第一一〇話 パパムーブ
飛行船から降り立った直後は距離が有ったため、その戦闘能力までは詳細に測る事が出来なかった。
翻って現在の距離ならば、それも分かろうというものだった。
中々の強さだ。
大体、グレース未満、フレン以上といった所だ。
身のこなしから判断できる範囲なので、これに魔法などの要素が加わればその評価はまた変わるだろう。
それに身に着けている装備品は、そのどれもが一級品、或いは遺物に相当する物ばかりだ。
流石は皇子様だ。
「周りの奴らも結構強えな」
ロットが呟く。
リベナス皇子の供として傍にいるのは四名。いずれも歴戦を思わせる風貌をしていた。
重戦士、魔導士、そして男女の騎士二名。
フレンの様な斥候役が見当たらないのは、この魔窟が探索ではなく戦闘がメインであるからだろう。
「もっと大勢で来ると思ってました」
ライラの言う通り、それも当然選択肢として存在しただろう。
人海戦術が禁止されているわけでは無いのだ。皇子なら、その身分や権力を使って如何様にでも出来たはずだ。
それを行っていないのは、この攻略自体が一種の儀礼的側面を帯びているからで、要は見っとも無い真似は出来ないという、皇子側の意思の表れでもあった。
供がらの騎士の内、片割れである女性が私達に気付き、リベナス皇子にそっと耳打ちを行った。
「くっ殺さんがいますね」
「絶対にそんな事を目の前で言うなよ」
私は、ふぇに子の失言は恐らく回避不能だと覚悟した上で、こちらへ歩を進める彼らを待ち受ける事にした。
「貴殿らが、噂に名高い今代の勇者であるか」
女騎士が値踏みをする様にこちらへ視線を走らせながら言い放つ。
「僭越ながら、そう称される事もございます」
私は片手を胸に添え、深々と首を垂れながらそれに返答する。
後ろに隠れていたふぇに子も慌ててそれに倣った。その所為で、私の背中に覆いかぶさる様な姿勢になってしまっている。
いきなりやらかすんじゃない。
私が姿勢を正すと共に、ふぇに子が慌てて背中から離れた。
余りにコミカルな初対面に、女騎士の表情が困惑に染まる。
「これは気にしないでください」
小声でそう伝えると、彼女は咳払いをして場を仕切り直した。
「こちらに御座すのがリベナス・マーネシウス・バトランド殿下である」
「水戸黄門みたいですね」
「ちょっとすいません。暫しお待ちを」
私はふぇに子のフードを思いっきり下げる。
「ふぇにふぇに……」
小さく鳴くな。
女騎士は戸惑って二の句が継げないでいる。
そんな中、場の静寂を破る一声が上がった。
「成る程。確かに奇妙な魔物よな」
声を発したのはリベナス皇子だった。
その事実に彼の供が僅かに動揺を見せる。
「連れて行く事も考えたが、アダム、と言ったか。其方は兎も角、不死鳥はそれに及ばないようだ」
自分に協力するのは至極当然と言うが如く、彼はそう言い放った。
基本的に自分を中心とした思考をしているようだったが、寧ろそうでなくては皇帝など務まらないだろう。
それに、傲岸不遜である自分という姿を、意図的に見せている節もあった。
身分が高いというのは、私には分からない苦労も多いのだろう。
リベナス皇子の視線は、言葉を受け取った私達の内心を見透かすつもりであるかのように此方を貫いていた。
「私共は行く。世の為、励むが良い」
「過分なお言葉をいただき、誠にありがとう存じます。ご健勝をお祈り申し上げております」
互いに互いを観察している事に気づいたのだろう。
リベナス皇子は先陣を切って歩き出すと、慌ててやって来たギルド職員達に迎えられて奥の部屋へと消えていった。
彼等の姿が完全に見えなくなってから、ふぇに子がフードを外して声を上げる。
「名前長かったですね。最後が『バトランド』って『ブリタニア』みたいなアレですか?」
そんな感想しか出ないのか。
因みに、名前に関しては多分そうだろう。
個人名、母方姓、父方姓の並びの筈だ。
ガルナから聞いた話の中にあった。
同母腹を区別しやすくする為らしい。
この話からも分かる様に、皇帝は一夫多妻制を採っている。地球の歴史的に見ても、別段珍しくは無い。
「でも、腹違いの兄弟間で権力争いとか、ヤバい匂いしかしない気がしますけど」
それもその通りだ。
だから、この乙女ゲームは真剣にやらないと面倒な事になるという事実をしっかりと理解しておいてくれ。
具体的には、個別ルートに行くのは危険という事だ。
「じゃあハーレム? 苦手なんですよね、あれ」
あのお付きの女騎士にぶっ殺されるぞ。
忠誠心高めだったからな。
お友達エンドか、一人前になって旅立つエンドを目指してくれ。
「それにしても、ライラちゃんのケープ可愛いなって思ってコレ買ってもらいましたけれど、装備的にはまだまだって感じですか?」
皇子とその仲間達の装備を見ての発言だろう。彼等のそれは相当に名品が多かった。
「そうだな。その手の服は確かに可愛いが、君の場合は更新して行くのもアリかもな」
私達の発言に、ライラが満更でもない顔をする。
ちょろい。
「でも、お強い装備で初期からガチガチに固めるのは、個人的には好きじゃないですね」
それを言われたら、ゴーレムである私の立つ瀬がない気もする。
ある意味では全身装備品みたいなものだし。
まあ、ふぇに子の言いたいことも分かる。
身の丈に合わない装備は、身を滅ぼすという事だろう。
その辺りの感覚が正常なのは良い事だと思う。
「早く強くなって、稼いで、独り立ちする事だな」
「うっ。そ、そうですね。頑張ります」
話も終わり、私達は今日の鍛錬に向かう事にした。
ライラ達は装備の点検が終わったら登り始めるとのことで、一緒には着いてこない。
良く観察すれば、彼等の装備はしっかりと手入れと補修が施されており、特に問題はなさそうだった。
だが、それぞれ成長期という事だろう。
初めて会った時と比べれば、所々に丈の長さ等に不備が生じていた。補修にも限界がある。
「ライラ、ロット、メルメル。明日、時間を作って露店でも見に行くか」
私の提案にライラが元気良く返事を返した。
結局全員が同意を返したのを確認して、私はふぇに子と共に歩き出す。
「何だか、みんなのパパさんみたいですね。アダムさんは」
屈託のない笑みを浮かべながら、隣を歩くふぇに子がそう告げた。
煽ても何も出ないぞ。
まあ、今日の鍛錬はゆっくりやるとするか。
「これってつまりパパ活ですかね」
気が変わった。ガンガン行こう。
何でですか、じゃないよ。