第百二十四話 未成熟な選択肢
私が夜中にガルナと話した次の日の朝。
使用人から屋敷の入り口に不審な人物が居るとの話が有り、私は屋敷の主人であるガルナやグレース達と共にそちらへ出向くことになった。
因みに、マールメアとフレンは外に出ている。フレンはいつものメカオタクの護衛だ。
早速皇子達からのアクションがあったのかと思い、緊張した面持ちで私達は歩を進める。
そして、そんな私達を出迎えたのは、火蜥蜴の皮で簀巻きにされたふぇに子をボストンバッグの様に携えたスピネだった。
「よう。妥協案としてこうなっちまった。建前としては、息子の顔を見に来たって事でよろしく」
「降ろして~。降ろして下さい~」
見た目はコミカルこの上ないが、突然来訪してきたスピネから昨夜の話を聞くにつれて、事態はよほど切迫しているのだと思い知らされた。
まさか、今のふぇに子をそんな強引に取り込もうとするとは。
「で、どうなんだ? 連合はこいつを速やかに引き取る算段は付いているのか?」
その直球の質問に、グレースが渋面を浮かべる。
「駄目だ。フレンの時でさえ半月は手続きに要したはずだ。そうだったよなセルキウス、ナタリア」
話を振られた二人が頷く。
連合という組織は、その大きさ故に迅速さは他の組織に劣る。
例え前例を無視し、私やグレース達が最大限協力して推薦状などの書類を用意したところで、今日明日でどうにかなる話ではない。
もっと小規模な組織からの勧誘ならば、素知らぬ顔で跳ねのけて手続きを進めても良かったのだが、相手は曲がりなりにも一国の皇室に属する人間達だ。
向こうの青田買い申告がどうしても優先される。
「こっちが先に唾つけたんだから、手を出すのは礼を失する行いなのでは?」
「いや、ナタリア。連合職員が冒険者の手助けを行うのは業務上珍しくない。向こうからは好まれてはいないが……それを理由に抱え込みを明言してはこちらが不利だ」
ナタリアの言を、セルキウスが否定する。
元々あった連合批判の中には、連合が有望な冒険者の引き抜きを行っているというものもある。
フレンなど、勿論それは個人の意思によるものなのだが、相対的な結果として冒険者全体のレベルが下がり、連合の総力が上がるのは確かだった。
魔窟対策にのみ重視して、地方都市の安全を軽視していると批判されるのは致し方ない側面もある。
その後も話し合いは続いたが、結局結論として、ふぇに子が皇子側に出向くのは避けられないという話となった。
最悪、この国からの離脱も視野に入れた方が良いかもしれない。
実に身勝手な私個人の意見としては、こんなことで勇者の一人を失う訳にはいかない。
私は、簀巻きのまま転がるふぇに子に意見を聞くことにした。
「いえ、わたし話に行きます! こんなにも皆さんにお手間をお掛けしてしまい、本当にごめんなさい! でもここで行かなきゃいけないんです!」
言葉は立派だが、あまり良い覚悟の決め方とは思えない。
その言葉からは、どこか強迫観念にも似た義務感を感じるからだ。
だが、その顔からは今までとは違う覚悟が感じられるのも確かだ。
「会って、何と言うつもりだ?」
私の質問にふぇに子は俯いた。
そして簀巻きのまま転がって逃げようとするのを先回りして捕まえる。
「何て言うつもりだ」
「ギブギブ! アダムさん! バックブリーカーは死にます!」
仕方が無いので逃げないことを約束させて簀巻きを解いた。
ちょこんとソファに腰掛けたふぇに子の次の言葉を待つ。
「わたしなりにアリアさんや皇子様達に伝えたい事があります! けじめと言うか、何て言うか上手く言えませんが……でも、ちゃんと言いたい事があるんです! 信じてください!」
信じろと来たか。
それは――正直難しい。
けれども確かに、ふぇに子の瞳には今までに無い光が宿っているのは確かだ。
ここで彼女を信じずに、私達が後始末をするから座って待っていろと言うのは簡単だ。
しかしそれは我々にとっては正解でも、果たしてふぇに子にとっても同様なのか。
理性と論理は、私達が面倒を見るのが正解であると即答する。
だが、感情と直観が私に迷いを生んでいた。
「スピネや他の皆はどう思う?」
私は他の人間の意見を聞くことにする。
ナタリア達は一貫して返答の時間を稼ぐ案を考えるべきだと答えた。
つまり、ふぇに子にこれ以上動いてもらっては困るという事だ。
「私は、こいつに任せても良いと思う。アダム、私が言えた義理じゃねえが、私達はこいつをガキ扱いし過ぎかもしれない」
スピネの意見は、私の言語化できなかった心に素直に入って来た。
それは、確かにそうだったからだ。
それを認めれば、理由も分かる。
私もスピネも、ふぇに子に対して自身の行いの代償行為を求めていたのかも知れない。
子供に対して、上手く触れ合うことの出来なかった自分の失敗の埋め合わせを求めていた。
それは、反省せねばならない。
緊張に体を強張らせたままのふぇに子へ全員の視線が集まる。
彼女はそれらを何とか受け止めると、一度だけ頷いた。
やらせてみよう。
失敗したなら、その時は私達でフォローすれば良い。
「ロット、覗いてないで入ってこい」
スピネがドアに向かって声を掛ける。
傍で控えていた使用人がそれを静かに開けると、三人の子供達が折り重なるようにして現れた。
「バレバレだったぞ。これは鍛え直す必要があるか?」
「いや! 母ちゃん! 俺だけの所為じゃないだろ!?」
スピネがロットの腕を取って退出する。
その途中、ナタリナに向かって一言だけ行った耳打ちを、私の聴覚は捉えていた。
子供達はそんなロットを追いかける様にしてスピネの後に続く。
ライラが一度私に目線を向けるが、その表情は、もうすっかり私に頼る心を持たない一人前の顔をしていた。
それを見て、一抹の寂しさを感じた。
私はこの気持ちを大事に思っている。
子を想う、親の気持ちは、私の魂の奥底で消える事無く残っていた最も重要な柱だった。
だがそれは同時に、あまりにも身勝手で、自分勝手な感情である事にも、薄々気づき始めていた。
如何に自分にとって大事な感情でも、それは全てを許される免罪符には成り得ない。
「ふぇに子」
私は彼女に一言だけ声を掛ける。
「頑張れ」
大きな声で返事をした不死鳥は、ガルナに連れられて飛行船へと向かう支度をすることになった。
ガルナの言うところによれば、公式な謁見となるので、服装も重要なのだそうだ。
急な要請だったので正式なものでなくても構わないそうだが、最低限のマナーとして着飾る必要があるとの事だった。
その辺りを一切言ってこなかった事から、アリアがあの手この手でふぇに子を手中に収めようとしているのが分かる。
ふぇに子とガルナが姿を消すと、先ほどスピネから耳打ちをされたナタリアが残った私達に向かってその内容を伝えて来た。
「先輩からです。『勘だが、恐らく戦いになる』だそうです」
ため息交じりに伝えらえたその内容に、後輩達が同じくため息を吐いた。
「それでロット達を連れて行ったのか……。俺達も準備をしないとな」
「そうだな山猿。先輩の勘は、預言みたいなものだからな」
ふぇに子が何を伝えるにせよ、選択肢一つでハッピーエンドになるほど単純な話ではあるまい。
それでも、私は彼女が自分で選んだ選択肢の結果をきちんと見届けようと、そう思ったのだった。