第百二十一話 第四皇子の事情
本日二話目となります
「弁護士ってこの世界にもいるんだっけ?」
「わ゛だじは無実でずー!!」
私は連行され手縄を掛けられたふぇに子と、飛行船内部で面会を行っていた。
隣にはしかめっ面のガルナと、呼び出されたスピネが脇を固めている。
話を聞く限り、原因は一人で突撃した第四皇子にあると思える。
まだ幼い彼は、自分が聞いた噂、勇者が都市にいるというそれを聞いて、その一人であるふぇに子の力を借りようと試みたようだった。
だが、それは如何にも浅はかな、子供の考えでしかなかった。
一緒にこの都市にやって来た乳母にも内緒で飛行船から夜中の内に抜け出し、よりにもよってふぇに子に助力を求めるとは。
何もかも選択を誤っているとしか言いようがない。
泣きべそを拭う手で手縄を焼き切れそうなふぇに子に話を聞く。
「わたしの中で推し総選挙が行われていたんですが、圧倒的大差でミトラ君が当選してしまい……万歳三唱と共に彼の話を聞く態勢を整えようとしたところ、衛兵さんがやって来て」
「もういい。もういいって」
ふぇに子。
個人の嗜好にとやかく言うつもりは無いが、それらを理由に人様にご迷惑をおかけしてはならない。
分かるね?
「だから誤解なんですー! 抱き着いて来たのはあの子からなんです! 天然系ショタジゴロなんです!」
でも推せるんだろう?
「はい」
はいじゃないが。
まあミトラ皇子も自分の非を認めているし、概ね証言も一致しているようだ。
ふぇに子は釈放されるだろう。
これを理由に拘束されて、なし崩し的に陣営に引き込まれる事にならずに済んでよかった。
そうならない為にもガルナが来ているのだろうが。
「ふぇに子よー。マジで私が言えた義理じゃないが、未成年は止せ」
「ずみまぜんー! スピネさん!」
結局ふぇに子は無事釈放された。
フードをかぶって顔が見えないようにして飛行船から降りたものだから、より一層被疑者感が出てしまっていたが。
そんな中、連れ立って移動する私達の前に、ふぇに子が来ているような似非メイド服とは違う、使用人が着るには仕立ての良い、だが明らかに上位者のそれではない服装の女性が現れた。
この世界の人間にしては珍しい、大人しい茶色の髪を纏め上げたその女性は、静かにこちらへ一礼を行った。
「この度は、ミトラ殿下が大変ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」
言い訳をせず、謝罪を繰り返すその女性の姿に、私達はそれを素直に受け取る事でそれを止める。
「アリア殿、頭をお上げください。殿下には私からも言っておきます故」
ガルナのその言葉で、私はこの女性がミトラ皇子の乳母である所のアリアさんである事を知った。
良く言えば素朴、悪く言えば地味な女性だ。
私は嫌いではない。
「あのくらいのガキは……ウロチョロするもんだ。拳骨でもくれてやればいい」
自身の子育て的に余り批判も出来ないだろうスピネは、いつもよりは切り口の緩い返しを行う。
その後アリアさんの申し出で少し話を行うために、皇国側が貸し切っている宿へと我々は出向くことになった。
ここでライラ達とは一旦お別れとなる。
辿り着いたそこは、皇国の兵士達の中でも隊長格が泊まっている調度の良い宿だ。
安宿とは内装が比べ物にならない。
私は革張りのソファに、いつもよりも慎重に腰掛けた。
「改めて、申し訳ございませんでした」
再度の謝罪の言葉から始まった話し合いは、概ね先程は言わなかった言い訳とも言える内容だったが、その事情は飲み込めた。
飲み込まざるを得ないというべきかもしれない。
「殿下は生まれつき体が弱く、最近ようやく外出が許されるようになってからは年頃の好奇心が抑えられないようで……」
その事情は、私とふぇに子に刺さる。
私は娘の事があったし、彼女もまた、持病で思うように生きられない時期があっただろうからな。
母親は第二皇妃、彼女は随分遅くに授かった自分の息子を疎んでいるようで、教育は乳母であるアリアに任せきりらしい。
そんな彼の慰めにと、アリアによって寝物語に龍と勇者の御伽噺を聞いて育ったミトラは、今回その龍の住む都市に出向くとあって酷く興奮していたらしい。
だが、会うことは叶わない。目指すことすら、滅多に会わない母親に禁じられた。
彼が浅慮を起こすのは必然だったのかも知れない。
「子供の夢を炎上させずに済んで良かった」
「ふぇにふぇに……」
本当に反省しているんだろうな?
「殿下は……どうにかして黒龍様にお会いしたいと考えているようです。ですが、まだお身体の具合も良くはありません。例えご兄弟が許しても、百階層など夢のまた夢でしょう」
そう言ってアリアさんは膝の上で手を固く握った。その目が私を捉える。
私は彼女が何か言う前にはっきりと告げる。
「残念ですが、私は今回の件にはあまり関与出来ません。ミトラ皇子にはご健勝をお祈りしたく存じております」
彼女はそれを受けて、静かに頷いた。
この場にいる人間でミトラ皇子に協力しようとする者はいないだろう。
ガルナは当然として、スピネも既に理由を付けて二人の皇子の誘いを袖にしている。
ふぇに子は、どう考えても実力が足りない。
小さな皇子の夢は叶わない。
その境遇もあって、こちらからの手助けを全く考えないわけではなかったが、それとこれとは話が別だ。
私達は宿を後にした。
まだ仕事が残っているというガルナ、そして気分では無くなったと今日の攻略を休みにすることにしたスピネと別れる。
二人取り残された我々は、大通りに出る路地を進む。
「なんとか出来ないんでしょうか……」
私がライラ達を探していると、隣で歩くふぇに子がポツリと口にした。
それは第四皇子に味方して、塔の頂上の竜に会わせられないかと言う意味か?
無理だ。
出来る出来ないではなく、会わせようとしてはならない。
「どうしてですか?」
最悪、殺されるから。
ミトラが龍を目指せる可能性があると彼の兄弟に判断された時点で、彼は排除されるだろう。
後ろ盾が無さ過ぎる。
実母がなぜ彼を遠ざけるのかはわからないが、実質的な味方が使用人身分の乳母だけなのは大問題だ。
そして、これは決して口にはしなかったが、ミトラだけじゃなく、他の皇子だって大なり小なり事情を抱えているのだ。
確かの彼の事情は私達にとって他人事とは思えないことだった。
では、他の皇子がもっと辛い事情で、ミトラよりも可哀想だと知ったら、今度はそっちに鞍替えするのか?
どちらを選んでも正解では無い道もある。
私は隣を歩くふぇに子が、論理では決して納得しない事を悟っていた。
そしてこれから口に出す内容を思い浮かべて思わず心の中で苦笑した。
大概私も、甘いな。
「皇子達全員に共通の方法ではあるが、手がないでも無い」
私の言葉にふぇに子の瞳が輝く。
「頂上まで昇るんだ」
そして続く言葉でそれは消沈した。
「それは第一皇子以外、無理なのでは……?」
こらこら。
ちゃんと話を聞け。
大通りに出て、私は塔の根元に停泊している飛行船を顎で指し示す。
黒龍は何も塔の内部に居るわけじゃない。
頂上にいるのだ。
だったら外から昇っても良いはずだ。
「……え!? でもあれ、高度が足りなくて頂上までは行けないんですよね!? ハルマさん達が打ち上げの時愚痴ってましたよ!?」
あれはダメだろうな。あれは。
私はふぇに子の背中をスパン! と叩いた。
それは飾りか? ふぇに子。
可能なら、間違いなく最短の方法だ。
多分殆どの皇子が考えて、実物を見て断念した方法だろう。
だが、可能性はゼロでは無い。全ては彼女の頑張り次第だ。
勿論、それを選ぶかは彼女の自由だが。
「推しに貢ぎたいなら、貢ぎ物が無いとな」
唖然とした顔のふぇに子を他所に、遠くの方から私達を見つけたライラ達の呼ぶ声がする。
どうなる事やら。