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第百十六話 バレなきゃいいのさ

 カード勝負は、その後特に何か言い合うでもなく始まった。


 親のみ変更があり、私がカードを配る。


 卓上では、札が机の上を滑る音だけが静かに響いていた。


 額面も何も変更が無いのにも関わらず、場の空気が重い。


 それは間違いなく視線を交わすスピネとカルシュナのせいだろう。


 一人残った冒険者の男性は、何処までも居心地が悪そうな顔色をしていた。


 そしてゲームが再開される。


 数ゲーム終わっての感想は、可もなく不可もなく。


 カルシュナは大勝ちもしなければ大敗もしない。そしてスピネもまた同様だった。


 勝っていたのは私だ。


 冒険者の男性からチップをたんまりと恵んでもらっている。


「アダム、と言ったな。ゴーレム、成る程この目で見ても信じ難い」


 私は札を伏せ一礼を行った。


「恐縮です」


「そして……不死鳥」


 カルシュナなの鋭い眼光がふぇに子を射抜いた。彼女はそれを受け止めようとして、途中で諦めて目を逸らした。


 それを見たカルシュナの顔に笑みが浮かぶ。


「面白い女だな」


 ふぇに子、背中を叩くな。


 確かに、遂にこの台詞が出たかと思ったが、興奮するな。


 私は平静を装ってカードを配り直す。


 そしてこのゲームで冒険者の男が大負けをし、彼はテーブルを離れる事になった。


 気づけば、このテーブルの周りには沢山の人々の耳鼻が集まっていた。


「ハルマ、座れ」


 開いたとは言え、皇子が座る賭け事の場には誰も彼もがおいそれとは座れないと言った風情を見て、カルシュナがお付きの男性にそう命令する。


 ハルマは一礼すると静かな所作で着席し、机の上を片付け始めた。


「中々楽しい場になって来たじゃないか。それでどうだ。この四人で賭けるならもっと興の乗る物を賭けようじゃないか」


 僅かにスピネの目尻が反応する。


 予想はしていたが、やはりこういう展開になったか。


 本来ならこのような振る舞いを止めるべき立場であるハルマが席に着いた時点で、この流れは彼らの中で既定路線だったのが分かる。


「そうだな……。スピネ、何か望むものはあるか?」


「いくらまでなら出せるよ。皇子様」


 カルシュナの目配せを受けたハルマが金額を示す。


 その金額に周囲から感嘆の声が上がる。


 ふぇに子も目をドルマークにしていた。


 いや、お前の金になるわけじゃないからな。


 逆に貴様には何が出せると、カルシュナが挑発を行う。


 スピネの総資産は知らないが、一冒険者がおいそれとは出せない金額であることは明白だった。


 不適に笑うスピネは親指で自分の胸をトントンと指し示した。


「そういう話なんだろ?」


「話が早くて助かる」


 互いに獰猛な笑みを浮かべ、これで場は整ったようだった。


 背後でふぇに子が私の背中をつつく。


「わたしを巡っての争いじゃなかったんですか?」


 そうだね。


 だが考えても見ろ。スピネがあいつに雇われるなりして河岸を変えるとする。お前は何処に宿を取るんだ?


 ふぇに子は少し考え、スピネの方を向いた。


 ガルナの屋敷で預かることもできるだろうが、ふぇに子は基本的にスピネの側にいようとするだろう。


 ふぇに子にとってスピネの存在は意外でも無いが大きい。塔の攻略中、炎の槍から連想されたイメージからも、それは明らかだった。


 スピネを取れば、ふぇに子はオマケで付いて来る。


 何処で情報を仕入れたのかは分からないが、この皇子達はその辺りを良く調べてあるようだった。


 向いに座るハルマに視線を送ると、彼は片手で、どうぞと仕草を行った。


 どうやら親は私のままで良いらしい。


 先程までの勝負を見て、私がスピネに有利になる様カードを配ってたりはしていない事を確信しているようだ。


 その信頼のままに私はカードを配る。


 今回はスピネとカルシュナ、どちらかのチップがなくなるまでの勝負だ。


 勝敗を速やかにつけるためにも、一回のゲーム中、必ずビッドを行う事が追加ルールとして定められている。


 先程までの静けさが嘘の様に、二人の間でチップのやり取りが行われる。


 前回のゲームでは互いに互いの手の内を隠すため、敢えて平凡な賭け方に甘んじていたのだ。

 

 私とハルマは場を白けさせない程度に、それでいて趨勢に影響が出ない様に立ち回る。


 場は一進一退の動きを見せ続けた。


 思ったよりも、皇子が上手い。いや、ある意味では予想通りというべきか。


 常に堂々としたその立ち振る舞いから繰り出されるブラフは、時折混じる地雷の様な勝負手と合わさって、その判断を難しくさせていた。


 対するスピネも、普段の様子からは感じられないその精妙さでもって、皇子側の一瞬の隙を見逃さずに貫いて来る。


 やがて互いに勝負手が入ったのか、はたまたどちらかはブラフか、卓上に大量のチップが踊る。


 これで勝敗が決まるわけではないが、勝った側に大きく天秤が傾くのは間違いないだろう。


 ハルマが勝負を降り、そして私の手番となった。


 周囲が固唾を飲んで見守る中私は宣言する。


「コール」


 どよめきが走った。


 同じ卓についているハルマ以外の二人からも視線が飛ぶ。


 私は変えようがない表情を変えずに、皇子に先を促した。


 そして三人の手札が開く。


 二人は共にフルハウス。数字の差でスピネの勝利だ。


 だが、開かれた私の手札はストレートフラッシュ。


 つまり私の勝利だった。


「そういえば、私が勝った場合の話がまだだったな」


 集めたカードをこれ見よがしに捌きながら私は言った。


「私が勝ったら……そうだな、これから行う予定だった打ち上げの費用を皇子様に出して貰おう。そして当然、財布となる皇子様とついでにスピネも強制参加だ」


 無礼講の席で情報を洗いざらい話して貰おう。


 実にささやかな願いだ。勿論構わないだろう。


 横合いから引っ叩かれた形となった二人は好戦的な笑みを浮かべている。


 私も努めて友好的な表情を浮かべようとして、どうやら相手の感情を逆撫でする事に気づいた。どうやったって無表情だからね。


「アダム様、それでは釣り合いが取れないかと」


 これまで置き物に徹していたハルマがここに来て口を開く。


 だがその言葉は主人であるカルシュナを援護する類にそれでは無かった。


「では、ハルマさん。参考までにあなたが勝った場合のお望みをお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「そうですね……殿下には今後この様なお戯れは謹んで頂きますよう、お願い申し上げたく存じます」


 では追加でそれで。


 打ち合わせでもしていたのかのような私達の遣り取りにカルシュナが声を荒げる。


「ハルマ! お前!」


「アダム様の賭け金を聞かずに始められたのは殿下であらせられますれば」


 その代わりに、私が負けた場合もスピネ同様の条件を約束することになった。


 それで一先ずの決着を得たのだが、これではカルシュナはまだまだ青いと言わざるを得ない。


 その青さを補うための人物が此方に助力しているも同然なので仕方がないと言えばそうなのだが。


 だが、これで実質三体一だ。


 まあ純然たる味方ではないが、カルシュナにとっては全員敵なのは間違いない。


 私が賭け金を張った事で皇子の物言いが入り、親はハルマへと変更された。


 皇子様よ、そんな目で見ても彼は公平にカードを配るだろうさ。


 私はチップ量に任せて強気の張りを行う。だが、流石にそれで簡単に終わる程二人ともヤワではない。


 徐々にだが、私たち三人のチップ差は埋まって来つつあった。


 そしていよいよ、恐らく決着を付ける事になるだろう勝負所がやって来た。


 場にはどんどんチップが積み重なって行く。


 最早引いたところで負けが確定する量だ。


「あれ?」


 私の後ろでカードを眺めていたふぇに子が自分の目を擦った。まあ、無理もないか。


 そして、やはり途中で降りたハルマ以外の三人が手札を開く。


 スピネ、フルハウス。


 カルシュナ、ストレート。


 カルシュナが笑みを浮かべた。


 そして私の手札に注目が集まる。


 私は五枚の札を机の上に裏側にして整列させた。そして、端の一枚を捲り上げる勢いで全ての札を一気に開く。


 フォアカード。


 群衆から歓声が上がる。


 スピネはどっかりと背もたれに体重をかけるとタバコに火を付けた。


 皇子は悔しさに口の端を歪ませているが、暫くすれば冷静さを取り戻していた。


 そういう所は流石だ。


 ハルマと言えば、机に伏せた自分の手札と場に開かれた札とに目をやり、そして最後に私を見つめて来た。


 私はそっと、小さく人差し指を口の前に立てる仕草を行い、ハルマはそれを苦笑しながらも受け入れた。


 私はいつの間にか近くで勝負を見ていたジギーさんに少額だがお金を渡す。


 備品の弁償代だ。


「ああ、これなら足ります。ありがとうございました」


 そう言うと彼は足早にその場を離れた。


「アダムさん! めっちゃ強いですね! 何でそんなに勝てるんですか!?」


 そうだな。


 強いて言うなら、このカードの印刷に使われるインクの成分には、鉱物も含まれるという事かな。


 勿論、秘密だが。


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[一言] ガッツリイカサマかい(笑)
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