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第百三十話 二つの飛翔

 急速に目標との距離が縮まる。


 私は翼を縦方向に切り返しつつ両脚を前に突き出してブレーキを掛けた。


 それでも推進力に一切の衰えが生じない為、必然的に私達は上方へ飛ぶことになった。


「な、何ですか……!? あれ!?」


 どうやら離れた際のあの距離では、ふぇに子には良く見えていなかったらしい。


 今、俯瞰する位置まで来て初めてその全容を知る事が出来たようだ。


 飛行船は今や一つの生物(・・)と化していた。


 脈動する血管が船体全体に張り巡らされ、金属製だったはずの飛行船は肉々しい姿に変貌している。


 この悪趣味な変わりようは、水彩都市パーマネトラで見た時から忘れようも無かった。


 どうやら、アリアが船内に持ち込んでいた秘薬が使われたらしい。


 だとすると、内部の人間は――。


「…………」


 私の思考を読み取ったふぇに子が押し黙る。


 心配するなとは、とてもじゃないが言えない。


 だが、あの飛行船の中で秘薬を使った人物は恐らくアリアだろう。状況的にその可能性が最も高い。


 彼女が執着している以上、ミトラ皇子が危害を加えられている可能性は低い。


 だが、事実がどうあれ、それも時間が経てばわからない。


 秘薬は人間性そのものを全て台無しにするのだ。


 最後には必ず、あの廃龍の都合の良い駒と化す。そういう薬なのだ。


「アダムさんどうしましょう!?」


 飛行船をただ破壊して落とせば、直下である都市に被害が出る。


 それをどうにかするには、牽引して都市の外まで引っ張るしかない。


 肉塊と化した飛行船を周回する私達は、その巨体を塔から引き剥がす為の行動を開始した。


 方法はシンプルだ。


 鎖を巻いて引っ張る。


 幸い飛行船は自ら浮遊している。


 質量差こそあれ、現在の私達の出力をもってすれば牽引は可能なはずだった。


 私達は周回軌道をとりながら、その半径を徐々に縮めて行った。


 そして鎖を投射するのに充分な距離まで近づいた時だった。


「うひゃあ!」


 飛行船に張り巡らされた血管が、バリバリと音を立てて剥がれ落ちると、それは触手となって私たち目掛けて襲いかかってきた。


 翼と剣を操作してそれをギリギリで回避する。


 折角縮めた距離が再度離れてしまった。


 飛行船は自分に近づく外敵を認識したようで、その気嚢に当たる部分から次々と血管が剥がれ落ち、触手を生み出していく。


「やはり抵抗されるか」


 だが、今更そんなものを振り回されたところでこちらの意思は揺るがない。


 そちらがそう来るなら、此方も考えがある。


「ふぇに子。これから空中制御が少し疎かになるが、ビビらずぶん回せ」


「了解です! ぶんぶん大作戦開始ですね!」


 まあ、その気の抜けた名前の通りの作戦な訳だが、もっと言いようはなかったものか。


 私は補助翼として使用していた六本の剣の内背中側の二本を、新たに腕から伸ばしたグレイプニルで絡めとった。


 剣に纏わり付く不死鳥の炎は消えず、絡まった鎖に伝播して、それは先端に刃を携えた長大な鎖の鞭と化した。


 垂れ下がり、飛翔の勢いによって後方へと流れるそれを、身体の斜め下方で思い切り振り回す。


 空を切り裂く風切音と共に、火炎の輪が二輪、空中に出現する。


 触れるものを焼き焦がす灼熱の輪を伴ったまま、私達は肉の触手蠢く目標へと再接近した。


 輪の外周、刃が存在するその部分で、まるで雑草を刈り取るかの如く、肉の焼ける匂いと共に次々と触手を切断していく。


 こんなもの、物の数ではない。


 乗船部には当てないように注意を払いながら、私は触手を焼き切り続ける。


 やがてそれらの脅威が殆ど失われるにあたって、私は飛行船の上にポジションを取り、両腕で振り回していたそれを前方に向けて投射した。


「――――!!」


 悲鳴代わりの鳴動が飛行船全体から鳴り響き、その原因となった二本の剣は深々と気嚢部分へと突き刺さっていた。


 剣が突き刺さった箇所から、まるで蜘蛛の巣のように幾重にも分かれた鎖が飛行船に食い込んでいく。


 これで完全に私達と飛行船はグレイプニルで接続された。


 直線での綱引きは、相手がプロペラでの推進機関を持つ以上得策ではない。


 三次元軌道を行える此方の土俵に持ち込む。


 私達は、覇者の塔自体を滑車の代わりとして、接続された鎖を引っ掛けるように動いた。


「ふぇに子! 全力で引っ張れ!」


「どうりゃー!!」


 鎖が擦れ、塔が軋みを上げる。


 斜め方向に力を加えられた飛行船は、前後方向に動くためのだけのプロペラではその力を相殺しきれず、徐々に自らの意図せぬ方向へと引き摺られつつあった。


 生憎と、こんな綱引きは二度目だ。


 今度も此方が勝つ。


 一度傾いた天秤の傾きはそう簡単に戻らない。


 滑車で引き寄せられつつある飛行船は、それによる慣性や遠心力の影響を受け、その機体を大きく傾けながら塔の壁面に激突した。


 そしてそのまま、肉と金属が入り混じったその外殻が、塔の外壁によって擦り下ろされ始める。悲鳴のような鳴動音が再び鳴り響いた。


 後はこの勢いを保ったまま出来るだけ遠くに離れるだけだ。


 私とふぇに子が作戦の成功を確信したその瞬間だった。


「うわっ!」


 突如として順調にこちらへ引き絞込んでいた鎖が、その動きを止められた。


 その反動で、がくん、と私達は空中でつんのめる。


 こちらの引っ張る力に陰りは無い。


 だとすれば――。


 飛行船にのその変化に、今度こそは二人同時に気づいた。


 青白い、不気味で巨大な人間の手が、塔をまるで抱き込むかのように掴んでいた。


 よく見れば手だけではない。


 脚もだ。


 だがその脚は人間のそれでは無く、巨大な昆虫の節足だった。


 その脚が二本、段々になっている塔の外壁に絡みついていた。


 そして塔の影からひょっこりと、それが現れた。


 気づくべきでは無かったかもしれない。


 だが先ほども言ったように、今度こそは私達二人とも同時にそれに気づいてしまったのだ。


 塔の影から現れたのは虫の触覚、それに酷似した存在だった。


 本来のそれと異なっているのは、その先端には張り付けたような笑顔を浮かべた人間の巨大な頭がくっついている点だった。


 私達は一方のそれが、肥大したアリアの頭部であることに気付いてしまった。


 二人分の嫌悪感とパニックが同時に発生し、融合している事が逆に徒となった私達は、不気味な腕が鎖を掴んで力任せに引っ張る動きに対応するのが遅れてしまった。


 向こうは今や接地している。質量差がもろに出てしまう。


 このまま振り回されでもしたら、無機物由来の私は兎も角、曲がりなりにも生物であるふぇに子は強烈な重力加速度に耐えきれないだろう。


 深々と突き刺さり、鎖で完全に固定された剣を抜くのは不可能と判断した私は、即座に剣と繋がっている鎖を腕から外した。


 名実ともに怪物と化した飛行船によって引き寄せられつつあった私達は、補助翼を二本失った事もあり、空中で転倒するかの如く回転しながら塔の真横を高速で通過していく。


 その途中、先程の私達から見て塔の裏側、即ち飛行船が塔に接触した面を私達は見せつけられる事になった。


 ――まるで巨大な甲虫だ。


 飛行船の気嚢部分が中心から縦に裂け、それが両側に向かって大きく広がり、その下に格納された透明な虫の羽が大きく広がっていた。


 気嚢と乗船部の境目からは、先ほどまで私達にも見えていた人間の両腕と、虫の四足が生えているのがはっきりと分かる。


 そしてその異様さの最たるものである触角は、どうやら気嚢部分前方の内側から突き破る様にして生えているらしい。


 塔を掴んでいる左手に対して空いている右手は、未だ原形を保っている乗船部を、まるで宝物を抱えるかのようにしてしっかりとガードしていた。


 アリアの顔を持つ触角がぐねぐねと動き、制御を失って塔から離れつつある私達を、その満面の笑みで眺めていた。


 私は未だ動揺から立ち直れていないふぇに子のサポートに全力を尽くす。


 その甲斐あって、何とか塔の周囲を周回する軌道に立ち直ることが出来た。


 だがその距離は、大きく離されてしまった。振り出しに戻るよりも状況は悪い。


 警戒と共に塔の周りを大きく周回する私達を、アリアの顔だけがずっと追っていた。


 そうして暫く経って、私達が塔に近づく気配が無いとみるや、甲虫の怪物となった飛行船はその両羽を不気味な音と共に羽ばたかせ、塔に食い込ませた手足を器用に動かしながら上へ上へと登り始めた。


「ア、アダムさん……アダムさん! あれ、あれ、は、まだ……アリアさんです……。ミトラ君を、守りながら、上へ……」


 そうだな。


 しかしあれにはもう、人間としてのアリアの意思は無いだろう。


 だが、アリアの執念だけが未だに残っている。


 悍ましい怪物に成り果てても、その行動からはミトラを愛するアリアの願いが色濃く残っているのが見て取れる。


「あれはもう。アリアであって、アリアじゃない。そのうちに私達は彼女の名前すら思い出せなくなるだろう」


 それがズヌバのばら撒いた『龍の秘薬』、ひいては『邪血』の効果だ。


 何処までも、人間の尊厳というものを破壊する、悪夢の産物だ。


「こうなっては引き剝がすのは困難だ。下の事はグレース達を信じるしかない」


 既に頂上に座す黒龍の姿は私達にも目視出来ている。必然それは、怪物がそれだけ高くに登ったという事の表れでもあった。


 だが彼はその場に座したままで、そこから動く気配が全く無い。


 動かないのか、それとも動けないのか。


 どちらにせよ、迫りくる元人間の怪物に対して、禁を背負った龍は気安く手出しが出来ない。


 私達で何とかするしかない。


「アダムさん、わたし、やります。アリアさんは、ぶっちゃけ怖かったですけど、あんな目にあって良い人じゃありませんでした。それは、絶対にそうです! ミトラ君を愛してました、大事に思ってました! あれじゃ、あんなんじゃあ、可哀想です!!」


 飛行速度が増す。


 周回の半径が狭まる。


 闘志が滾る。


「もう一度! 行きます!!」


 不死鳥は、何度でも飛ぶ。


 火が付く限り、何度でも。


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[一言] SAN値がガリガリとwwww
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