第百十四話 ハッスルふぇに子
やがて私達の番が来た。
念のため私が先頭となって扉を開く。
それは、やはり殆ど抵抗も無く開いて行った。
隙間が空いた瞬間に部屋内部の索敵を行うが、部屋の中には魔物の気配が全く無い。
警戒を怠らないようにしながら部屋に入る。
その後ろを、ふぇに子がおっかなびっくり付いて来た。
そうして彼女が部屋に入って暫くしてから、私達の背後で巨大な扉が閉まっていった。
扉がぴったりと閉じた瞬間、その表面に魔力で幾何学模様のラインが一斉に引かれる。
どうやら、あれが緊急退避用のギミックらしい。
「ふぇに子。うっかり触らないように」
興味深げに扉へと手を伸ばしかけていたふぇに子が、慌ててそれを引っ込める。
倒すべき魔物の姿は未だ見えない。
扉の先の部屋は、へし折れた石柱がいくつも立ち並ぶ大部屋だった。
広さは、小さな体育館程はあった。
だが、見通しが悪いわけでは無い。魔物が現れれば即座に反応することが可能だろう。
「現れた瞬間に、攻撃をばーっとしちゃえば簡単なのでは?」
私もそう思う。
そしてそんな簡単に思いつく攻略法に対して、これだけの魔窟を管理する存在が、何の対抗策も講じていない訳が無い事ぐらい想像も付く。
それを証明するかのように、大部屋全体に薄い瘴気が立ち込め始める。
穢れた魔力が大気と混合して生み出された瘴気。紫色の霧の形態を取るそれは私達の感覚を惑わせて行く。
そして、やがてそれは偏在と共にいくつかの塊となって漂い始める。
ふぇに子が痺れを切らしたのか、その内の一つに指を差し向けた。
「待てふぇに子」
迂闊に攻撃して、妙なしっぺ返しが来ては堪らん。
次の瞬間、塊となっていた瘴気の内の三つが高速で動き出す。
一つはゴム鞠の様に、一つは地を転がる様に、そして最後の一つは天井を這うように、それぞれ動いている。
それらは魔物の核となる結晶体を形成し、周囲の瘴気を吸収しながら瞬時に魔物の形を成した。
「ちょっと! 明らかに強すぎなんですけど!」
現れた魔物の姿を見てふぇに子が叫んだ。
うーむ。これは私の所為かもしれない。
最初に瘴気に包まれた時にでも、それぞれに内在する魔力量を測定されただろう。
それに応じて難易度調整されたようだ。
とは言え、流石に上限は存在するようだった。
私は目の前に現れた三体の魔物を観察する。
大鬼、大蜘蛛、そして赤いスライムだ。
私にとっては雑魚だが、ふぇに子には荷が勝ち過ぎる面子だった。
レッドスライムは、確か火に強い耐性をもつ種類のスライムのはずだ。その特性故、今のふぇに子では勝ち目がない。
オーガは筋骨隆々の人食い鬼であり、その黒々とした巨大な体躯に殺意が満ち満ちていた。こちらも当然ふぇに子には無理だろう。
最後にビッグスパイダーだったが、人間よりもはるかに大きいその巨体にも関わらず、どのようにしてか天井に張り付いていた。その全く感情を読み取れない八つの目で私達を睥睨している。
「蜘蛛行こうか」
「無理無理無理無理! きっも! きっも!!」
三体の魔物は私を警戒するばかりでこちらに攻勢を仕掛けてはこなかった。
元々私もそれを許すつもりは無かった。奴らが動こうとした瞬間、その機先を制するように殺気を放つ。
「大蜘蛛の弱点は顔だ。だが正面から攻撃しても、あの目の多さで見切られてしまう」
ではどうするかというと、簡単に言えばフェイントを交えて攻撃を行う必要がある。
その眼の良さ故に、見えている動き全てに対応してしまおうとする大蜘蛛の特性を利用して攻撃を当てるのだ。
こうして攻略方法という観点から見てみると、オーガは単純な近接戦闘技術と、相手を押さえる前衛に対する味方の補助技能。
レッドスライムは魔物に対する知識と幅広い対応力。
ビッグスパイダーは単純な攻撃ではなく、多角的な攻撃技能がそれぞれ求められる相手であることが分かる。
恐らく、入室者達の『足りない部分』を突くためのラインナップなのだろう。
ふぇに子単体でこの部屋に入ったなら、全種類選ばれる可能性があるな。どれもこれも彼女には足りていない。
「絶対に後ろには通さないから安心して攻撃を試すと良い」
「めっちゃ見てる〜。あの蜘蛛、めっちゃこっち見てます〜」
少しの間逡巡していたふぇに子だったが、結局意を決して、指先から大蜘蛛に向かって炎弾を放った。
相手はそれを、天井に逆さまに張り付いたまま移動して避ける。
やはり撃った瞬間に着弾地点を見切って動いている。
「見てから余裕みたいなんですけど」
「じゃあ、もっと弾速を速くするなりして上手く当てないとな」
威力は既に致命傷を与えるに充分だ。
ふぇに子には暫くシューティングゲームに興じていてもらおう。
彼女が意外にも威力の高い攻撃を行った事に焦りを感じたのか、オーガが咆哮を上げ、その巨体を震わせながら突進を仕掛けてくる。
その足元に陥没を発生させるが、指先を向けるという動作に危機感を感じたオーガは、それを歩幅を変えることで回避する。
必然、速度が落ちる。
この隙に落とし穴に落ちてもらって生き埋めでも良いのだが、折角なので操剣を試させてもらう。
六本中、二本は有線、残りは無線での操作を受けた剣が一斉にオーガに向かって飛来して行く。
次の瞬間、石柱の陰に潜んでいたレッドスライムがふぇに子目掛けて飛びかかって来た。
オーガを囮にした形だが、元より魔物達は同種であってもお互いを利用する関係でしかない。
私は剣の一本の軌道を急角度で変更する。
縦回転が加わった刃はレッドスライムを空中で両断した。
切断されたスライムの粘液が勢いよく地面に叩きつけられ、石畳に染みを残す。
だが、その一撃では仕留め切れていなかった。
正確に核を両断したつもりだったが、それは僅かにずれて、相手は未だ生存していた。
まるで逆再生のように、相手を切り裂き、その後空中で動きを止めていた剣が回転しながら手元に戻って来る。
それはその途中で、半壊状態のスライムの核を完全に破壊した。
まず一匹。
五本の剣に襲われていたオーガは全身を貫かれ、切り裂かれ、既に満身創痍だった。
戻って来た六本目が捻りを加えられながら高速で射出され、鬼の顔の中心を貫く。
これで二匹目。
天井を注視すると、ビックスパイダーはすっかり炎弾の速度に慣れてしまっている様で、その回避行動の隙が少なくなっていた。
「むきー!」
ふぇに子の指先が、フラフラと照準を合わせようとして動き、それを相手は正確に見切っていた。
「ふぇに子」
私は彼女に耳打ちを行う。
それを聞いた不死鳥はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「食らえ新技! 『延焼弾』!」
先程までと違い、人差し指と中指の二本が相手に差し向けられる。
炎弾より一回りも大きいそれが、少し遅い速度で射出され、大蜘蛛は着弾地点から少し離れる事でそれを回避した。
それが悪手だった。
着弾した火の玉は、そこから天井を舐める様に素早く炎を広げて行く。
その炎は大きく回避をしなかった蜘蛛の脚を焼き焦がし、奴は情けなく地面へと落下していった。
強かに身体を打ち付け、ひっくり返ってジタバタと脚を動かす大蜘蛛目掛けて複数の炎弾が襲い掛かる。
「ふははははー! 虫けらめがー!」
大蜘蛛はそれでお終いとなったが、調子に乗りすぎたふぇに子もまた、魔力切れとなって地面に横たわる結果となった。
「わ、わたし、やれましたよ……。成長しているでしょう?」
いや、どうだろうなー。