第百十一話 イメージは大事
私は不満げな表情のふぇに子を連れて何度目かの攻略を開始した。
今回はまた一階からのスタートとなる。
可能であれば今日の内に十階まで進んで、次回からはショートカットが使用出来るようにしておきたい。
魔窟に入り、最初の頃のへっぴり腰と比べれば雲泥の差となった彼女の戦いぶりを観察する。
喧嘩の経験もまるで無かったのに、戦いの中でその動きが洗練されていくというのは、私自身が経験したことでもある。
パーマネトラで出会ったゼラもそうだった。
別段格闘技やスポーツをやっていたわけでもないのに、見事にスライムの身体を操作していた。
そしてふぇに子にも、その片鱗は見え始めていた。
だが私達と比べて、彼女には明らかに違う点がある。
戦いにおける強さではない。
彼女には、魔物としての闘争心が欠けているのだ。
私は魔窟の中、ゼラは魔物溢れる湖でそれぞれ誕生した。
戦いが避けられない状況であったのは確かだが、私達二人に共通するのは、結局二人とも自分以外の魔物を殲滅しようと動いた事だ。
戦って強くなる。
そんな魔物の本能に突き動かされた結果とも言える。
けれども、ふぇに子は逃げた。
出会った魔物から、それが如何に弱い存在であろうとも逃げたのだと言っていた。
今は私という保護者を得て強気になっているが、それは生来の性格であって魔物としての本能とは恐らく違う。
それに、彼女は前世の記憶を覚え過ぎているようにも思う。
私が彼女のネタを大体拾えているのは、それらの元ネタをきちんと覚えているのではなく、話の流れで思い出しているからだ。
勿論、ちゃんと覚えている事柄だって多い。
だが、それらはあくまで辞書を引く様に知識として引き出しているのであって、ふぇに子の様に個人の細かなエピソードと絡めて覚えているわけでは無い。
ふぇに子は、そのおバカさで隠れてはいるが、見た目もはっきりと『魔物』だ。
しかし、この都市の人々はどこか彼女を『人間』として扱い過ぎているように思える。
それはつまり、彼女が人々に与える印象がそうであることの証であり、彼女が実に人間的である事の証明でもあった。
「ふぇに子。戦っていて、妙な気分になったりはしないか? もっと血が欲しい的な」
「え? アダムさんはそんなんなるんですか? 怖ッ!」
抑えているけど、正直、多少なる。
私はその辺りの事はぼかしつつ、ふぇに子に前世での記憶の件について質問を行ってみた。
「自分の名前以外は、多分ほぼ覚えてますよ。因みに享年は十九歳でーす」
ここに来て、ゼラが提唱した 『記憶継承、年齢関係説』が真実味を帯びてきてしまった。
それにしても随分若い身空で不幸に会ってしまったのだな。
若いとは思っていたが、未成年とは。
それに、努めて明るく発言していたが享年まで覚えているのか。
「アダムさんアラフィフでしたっけ? 聞いた時、やっぱりなーって思いました」
私は自分の死因を覚えていない。だから、彼女の様に年齢を断定して話すことが出来ないのだ。
対してふぇに子は、自分の年齢をはっきり伝えて来た。ゼラもそうだった。
私と違って彼女達は、自分の死の瞬間、死因を覚えているのだろう。
それが幸せかはわからないが、少なくとも二度と同じ目には会わせたく無いものだ。
正直に言えば、目の前にいるふぇに子の死因に関して興味が湧いた。
しかしそんな事を聞くわけにはいかない。
まあ、当然かもしれないが。
「こうやって戦うことについて、端的にどう思う?」
私は順調に敵を倒しながら進むふぇに子の後姿にそんな言葉をかけた。
「魔力? が高くなっていくのは楽しいって気持ちがします。敵を炎でボーボーに燃やすのも、そんなに気になりません」
彼女は振り向くと、何でもないように言った。
「それに、やっと自分のやるべき事が見つかった気もして、ちょっと嬉しいです。……サイコパスっぽいですかね?」
それは、過酷溢れるこの世界では、恐らく正常な思考に分類される。
だが、前世の記憶が色濃く残るふぇに子がそう感じる事については疑問が残る。
「辛くなったら、直ぐに言いなさい。強くならないといけないのは残念ながら義務だが、時には休むのも義務だ」
「馬車馬労働してたらしいアダムさんがそれ、言いますかー?」
何でも無い風に火球を敵に投げつけながらふぇに子はそう言って、ぱんぱんと自分の手を払った。
現在、第五階層。
時折、玄室に入場したふぇに子に突撃を行おうとする魔物はいるが、全て私の方でブロック出来ている。
ふぇに子の火球は先に進むごとに如実にその性能を向上させていった。
とは言え、多少なりとも心得のある相手からしてみれば、簡単に避けることが可能な程度の魔法だ。
事実、最初の一投を躱して彼女に肉薄しようとする魔物も現れ始めた。
目の前の狗頭もその一体だった。
中型犬を直立歩行させたようなその見た目からは想像もつかない程の膂力を誇る魔物である。
向こうからして見れば、一対二の不利を覆そうと決死の行動だったろう。
実際、ふぇに子は驚き硬直していた。
コボルトは火球を伏せて躱し、その姿勢から一気に四つ足でふぇに子に飛びかかった。
私はそれをサッカーボールに対して行う様に蹴り飛ばした。
頭蓋骨を粉砕されたコボルトは、その体躯からはして見ればやや大きいな犬歯をその場に残し、消えて行く。
「犬、怖ー」
熱量が一気に減じたふぇに子が独りごちる。
この魔物は本来群れで行動するタイプのそれだ。一体だけで現れた時点で、その脅威度はガクンと落ちている。
だからと言って油断できると言う類の話ではない。私は彼女に探索を続けるかどうか聞いた。
ふぇに子は引きつった表情で続行を決めた。
少し休ませよう。
次の通路で小休止を取るよりも、魔物がいなくなった玄室の方が都合が良いと判断し、私達はそこ場で休憩を行う事にした。
どっこいしょと、地面に座り込む
「何で避けられちゃうんでしょう?」
ふぇに子が自分の掌をまじまじと眺めながら呟いた。
一番の理由は、モーションが大きい事だ。
更に山なりに投げているから速度も遅い。
「でも、他の魔法なんて分かりません」
火の玉以外は生み出せないと彼女は言った。
私はふぇに子に、私達の持つ魔法は他の者達が使用しているそれとは一線を画している事を伝えた。
その上で、イメージが大事である事も教える。
「結局は魔力量にも依存するから、いきなりメラゾーマみたいなメラが出せるわけじゃないのに注意してくれ」
ふぇに子は考え込んで
「じゃあ槍ですね! ファイアランス! むむむ……おおお! 出た! ……あれ?」
彼女の手には確かに炎の槍が握られていた。
だがそれだけだった。宙に浮いて飛んで行ったりはしない。
どうやら火球がボールを投げるイメージだった所為で、槍投げをイメージしてしまったらしい。
ふぇに子が掛け声と共にヘナチョコな槍投げを行い、それが一メールちょっとしか前に飛ばせないでいるのを見て、私は脱力する。
どうしたものかと考えて、立ち上がって腰を伸ばした。
ゴーレムの腰は凝ったりしないので、これは昔の身体の癖だ。
こんな行動ばかりしているからアラフィフだとバレるのだろうか。
そんな事を考えていた時だった。
私の手が、腰の後ろに取り付けられていたお守りに触れる。
これがあったか。