た雑音が混じる。


 怪物はその腕に掴んだ乗船部を、その手の先端に持つと必死にそれを塔の頂上へと置こうと試みた。


 歪に歪んだ箱型の小さなそれが、頂上へその一部を乗せ、押し出すようにしてそれを安全な位置まで滑らせる。



 それを見届けたアリアの表情が、本当に満足げな、幸せそうな笑みを浮かべた。



 頂上へ乗船部を押し出した勢いで、今度こそ彼女の巨体が塔にしがみ付ける限界を越える。


 仰け反った身体がひっくり返りながら地面に向かって落下をしようとしていた。


「アダムさん!!!」


 その落下よりも早く、私達は彼女の下側へと向かった。


 炎の軌跡が半円を描いて、確かにアリアだった物の真下へと滑り込む。


「うおおおおおおおおお!!!」


 両手に構えた両手剣が巨大な翼の如き炎を纏う。


 噴射される規格外の魔力によって両足の拳銃に亀裂が入る。


 私とふぇに子の、彼女に対する最後の願いが世界の理を僅かに変化させる。


 アリアだった存在の落下と拮抗していた勢いが、その勢力を加速度的に反転させた。


 私とふぇに子は、彼女を抱えたまま上昇する。そして、それは塔より高く、遥か上空へと向かう。


 足元に覇者の塔の頂上が見える。


 きっと、アリアにも見えているだろう。


 最後まで、終わった後も、愚かであっても彼女のままだった女性を、大地に落として衆目に晒したくはなかった。


 自己満足であっても、そうしてあげたかった。


 そして雲を超え、その先の空で世界を煌々と照らす太陽が、アリアだった怪物を出向かえた。


 大翼と化した両手剣を、その身体に深く突き刺す。


「さようなら、アリアさん――」


 その傷口から、全てを灰に還す不死鳥の炎が流し込まれ、怪物は陽の光の中で燃え朽ちていった。


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