第百十三話 覇者の塔 第十階層
本日二話目となります。ご注意ください。
私の動揺が伝わったのだろう。ふぇに子は慌てて言葉を続けた。
「えーと、死因っていうか、直接的じゃないんですけど」
あたふたと両手を動かしながら言葉を探す彼女の話を待つ。
「中学の時、心臓を、の――手術をしまして」
ふぇに子はそっと、自分の胸に手を当てた。
「まあ、でも、十九で死んじゃったわけです」
「無遠慮だった。重ね重ね申し訳ない」
私は立ち上がって頭を下げる。
その行為は彼女を余計に慌てさせてしまったが、どうしても必要な謝罪だった。
私は代わりにはならないかもしれないが、自分に付いて聞きたい事が有れば質問に答える旨を伝える。
ふぇに子の顔に興味の色が宿り、それでは、と私に対する質問が始まった。
「グレースさんとはどういう関係ですか」
ふー。
私はどっかりと胡坐をかく。
「同僚だよ。初めの頃に私の肩を持ってもらった事もあって、非常に信頼している」
ふむふむ、とふぇに子は何処からともなく取り出した手帳にそれを書き留めていく。
それから次々と私の周りにいる男性との関係についての質問が飛び出す。
他意が有りすぎる質問だが、答えないわけにもいかない。
もうこの際、二つの意味で燃料に徹しよう。
そうしていると質問の種が尽きたのか、次の質問までの間が開くようになってきた。
「えーと、じゃあ、ライラちゃんとはどんな感じですか? アダムさんって子供好きですよねー。あ、勿論変な意味で無く」
突然のその質問に、私は答えに悩んだ。
「ライラ、か。そうだな……」
前世での娘だ。とは、少しだけ言い辛い。
ふぇに子は、私やゼラと違ってこの世界で人質となる存在を見つけてはいないようだった。
もしかしたら既に近くに存在していて、この話題を出すことによってそれに思い当たる可能性もあった。
しかし、彼女は我々三人の中で恐らく誰よりも多く記憶を保持している。
近くに前世でかかわりのある人物が居たなら、それに気づけないのは少し妙だ。
しかしだからといって、この話を出すのは早計だ。
彼女のデリケートな話に首を突っ込んでおいて、こちらの話を隠すというのはどうなのだ、という感情が浮かび上がってくるが、それとこれとは話が違う。
前世で関わりのある人物がこちらに転生している。
この事実は、私達を縛り付ける鎖として機能してしまう。
手前勝手な考えでしかないが、ふぇに子にはそういった事を知らないまま『自由』でいて欲しい気持ちが有った。
私は些か彼女を『子供』として見過ぎだろうか。
表面的な情報を伝えて、詳細を聞くのは向こうに任せる方法を採るべきか、だがそれは無責任な責任転嫁でしかないのではないか。
いかんな。考えすぎている。
「ライラは、この世界で最も守りたい子だ」
私は嘘偽りの無い言葉を伝える事にした。
「娘の様に、思っているよ」
私のその答えに、ふぇに子は予想に反して驚く事はせず、微笑みを浮かべた。
「やっぱりー」
両手の人差し指をこちらに向けながらそんな台詞を吐く。こっちに指を向けるんじゃありません。
ふぇに子はニタニタと笑いながらそっぽを向いた私を指差し続けた。
そしてその指を自分に向けて
「じゃあ、わたしの事はどう思っていますか?」
突然そんなことを言って来た。
ふむ。
「弱いけど、育てておかないと積むタイプのキャラ」
「ひどい! そこは娘! むすめー!」
それは無いなあ。
私が声を上げて笑っているのが気にくわないのか、ふぇに子は頬を膨らませている。
「へん! アダムさんなんてお助けキャラですよ! お助け便利キャラ! 強いけど途中離脱するやつ!」
なるほど。
「ではお助けキャラらしく、加入している間にレベル上げの手伝いをしないとな」
藪蛇だったという顔をするふぇに子を尻目に、私は休憩を切り上げた。
現在の階層は九階層。
次が切りの良い十階層という事もあり、そこを超えることが出来たら今日の攻略は切り上げようと提案を行う。
その言葉に、ふぇに子は、ようやく、という感情を隠さない。
これが良いペースかそうで無いかは分からないが、今日の攻略は確実に彼女に進歩を齎した。
皇子達の攻略が私達にどんな影響を及ぼすのか不明瞭な現在、それはまず間違いなくふぇに子の助けとなるはずだ。
その後いくつかの玄室を超え、私達は十階層への階段を上った。
そして目の前に新たな光景が広がる。
階段を上った先にあったのは、横に伸びた回廊と、そこに存在するたった一つの非常に大きな扉だった。
周囲を見れば、複数の一党があちこちに座り込んでおり、また驚くべきことに水薬等を扱う露店等が店を広げていた。
露店の他には研屋なども存在しているようだ。
本業の商人と言う訳ではなく、物のついでといった風情が感じられるそれらの人々の視線がこちらを向く。
もうすっかりお馴染みの動きとなったふぇに子のカバームーブが発生するが、殆どの人は私達に興味が無いように視線を戻した。
私はまだこちらを見つめている一党へと歩を進め、声を掛ける。
「初めまして。私達はここへ来るのは初めてなのですが、これは一体どういう事でしょうか」
明らかに自分達より上位の実力者に声を掛けられたことに驚いた様子の彼等、如何にも駆け出しの冒険者といった風体の五人組は互いに顔を見合わせていた。
どうやら、リーダーらしい男性が代表して私の質問に答えてくれるようだ。
「順番待ちですよ」
そう言って大きな扉を親指で示した。
この十階層はあの扉の先に出現する魔物を倒す事が最初の関門となるらしい。
その先には中間地点となる施設などが存在し、冒険者ギルドに繋がる直通階段もそこにあるとの事だった。
成る程、以前に五十階層にお邪魔した時、後ろを向けばこの手の空間がそこにあったのだろう。
あの時はただの扉だと思っていた。
「エリアボスですね。いや、フロアボス? 階層主?」
まあ、そういう類の魔物という事だろう。
何処までもゲームらしい。
この魔窟の仕様上、魔物同士での戦いによる個体の能力上昇は殆どあり得ない。
この様な門番的な配置は、生まれる場所まで完全制御されているが故に許される仕様だろう。
それでこうして皆で待っているのは順番待ちとの事だが、その理由についてはふぇに子が即座に理解を示した。
「多分、一組ずつしか入れないとかですよ。で、待っている人向けに商売している人もいるんですね」
「ああ、あの人達はとっくにこの階を越えている人達だよ。俺らみたいなの向けに態々一階から来てるんだ」
それを行うだけの需要が有るという事だろう。
事実、値段的には割高だが、駆け出し向けのラインナップが並んだ露店を見て回っている人間もいる。
店の人間に少し話を聞いたところ、普段組んでいる人間と都合が合わない場合や、無理をして先に進むには、装備や状況が合わない冒険者がこうやって商売を行っているとの事だった。
「アダムさん、五百グラン貸してください。これ美味しそうです」
後で返すように。
順番待ちの列の位置を聞いた私達はその最後尾に位置取る。
そうして順番待ちの間、周囲の冒険者達と会話を続けた。
部屋の内部では当然戦闘が行われているらしいが、その気配や音は感じられない。
何か魔法的に遮断されているようだ。
中で助けが必要な状態になった場合は、入り口の扉に触れれば魔窟の外へ強制排出されるらしい。
それでも毎月、数は少ないが犠牲者は出てしまっているようだ。
その事実にふぇに子は生唾を呑む仕草を行う。少し熱が冷めてしまった。
そうこうしていると突然通路に、カランコロンと場違いな鐘の音が鳴り響いた。
扉のすぐ側に待機していた冒険者の一党がお互いの装備の点検を行う。
どうやら先程のが入場許可の合図らしい。
若い戦士が扉を押すと、その巨大さにも関わらず扉はさしたる力も必要なく開いて行った。
そして全員が扉をくぐると、少ししてからそれは自動的に閉まってしまった。
まあ、そう緊張するなふぇに子。
お助けキャラがここにいるのだから。