第百十八話 冒険者として、皇子として
こちら、本日二話目です。
唐突に現れたマスクマンは、その白く輝く歯を見せながら笑っている。
まあ、正体はバレバレなのだが。
そのマスクで正体を隠せるのはアメコミ世界の人間だけだ。
「アルシェール。貴様なぜここにいる」
「我が名はマスク・ザ・バトランド。決してアルシェールという男ではない。それにカルシュナよ、年上にはもっと敬意を払うと良い」
ストンと着席した第二皇子は近くを通りがかったメイドに注文を行う。
そんな彼にカルシュナは声を荒げているが、アルシェールはどこ吹く風だった。
「ユニークモンスターと呼ばれる君達がこの店に顔を出している事は報告で聞いていた。だから、確実に、秘密裏に会うためにもこうやって謎の人物として待っていた訳だよ。まあ、これも年の功ってやつかな」
髪をかき上げながらそう告白するアルシェールだったが、内容は兎も角、その方法が奇抜過ぎる。
「たった二週間早く生まれた程度で目上面をするな」
「カルシュナ。兄上を嫌うのは分かるが、何故私にまでそう敵意を向ける。私は君と違って、自分からは皇帝になどなるつもりは無いよ」
運ばれてきたストロー付きの飲料を、アルシェールは静かに吸い上げる。
何処までも余裕を持ったその態度は、カルシュナの感情を逆撫でしていた。
「今の皇国は時代遅れも甚だしい。兄上が皇帝になれば、あるいはバトランドはまた『帝国』を名乗るやもしれないね」
皇帝は力を持ち過ぎている。そうアルシェールは語った。
だからこそ、彼は龍の名前を子供達に伝えようとしない自分の父親の行動を支持しているのだという。
「それでも皇帝の権威はそう簡単に失墜したりはしない。議会との力関係を正常化して、帝都以外の地域との格差を減らす努力をすべきだ。カルシュナもそう思うから、皇帝になりたいんだろう? 応援するよ」
飄々と語るその姿は、変装をしている事もあって軽薄とも捉えられるだろう。
「そうか、じゃあ帝都に戻れ、その足でな。何が議会との力関係の正常化だ。その議員共とよろしくやってる奴の言い分なぞ聞けるか」
どうやら、見た目や行動はアホでも、頭の中身までそうではないらしい。
カルシュナの言葉を聞いたアルシェールは、その微笑みを全く崩しもせずにそれを受け止めていた。
二人の目線が火花を散らす。
「この『クリームスペシャル』一つお願いしまーす」
そんな中、難しい話は自分に関係ないと言わんばかりに、真正のアホの子である不死鳥が追加注文を行った。
周囲の目線が彼女に集まる。
「あれ……? 皆さんも何か追加で頼みますか?」
私は取りあえず、彼女のフードをそっと下ろした。
毒気を抜かれたのか、二人の皇子の雰囲気が僅かに軟化する。それを見計らって私はアルシェールに質問をする事にした。
つまり、彼の実際の立ち位置についてである。
アルシェールは隠す事でもないと前置きをしてそれに答えてくれた。場の雰囲気を悪くしたお詫びでもあるようだ。
彼は第二皇子ではあるが、長兄であるリベナスの上に出る事は許されていない存在であるとの事だった。
そういう意味ではカルシュナの方がずっと自由な行動を許されていると言っても過言ではないらしい。
事実、カルシュナにはハルマが付いているにも関わらず、アルシェールには傍に誰も控えていない。
完全に放っておかれているわけでは無い。
店内にはそれとなく配置された監視の人間が数人見受けられた。
「兄上には素晴らしい仲間達がいる。アダム、それにフェニコさん……いや、ふぇに子さんか、失礼。君達も会っただろう」
あの女騎士達の事だろう。
対して彼は、上位である実の兄に対する反意を恐れる者達は寄り付かず、派閥の作成には随分と苦労してきたようだった。
「ハディーの家のように後ろ楯がある訳じゃないからね。カルシュナ、君は私を嫌っているが、私は本当に仲良くしたいと思っているんだよ」
「帝都を出たら、随分と口が回るようになったな。その調子で議員を口説いて回っていたのか?」
どうやら兄弟仲は本当によろしくないらしい。その理由まで深く踏み込むつもりは無かったが、隣に座らせた不死鳥が、下ろされたフードの下でその火が灯った瞳を爛々と輝かせていた。
どうやらこれからも、何かしらふぇに子に対するアプローチは続きそうだ。
「私としては、どなたか有力な冒険者に助力を申し出まして、兄上よりも早く最上階へ登って頂きたく思っています。それで、今回の騒動も一応の決着を得るでしょう。龍の名は、こんな事では無く、別の方法で選出された次期皇帝へと渡せば良いかと」
そう言ってアルシェールは私やスピネに視線を送った。
成程、彼はそういう考えか。
これで直接会って、その思想を確認していないのは第四皇子、ミトラ皇子だけだ。
私はカルシュナとアルシェールに、件の人物に付いて問い質そうと試みる。
その時だった。
「一番下の奴か。私に会いに来たぞ」
皇子達と私のやり取りをメイドにちょっかいを出しながら眺めていたスピネが、懐から新しいタバコを取り出しながらそう告げた。
その突然の言葉に先ほどのふぇに子同様、彼女に視線が集中する。
「名代とか言って、女だ。ああ、アリアって名乗ってたからな。皇子様の乳母だったわけだ」
彼女の話を聞く限りでは、飛行船が都市に降り立って間もない頃、接触があったらしい。
かなり直接的に仕官の勧誘を受けたようだが、スピネはそれを『本人が直接言いに来い』と跳ねつけたそうだ。皇子の名代相手に、随分な対応である。
「去り際、他のボンボンが会いに来るだろうと言ってたからな。社会教育も兼ねてあそこで待ってやってたんだよ。面倒事はさっさと終わらせたいしな」
タバコを一旦灰皿に置き、強めの酒を一口煽ってスピネは続けた。
「ガキども。私に頼みごとが有るなら、つべこべ言わずに塔を登れ。強さを見せろ。もしくはもっと金を出せ。上に行ってる他の奴らもそう言うだろうな。権威だので、冒険者は誰かを助けたりはしない。特に、最上階の宝を分けてくれだなんて、馬鹿らしい話にはな」
逆に言えば、そんな性格だから冒険者をやっているのだ、とスピネは締めくくった。
要は『欲しい物は冒険して手に入れろ』という事だろう。
カルシュナの様に代理を立てたり、アルシェールの様に策を巡らせるのではなく、あくまで自分の腕っぷしで状況を変えろと言いたいのだ。
そういう意味では仲間と共に塔を上っているリベナスが、最も状況に対して誠実であるとも言えた。
彼は、嘗ての皇帝の足跡を辿っている。正しく皇道を行っていると言っても良い。
それにしてもはっきりとした物言いだった。
槍のような女性。
私は、再びナタリアの語ったスピネ像を思い返していた。
しかしあまりにも固くなに過ぎる。
確かに、ここで皇子に迎合するのは話に聞くスピネ・ガレーのイメージとは異なる。
それにしても、何故こんなにも『冒険者』であろうとするのだろうか。
私がこの世界に来てから目にした冒険者は、どちらかといえばこれほどの意識の高さは持ち合わせていなかった。
そういう人間は寧ろ、フレンの様に連合に入るため『冒険者』を続けているのが殆どだった。
疑問に思っていると、隣に座るふぇに子の目が、先ほどまでとは違う輝きに光っている事に気付いた。
同時に、彼女がそんな他人から見た自分の姿を、固くなに貫いている理由にも思い至った。
スピネは、以前に私に語ったように、自分が『良い母親』には成り得ないことを知っているのだ。
だからこそ、彼女は自分の息子が『彼女の息子』であることを誇りに思えるように、『冒険者スピネ・ガレー』としての姿を貫いているのだろう。
そしてそれは皇子達にも言える事だった。
恐らく彼らは、皇子たる自分を、今回の機会で示さなければならない。
それが認められた時、彼等の望みも叶うだろう。
あるいは、皇帝はそれを望んだからこそ龍の名前を受け継ぐことを拒否したのかも知れなかった。
ただそれを受け継いだからという、龍の名前の付属品としての皇帝ではなく、自らの力で己の価値をつかみ取る事を、自分の息子達に望んだのかも知れない。
全ては私の想像に過ぎないのだが、不思議と確信があった。
スピネの不敬にも程がある言葉を聞いた皇子達は、しかし怒る事はなくそれを受け止める。
そして打ち上げは、いつもの様に空気を読まないふぇに子と、実はお酒に弱かったにも関わらず、コーヒー牛乳と勘違いしてカルーアミルクを飲みまくっていたハルマが暴走し始めたことによって盛り上がりを見せた。
ふぇに子は後に語る。
今回の打ち上げの最大の収穫は、ハル×カルにおいて、カルシュナが『俺様受け』であると確信が持てた事であると。
メイド達がストローを巡って争いを見せる中、ふぇに子は続けてこうも言った。
「私はそこまでこだわりは無いので、リバもありですけど」
そうか。
すげえどうでもいい。