第一〇七話 別ゲー開始
駄目だ。一旦落ち着こう。
まあ先程のは言い過ぎにしても、取りあえずふぇに子には皇子側に付いた場合と、今のまま冒険者として活動を行っていく場合とでの違いを説明する事にした。
簡単にまとめれば、就職するか、フリーランスかの違いという事になるのだが、ふぇに子の場合身元が身元の為、どちらにしても私同様に完全に野放しにはならないだろう。
選択肢的には三つ。
皇子の内誰かの派閥に入って協力するか。
スピネと共に冒険者を続けるか。
連合に入って来るべき時に向けて訓練するか。
もっとあるだろうが、現時点でまとめれば大体この三つだ。
また、二つ目と三つ目は両立可能ですらあるため、実質二つかもしれない。
それに加えて、私は、私達がこの世界に呼ばれる羽目になった大元について、即ちズヌバの件についてもしっかり説明を行う事にした。
隠してもしょうがない事である。
その上で、廃龍と戦うかどうかは完全に個人の自由である旨を伝えた。
これは、義務ではないのだ。
傍から見れば、ふぇに子は私達と違って『自由』だ。
だからこそ、こちらの都合も併せて詳らかにして彼女の判断に任せたかった。
「勿論この話は、今すぐに決めろという訳では決してない。ただ、知っておかなければならないのは、君は自由で、求められる場所はちゃんとあるという事だ」
話を聞き終えたふぇに子は、かなりの挙動不審さを見せていた。
完全に混乱していると言っても過言ではない。
まあ、無理もない。
朝起きたら、あなたは実は勇者の子孫で、王宮に行かなければならないと言われ、それで素直に行動出来るのはゲームの中だけだ。
学校の進路だってもっと時間をかけて選ばせる。
私は重ねて、しっかり時間を使って考える旨を伝えようとして――
「や、やります。悪い龍を倒します」
そんな彼女の言葉にそれは遮られた。
「無理をするなふぇに子。それも含めて、今決めなくても良い」
明らかに火の勢いが失われた彼女の姿を見て、私はその言葉を受け取るのを避ける。
今の彼女は、胸のあたりに仄かに明かりが灯る程度の精神状態だ。
冷めきった灰の身体で出した結論が、彼女にとって正しい物とは到底思えない。
「まずはアダムと、わちゃわちゃやってろ。それが良い」
新しいタバコに火を付けながらスピネがそう言い切った。
ガルナはふぇに子の様子を見て、彼女の身の振り方に関しては自分からは関与しない旨を伝えて来た。
恐らく、焦りから失敗したベルナの件があったからだろう。老人は性急に事を進めるべきではないと判断したのだった。
「ガルナは皇子を抑えておけるのか?」
「無理だ。だが、向こうは私に命令出来る立場では無い。出来て提案だ。そして私からも、向こうには進言程度しか行えない」
この辺りが連合に所属している影響という事だろう。
どっちつかずとも言えるが、今はその曖昧な状態が理想的だった。
「ガルナ、可能であれば、ふぇに子が店に対して抱えている借金を貴方に移し替えられないだろうか」
今のままでは最悪、金でふぇに子を買えてしまう。
ゼラの際に起きた勇者の保有数問題からも、私達では無くガルナ達に権利関係を集めた方が良いだろう。
「彼女がそれで良いなら構わんよ」
ガルナの視線がふぇに子では無くスピネを捉えた。
スピネはその視線を我関せずといった風態で跳ね返す。
「ふぇに子。お前、この爺さんどう思う?」
「え? 渋いお爺ちゃん」
滅茶苦茶長く紫煙を吐き出したスピネが、改めてガルナの目を正面から見据えた。
「これを預けて良いんだな?」
すげえ説得力だ。
だが、今のままよりは身柄が安全になるのは確かだ。
ガルナは私に目線をくれ、それに対して私は頷きを返した。
少なくとも誘拐はさせないようにする。
結局ふぇに子の借金はガルナ個人に移すこととなった。
じゃあ店で働かなくても良いんですかとふぇに子は言ってきたが、そんな事は無い。
魔窟での稼ぎが収益化ラインを割っている以上、ここでもしっかり働いてもらう。
「まさか皇子達が、ここに来るわけにも行かんからな」
そのガルナの言葉は正鵠を得ていた。
彼等が都市に来て即、ふぇに子の確保に移れなかったのもこの辺りに原因がある。
都市にやってきて、その日のうちにキャバクラに足を運ぶ皇子など、別の原因で継承権を失いかねない。
部下をやるのも危うい。
この店は、風聞を気にする人間に対しては実に素晴らしい隠れ蓑になっていたのだった。
私達?
ガルナは実利を取る男だし、ミネリア国民は守護龍様がアレだから、今更この程度気にしない。
「そうだガルナ。貴方のコネで革製品に関する店を紹介してくれないか? ふぇに子に用立ててやりたい物がある」
ついでに私は屋敷で出来なかった話を行う事にした。
あの場で話した場合、きっとライラ達は羨ましがってしまう。
何れ埋め合わせはすると心の中で彼女達に謝罪を行いながら、私はガルナの返答を待った。
ふぇに子の服飾を一瞥したガルナは、快く私の要求を受け入れてくれた。
店のナプキンに簡単な地図と自分の署名を行い、それを手渡して来る。
本当に大丈夫だろうな。
「気をつけるのだぞ。誰かしらのの接触は必ずある。また、無碍に断るだけではならん。体面を傷つければ、皇子の取り巻きが黙ってはおらんだろう」
まったく。ここから先は正しく乙女ゲーだ。
迫り来る皇子とその周辺人物に対して適切な回答をしつつ、ふぇに子のレベル上げをしなければならない。
結局この世界では、自分の意見を通すにも腕っ節は必要なのだ。
ふぇに子がどの道を選ぶにしても、今のままではどれも困難な道となるのは確実だった。
そう考えていると、ふと、先程から静かになっている当事者へ意識を向ける事になった。
彼女は自分の胸に両手をあてながら、何やら考え込んでいる。
そこに存在しているという胸の亀裂の奥が、あたかも脈動しているが如く明滅を繰り返していた。
「平気かふぇに子?」
私の問いかけに、彼女は顔を上げて答える。
「任せて下さい。いかに顔が良くても、王子様にモテモテなんて、そんな見え透いたキャラとシチュに今更引っ掛かったりはしませんよ」
ふん、とドヤ顔をかます彼女だったが、その返答は結果的に私の警戒レベルを急上昇させるに終わった。
君のような人種は、確か某水泳部男子アニメが放送される前の時も、同じ事を言ってた記憶があるぞ。
実際に放送されてどうなったかは、言うまでも無い。
「そうだな。だが何度も言うが君は自由だ。あえて英語で言うなら『フリー』だ。推しが出来ても咎めるなんて事はしない」
「うっ! だ、大丈夫ですってば」
多分、駄目だろうな。
伝えるべき事を伝え終わったので、私はふぇに子に店主を呼ぶ様にお願いして下がらせた。
そうして彼女が店の奥に引っ込んだ瞬間、姦しい声が私の感覚器に漏れ伝わって来た。
ふぇったん。殿下達に会えるのー!? 良いなー! ハンカチとかもらって来てよ! 買うから。御神体にするからさ! 誰か録音と写し絵の魔道具持ってない!? 殿下って実在したんだ? は? ふぇに子、あんた神に感謝が足りないんだけど?
複数の女性によるそれを耳にした私がガルナへ顔を向けると、彼は聞き慣れたとばかりの表情で、運ばれて来た紅茶を口にしていた。
「見目麗しい方々だからな。皇子様どもは」
ふぇに子の奴、別の意味で狙われそう。