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第百二十六話 清水から飛び降りる話

 わたし、ふぇに子。


「どうぞお座りください」


 今、お高い調度品のソファを、尻で燃やさないように座るのに苦戦しているの。


 豪華な馬車に揺られて辿り着いたのは、最近いつも通っていた冒険者ギルド。


 その隣に停泊する飛行船の中だった。


 厳つい兵士に案内されて内部に入ったわたしは、第四皇子、ミトラ君と二度目の邂逅を果たすことになった。


 ニコニコ顔が最高にてぇてぇ皇子様の背後には、先日の夜、鬼女並みの恐ろしさを見せつけて来たアリアさんが控えていた。


 この人も笑っているんだけど、気迫がすげえです。


 イエス以外の返事は聞かない雰囲気がぷんぷんです。


 正直、大見得切ってここにやって来たのを早くも後悔しそうなわたしが居ます。


 でも、きちんと自分の気持ちを伝えなくては、ここまで来た意味がありません。


 わたしは早速話を切り出そうとしました。


「ふぇに子お姉さん! お姉さんは勇者様ですよね!? もしかして龍に会ったことがありますか!?」


 しかしそれは、ミトラ君のワクワク顔に潰されてしまいました。


 彼から唐突に振られた話を打ち切る勇気が無いわたしは、一先ず彼の話を聞く流れを止めることが出来ませんでした。


「いえ、あの……無いです、ハイ」


「そうですか……龍のお話が聞けたらと思ったんですけど、残念です……」


 クソッ! しょんぼりフェイスがペニシリン並みに効きやがる! 心の寒天培養地が占領されちまうぜ!


 いや、落ちつけふぇに子。クールになれ。もう昔のわたしとは違うはずだろ!


 呼吸は意味のない身体ですが、わたしは口から吸った息を鼻から吐きながら気持ちを落ち着かせます。


 冷静になった頭が自己嫌悪を生み出し、わたしの身体を強制的に冷却させていくのが分かります。


 ミトラ君はそんなわたしの内心など全く意に介さずに話を続けていました。


「僕、黒龍さんにどうしても会ってみたいんです。勇者キサラギと黒龍のお話しをずっとベッドの中で聞いて、こうしてようやく外に出られるようになったんです。父上……皇帝陛下にもお願いしたのですが、陛下もお会いしたことが無いと言って――」


 彼が語るのは何のことはない、昔のわたしと同じ。


 ただの子供の我儘でした。


 だからこそ、わたしは彼の気持ちが痛いほど理解出来ました。


 アリアさんは夢想を語り続けるミトラ君を慈愛に満ちた笑顔で見つめています。


 その顔にも、見覚えがありました。


 わたしを見つめる、お母さんやお父さんと一緒の顔でした。


 わたしの生家である伊集院の家、与えられるだけ与えられた幸福、そしてそれを全て無駄にしたわたし。


 その瞬間、曖昧だった自分の心がはっきりと形を取った気がしました。


 何故一目見てミトラ君を推してしまったのか、その理由が外見以外にあるとすれば、それは、無意識にわたしと同じ物を感じ取ってしまったからかもしれません。


 ミトラ君は昔のわたし。


 そしてわたしは、自分が(かつ)て散々消費してきた物になっただけの話だったのです。


「ミトラく、殿下は、龍に会ったらお名前を聞きたいですか?」


 わたしの質問に彼は大きく頷きました。


「はい! だって、陛下だけが知っているなんてずるいと思いませんか!? 僕も、勇者キサラギみたいに黒龍様のお名前を呼んでみたいです!」


 かわいい。


 無邪気だ。


 だからこそ、酷くうんざりしている自分がいた。


 どこまでも、昔のわたしだった。


「殿下は皇帝になりたいのですか?」


 そんなわたしの次の質問に、ミトラ君は今度は頷きませんでした。


「母上がそれを望んでいない以上、僕は皇帝にはなれませんし、なりたくありません。……皇帝に相応しいのは兄上達です。もしも僕が皇帝になんてなれば、もしかしたら母上は僕を……」


 あれあれ? と私は思いました。


 アダムさんやガルナお爺さんの話では、龍の名前を知るイコール皇帝になれる、という話だったのですが、ミトラ君の中ではそれはイコールではないようです。


 皇国において、龍の名前にはそれだけの力があるはずなのですが。


 彼の後ろで、アリアさんがやさしく微笑んでいます。


 もしかして、ミトラ君はそれを知らないでここに来ているのかも知れません。


 そうであるならば、これからわたしのする話を受け入れてもらえる可能性がぐっと上がります。


 わたしは意を決して、ここまでやって来た本題を伝える事にしました。


「ミトラ殿下」


「はい。何ですか?」


 胸の奥の燻りが、わたしの言葉を阻害します。


 けれど、わたしはこれを言うと決めてきました。


「わたしは――あなたの味方になります」


 そう。


 わたしはミトラ殿下推しです。


 『推す』というのは、心がそう叫んだ結果なのです。


 言葉のニュアンスでバカにされる事も多い『推し』ですが、この心の持ちようは、もっと深い所に存在すると思うのです。


 それはつまり、『この人の為に何かしたい』という気持ち。


 わたしにとって『推し』とはそういう気持ちの表れなのです。


 愛とは言えない。恋とも言えない。だってそんなの、わたしには相応しくない。年齢的にもアウトです。


 だから『推し』と、そう表現するのです。


 わたしの発言にミトラ殿下とアリアさんが笑みを溢します。


 こんなクソ雑魚なわたしでも、彼等にとっては必要な味方なのだという事実に、わたしの自尊心がくすぐられました。


 けれど、わたしの言いたい事はまだ終わっていません。


「ですが、条件があります」


 場の雰囲気が、変わりました。けど、吐いた唾は吞めません。


「ミトラ殿下は皇帝にならないと宣言してください。皇子の、皇位継承権を破棄してください」


 アリアさんの顔色がみるみる変化していきます。


 ああ、完全に鬼女だこれ。


 ミトラ君の手前、声を荒げたりはしないようですが、もう完全にお怒り状態です。


 無理もありませんが。


「ミトラ殿下。わたしは皇子の味方になりたいと思っています。でも、そうなったら二人とも破滅です。お兄さん達に何をされるか分かった物じゃありません」


 わたしの言葉にミトラ君が自分の後ろに居るアリアさんを見上げました。


 一瞬のうちに表情を取り成したアリアさんは、そんなミトラ君に微笑みを返しました。


 どういうつもりなんでしょうか。


「殿下、そうはさせません。彼女が味方になってくれさえすれば、今日、直ぐにでも皇子の望みは叶います」


 いや、それは無い。


 もしかしてアリアさんは、勇者という存在に過大な期待を持ちすぎているのではないでしょうか。


「殿下、わたしは――雑魚です。弱弱です。今日中は無理です。アリアさんはそこだけ勘違いしています」


 ミトラ君の視線がわたしとアリアさんの間を行ったり来たりします。


「わたしは飛べません。塔だってまだ十階層までしか登ってません」


 口に出すと、自分が本当に無力な存在であることがはっきり分かる。言ってて悲しくなります。


「でも、絶対に、絶対に、百階登ります。ミトラ殿下の為に、登って見せます」


 わたしは、誰かの為に、何かを出来る人間であると、そうなりたいと願っているのです。


「そして殿下。それは殿下も一緒です。一緒に黒龍に会いに行きましょう。ベッドの中で話を聞くだけじゃない。元気になった自分の力で、わたしと一緒に登りましょう。皇帝にならない(・・・・)殿下にはそれが許されます」


 覇者の塔は、誰もが百階を目指す事が許されている。


 実際の所それが可能かは別として、皇帝の権力の源である龍の名前は、本当は誰もが手を伸ばして良い宝物なのだ。


 今それが問題になっているのは、皇子様達四人がそれを求めて争っているからだ。


 だったら、そのレースから降りれば良い。


 ミトラ君の望みは黒龍に会う事だ。皇帝になる事じゃない。


「一緒に、与えられるのを待つだけの物語の外に出ましょう」


 わたしは立ち上がってミトラ君に手を伸ばしました。


 そして彼はわたしのその手を掴もうとして――アリアさんがそれを止めました。


「アリア?」


「殿下、火傷します」


 いや、確かにちょっと興奮してますけど! そこまで高温じゃないですよ!?


 澄まし顔でミトラ君をソファに戻したアリアさんは、溜息を吐くとわたしを睨みつけました。


「妙な誘惑はやめて頂けませんでしょうか」


 その声は何処までも冷たく、怜悧な鋭さを秘めていました。


「殿下。私は嘘は言っておりません。殿下の御身体を癒した『秘薬』。その力をもってすれば、火の無い不死鳥も羽ばたくことが可能なのです」


 アリアさんがそう言って、自分の手首を擦りました。


 次の瞬間、何かの起動音と共に部屋全体が小さく振動し始めました。


「えっ? なになに!? 何ですか!?」


 その答えは窓の外にありました。


 窓の外の景色がゆっくりと変わっていきます。


 飛行船が、飛び立ち始めていました。


「ふぇに子さん。貴女がここに来た時点で、我々の勝利は決まっていました」


 アリアさんはそう言うと、自分の胸元からガラスの小瓶を取り出しました。


 くっ! 乳ポケットだと!?


 その小瓶の中には赤黒い液体が入っています。どうみても身体に良い様には見えません。


「『龍の秘薬』。適量ならば、殿下の様に病に侵された御身体にすら快復を齎す奇跡の薬。これを用いれば、勇者であるふぇに子さんの力を飛躍的に高める事が可能です」


 成程、秘薬で飛躍的に……。


 いや! どう考えても使ったらダメなタイプのクスリでしょ!?


 わたしは急いで窓の方へ向かいます。


 ですが時すでに遅し、もうすっかり地面は遠くなっていました。


「アリアさん! これはどう考えてもバッドエンドルートですよ! ミトラ君が大事なのはわかりますが、絶対ダメなやつですって!」


「フフフ。不敬ですよ、ふぇに子さん」


 そう言ってアリアさんがミトラ君の頬を撫でました。


 何時の間にか、彼の眼はトロンと微睡んでいて今にも眠ってしまいそうでした。


「あらあら。愛しい殿下。眠るなら、ベッドへ参りませんと……」


 アリアさんが手を叩くと、複数の兵士が部屋に入ってきました。


 でも、誰も彼もヤバい顔をしています。


 おクスリが入ってる顔です。


 彼らに抱きかかえられてミトラ君は部屋の外へ連れ出されました。


 そして、わたしの抵抗むなしく、わたしは秒で彼等に捕まってしまいました。


「離せー! 離せー! 燃やすからなー! 今、燃やすからー!」


「羽のある背中とお尻にだけ注意しなさい。本当に、不死鳥とは名ばかりですね」


 や、やばい! アリアの野郎、完全にイカレてる!


 ちゃんと返事をして、ちゃんと向き合って、ちゃんと、ちゃんとした人間になろうって思って来たのに!


 わたし、やっぱりダメじゃん……!


 頬を、熱い火が伝うのが分かりました。


 アリアのアンチクショウがそれを見て笑っているのが見えます。


 悔しくて、情けなくて、どうにも出来ない自分が心底嫌になります。


「大丈夫ですよ。貴女がどんなにダメな魔物でも、その胸の核は本物です。不死鳥の核。秘薬の力で再点火すれば、この飛行船は龍の元へ辿り着けます」


 ああやっぱり。


 今も昔も、わたしの持ち物でまともなのは何も無く。


 貰った心臓(・・・・・)だけが、使い物になるのか。


 小瓶を持ったアリアが近付いてきます。


 その赤黒い液体が、まるで意思を持っているかの様に、瓶の口から這い出てこようとしていました。


 これで、今回もバッドエンドなのかな……。


 再び感じる事になった終わりの気配に、わたしは固く目を閉じました。


 が――。


「おわわわわ!? 揺れてる!? ぐわわあああ! なになに!? ぐえええええ!」


 すっげえ揺れてる!!


 部屋の中で兵士やらアリアやらと一緒にぐでんぐでんに転がりながら、わたしは何が起こっているのか全く分からないまま解放されました。


 ぐえええええ! 気持ち悪い! 吐きそう!


 吐いた。


 恐らく操られている兵士さん達には申し訳ないですが、初めて反撃らしい反撃を浴びせてしまったわたしは、何とか立ち上がると、苦しむ兵士さんから出来るだけ離れ、壁に寄りかかりました。


 次の瞬間、寄りかかった壁の真横から、まるでカッターの様な刃が飛び出てきました。


「おわああああ!? あぶ、あぶ! おわああああ!」


 次々と壁から同じ様な刃が生えて来ます。


 そしてそれらが壁を切り裂く様に円運動を行うと、見覚えのある足がその壁を蹴りぬいて現れました。


「ア、アダムさん!?」


 外壁をぶち抜いて現れたのは、わたしを助けてくれてばかりのゴーレムさん。


 アダムさんでした。


「え!? ここ空の上ですよね!? ロボットだから飛べるとかじゃないですよね!?」


「バカなこと言ってないで逃げるぞふぇに子」


 アダムさんの左手には真珠みたいな光彩の鎖が何重にも巻き付いていました。


 そこから伸びる鎖が、幾本も飛行船に突き刺さっているのがわかります。


 アダムさんは混乱するわたしを右手で引っ掴むと、そのまま空中に身を投げ出しました。


「ぴゃあああああ!! 落ちるーーー!!」


「しっかり掴まってろよ!」


 殆ど無意識に、必死になって背中の羽を動かしましたが意味はなく、わたしはアダムさんと共に、地上への鎖付きバンジージャンプを敢行する羽目になったのでした。


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