第百十七話 結局ほぼ毎日通っている件
本日はあと一回更新いたします。
「お帰りなさいませー! ご主じ……オーナー! オーナー!」
もう何度目か、やって来ましたのはいつものメイドキャバ。
ちょっと違うのはマジのVIPを引き連れている事かな。
店内に入り、私の後ろでその人物が周囲興味深げに眺めている。
言わずと知れたカルシュナ皇子だ。
面映げな彼とは対象的に、そのお付きの人であるハルマは表情を無にしていた。
「アダム様。此処は一体……」
こんな所に来た事を公にしたくないよな?
私はハルマの肩に手を乗せる。
彼らを態々この店に連れて来たのは、この打ち上げ会を公式な会合として扱わせない為だ。
実は僕たち仲良しなんだぜ、という名目を立たせない為には必要な措置なのだ。
決して私がこの店を気に入っているわけでは無い。
「アダム様。いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます」
オーナーが挨拶に来るが、これは常連である私ではなく、あくまでも皇子が来店するという非常事態に際してのそれだ。
流石にそのはずだ。
オーナーのご贔屓発言に、私を見るカルシュナとハルマの視線に何やら妙なものを感じるが、貴様らだってチラチラメイドに視線を送っているのは気づいているからな。
まあそれはともかく、私達はやはり定位置と化した奥のテーブルへと案内されることになった。
テーブルに着くまでにこちらへ向けられる、恐らくは『カルシュナ推し』なのであろうメイド達の視線が怖い。
席に付いた途端、ふぇに子がメニューから容赦無くあれこれと注文をし出す。
例の『魔法の言葉オプション』まで追加していた。
この打ち上げという名目の場が、全額皇子の奢りという事をきちんと理解しているのだろうか。
だから好感度が上がらないのだ。
それにしても、魔力があれば飲み食いの必要ない身体だろうに、やたらとよく食べる子だ。
勿論、悪い事では無いのだが。
「フェニコ……いや、ふぇに子と言ったな。お前、本当に魔物か?」
あらかじめ話に聞いていても、自分の知る魔物とはまるきり異なる彼女の様子を見て、カルシュナが訝し気に問い質してくる。
無理も無い。
見た目を除けば、ふぇに子に魔物らしさは欠片も無いのだから。
彼女に関しては、連合に発見されてから大分日が経ち、騒動に巻き込まれる事で連合に情報が蓄積されている私と違い、この都市にやって来てからの情報しかこの世に出回っていない。
興味を持つのは当然だが、彼等をこの場に呼んだのは財布になってもらう以上に別の理由があった。
まずはこちらの質問に答えてもらうとする。
礼儀として、改めて皇子達へ簡単に挨拶を行い、飲み物が各自に行き渡ってから質問を開始する。
何故かカルシュナとハルマのグラスにだけストローが追加されているのだが、私はその理由を考える事を放棄した。
「既にガルナから事情は聞き及んでおりますが、カルシュナ殿下も塔の最上階を目指されるおつもりですか」
「何だ、アダム。随分と話し方を変えているじゃないか。勝負の時と同じで、俺は構わん」
ハルマが何か言いたげな瞳をカルシュナへ向けるが、結局は彼の言い分が通ることになった。
先ほどの質問に対して、彼はあっさりとその事実を認めた。
「リベナスの手前、直接手勢を率いて登るのは憚られる。だからこそ、そこのスピネのような冒険者を引き込もうとしたわけだが――」
敢え無く失敗に終わった訳だ。
しかし、予想していた答えとはいえ、この皇子は少々詰めが甘いようだ。
「へー。そんなつもりだったのかよ。私はてっきり、負けたら一晩一緒にいてやる位のつもりだったんだけどな」
このスピネの言い分である。
これを聞いたカルシュナは目を丸くして驚いていた。
皇子様よ、良く思い出してほしい。
別にスピネは『仲間になる』とも『雇われる』とも、一言も言っていない。
ただ、自分を指差しただけだ。
言質を取っていないのでは、例え勝負に勝っていたとしても望む結果は得られなかっただろう。
当然私も、負けた際はスピネに倣うとしか言っていないので、攻略への手助けを求められたとしても、のらりくらりと躱すつもりだった。
更に。
「一応教えておくけどよ、確かに皇子様は運が強いみたいだ。 持ってるってやつだな。だが、勝ち目が薄い賭けに突っ込むのは、まだまだひよっこだぞ」
そう言ってスピネは机の上に、隠し持っていた札を数枚投げてよこした。
別にイカサマをやっていたのは私だけではない。
あの机では、途中何度か勝負が仕切り直されていた。
その時に親だったスピネは、その度に札をこっそりと抜き取っていたのだった。
それ故に最後の勝負の時、スピネは恐らくもっと強い手を用意することも出来ただろう。
だが、スピネが札を隠し持っている事に気付いていた私が、それを指摘せずに敢て賭けに加わったのを見て勝ち目が無くなった事を理解し、カルシュナ本人の運の強さを見る態勢に入ったのだろう。
彼女ほどの力量が有れば、私の手元の魔力の微細な流れを察知出来る。
何かしらのイカサマを私がしているのは、直ぐに気づいたはずだった。
そして、目の前でコーヒー牛乳に似た飲み物を飲んでいるハルマも、その実力からしてしっかり気付いていただろう。
だからこそ、彼は私に乗ったのだ。
結局、カルシュナは負けるべくして負けたのだった。
メイドを侍らせる姿が堂に入った皇子が自分のグラスを一気に煽り、空にした。
「俺の奢りなんだよな。ハルマ、今日は飲ませろ」
ハルマは目礼でそれを了承する。
注文を受けたメイドが空になったグラスを下げる。
グラスを見つめる目つきが怖い。あれ、平気なんだろうか。
飲み物が来るまでの間、私は先ほどの話について詳しく聞くことにした。
どうやら皇子間では序列が定められている関係上、最上階を目指す意思を明らかにしているリベナスの手前、皇子本人が堂々と覇者の塔を登る行為は、それ即ち彼に対する明白な反意であると捉えられるらしい。
「リベナスが皇帝になるのは、まあ全員が皇帝になりたいわけじゃない様だが、基本的には他の皇子も気に入っていない」
リベナス皇子はバトランド皇国皇帝の長子であり、その国の歴史的思想をしっかりと受け継いでいるとの事だった。
つまり、彼はこの時世においてはそぐわない、覇権主義をその第一義として動く男だという事だ。
「俺は皇帝を目指す。カルシュナ・ハディー・バトランドの名前を皇国の皇帝として歴史に刻んでやる」
対して目の前の彼は、その名前と肌の色等から分かるように、異母兄弟であるリベナスの後塵を拝すつもりはないとの事だ。
第三皇妃として迎え入れられた自分の母親の出身である地域、歴史的には帝国時代に併呑された故郷の、皇国内での地位向上のため皇帝になろうとしている。
そして、付き人であるハルマは、カルシュナとは父違いの兄であるとの事だ。
これは公然の秘密でもあるため、彼の口が酒で滑りやすくなっている事を考慮しても大した情報ではないらしかった。
「はー……エモい」
ふぇに子、ステイ。
まあ確かに、思いっきり込み入った事情があるようだが、それは今回の件にはあまり関係ないだろう。
それにしても、カルシュナは第三皇子という事なのだろうのか。
「本当に何も知らないんだな。ああそうだ。俺の上にはあと一人、リベナスの同母の弟、アホのアルシェールがいる」
アルシェール。
リベナスと同じ髪の色をした線の細い男性の事だろう。カルシュナはアホと呼んだが、私には聡明そうに見えたが。
という事は、あのピンク髪の男の子が序列的には最下位なのだろうか。
「ええ。第二皇妃のご子息であられる、ミトラ・ネドクリフ・バトランド殿下ですね。今回は乳母で在らせられるアリア殿と一緒に来られています」
何時の間にか、グラスに入った二杯目のコーヒー牛乳を飲みだしていたハルマが補足を行った。
第二皇妃の息子なのに、序列最下位なのか。
つまり、生まれた順番で序列を決めている訳なのだろう。
これは兄弟間の関係が、至極面倒なことになっていそうだ。
第一皇子、リベナス・マーネシウス・バトランド。
第二皇子、アルシェール・マーネシウス・バトランド。
第三皇子、カルシュナ・ハディ―・バトランド。
第四皇子、ミトラ・ネドクリフ・バトランド。
直接接触していないのは後二人。
必ず接触してくるであろう彼らに思いを馳せていると、他の席から私達のテーブルに向かって一人の男が歩いて来るのが見えた。
見覚えのある、というか飛行船から降り立った皇子達が来ていた服と同じそれを身に纏い、手には純白の手袋、そして目元のみを隠すマスクを付けたその人物は、私達に向かって声高に宣言した。
「我が名は『マスク・ザ・バトランド』! 諸君! 私も話に混ぜてもらえないだろうか!?」
全く隠れていない金髪が、本当に身元を隠すつもりがあるのか疑わしいその人物の正体を如実に表していた。
成程、これは確かにアホ呼ばわりされても仕方が無いかもだ。