第一〇三話 目標を駆逐する!
火蜥蜴は、その名前の通り外見上の特徴としては地球の爬虫類とそう違いは無い。
だが根本的に違うのは、その体内に存在する内燃機関から生じる魔法効果により、常に高温を発しているという点だ。
その魔法のため、実際に火が付いているわけでは無いが表皮も含めた全組織が常に発火しているような外見となっている。
ふぇに子の上位互換みたいな外見の説明だが、不死鳥の様な再点火、再生機能は存在しない。
どちらにしても生物的にはあり得ない見た目をしているが、それを言うのは今更過ぎる。
今回その魔物を倒そうとするのには、勿論理由が有る。
火蜥蜴を倒す事で得られる素材は、そのいずれもが高温に高い適正を持つ。
実は、スピネが所持している携帯灰皿の材料がこの魔物の革なのだった。
私のローブの耐火性を支えている素材の中にも爪の粉末などが使用されている。
倒した際に得られる素材で充分に大きなサイズの皮が得られれば、日常生活に支障を来たしつつあるふぇに子の助けとなるだろう。
「という事で、買ったら高いが、自分で調達する分には加工費だけで済む。やる気出たか?」
私は背後で隠れっぱなしの彼女にそう問いかけるが、帰って来たのはかぶりを振る動作だった。
まあ、そうだろうな。
私は取りあえず近場の扉を開ける。
二メートル程の身長をした、 黒々とした皮膚の大鬼がそこには存在した。
彼は私を見るや、雑な作りの大きな棍棒を構え、じりじりと後退を始める。
違ったか。
私は静かに扉を閉じた。
「違った」
「相手の反応おかしく無かったですか?」
多少なりとも覚えがある強さになれば、今の私にかかってこようとは思わないだろう。
低階層はそれすら出来ない雑魚が多い階であることの証明でもあったのだが、私はそれを説明するのを避けた。
「臆病な鬼だったんだろう」
なぜなら、その階でイキっている不死鳥さんも、実力的には彼らとそう違わないという事になるからだ。
それから二度三度と扉を開けるが、いずれも求める魔物とは違った。
扉の先の魔物が私に怯えを見せ続ける事で、私の後ろで隠れるふぇに子も気が大きくなってきたようだった。
「ふん! 見た目ほど大したことはないようですね!」
ゴーレムの威を借る不死鳥。
字面だけで言えば、不死鳥の方が強そうなのにな。
私は四度目の正直とばかりに扉を開けようとして、ドアノブから感じとれる温度が他と比べて僅かに高い事に気付いた。
熱走査をもっと早く使えばよかった。
「ふぇに子、多分ここだ。一緒に入るのはやめとくか?」
「へっ! ビビりな蜥蜴の顔を拝んでやりますよ!」
ビビりな不死鳥の顔なら散々見て来た。君も鏡を見れば好きなだけ見れるだろうな。
私は絶対に前には出ない様に念を押しながら扉を開ける。
瞬間、人間の頭ほどもある火球がこちらに向かって放たれた。
私は人差し指で地面を指すと、それをそのまま上方向へ弾くように動かした。
隆起した土の壁が、その火球と相殺する。
土と火による二種の煙の向こうには、扁平な頭を持つ、その大きな頭部に対して小さな眼をした四足歩行の爬虫類が、鎌首を擡げてこちらを見据えていた。
体表面の鱗はまるで冷えたマグマの様に黒々としており、その隙間からは熱による赤い発光が見え隠れしていた。
成程、メルメルの魔物図鑑で見たのとは少し違うが、あれが火蜥蜴か。
手紙でスピネが伝えて来た、新しい仲間の正体をあれこれ議論する中で候補に挙がった魔物の一体だったから、良く覚えている。
「いや! 私はあんなにぶちゃいくじゃないですよ! 絵、描いたでしょ!」
あれで分かったら凄いよ。
火蜥蜴はチロチロと舌を出しながら器用に後退を始める。
首の後ろの鰓状帰還から、白い煙の排熱が行われると、それは即座に吸気へと変化した。
小さな眼が瞬膜のような半透明のそれに覆われると、火蜥蜴はその口をぱっかりと開く。
大気に異物が混じり、蜃気楼の様な無色の揺らぎが目に見える範囲で広がっていく。
そして蜥蜴は口を勢いよく閉じる。
並んだ歯列、その牙と牙の噛み合う衝撃で火花が散ると、それは揺らぎに点火し爆発が生じた。
攻撃ではなく目くらましを目的にしたそれは、爆炎と煙の向こうで側面に回り込もうとする火蜥蜴を覆い隠した。
だが、私には問題なくその動きが見えていた。
右手人差し指で相手の移動先を示す。
火蜥蜴の移動先の地面が大きく陥没し、それに足を取られた相手は無様に転倒した。
右手を上げたことでローブが持ち上がり、私の右の腰元が晒される。
ひっくり返り喉元を晒した魔物に向かって、その腰元から一本の剣が回転しながら飛来し、それを無残に切り裂いた。
そして瞬時に飛び立った剣が元の位置に戻って来た。
致命の一撃を受けた相手は、暫く蠢動していたがそれも止まり、溶ける様に魔窟に吸収されていった。
後に残ったのは、恐らく牙だ。二本ほど地面に転がっている。
「残念、皮が出ればよかったのだが」
ふぇに子の様子を見ると、彼女は間抜けな顔をしながらこちらを見つめていた。
刺激が強かったかもしれない。いや、スピネも大概のはずだが。
「ソ……」
ソ?
「ソード〇ットだー! ダブル〇ーだ!」
こいつ、世代か!? まあ、着想を得たのは否定しないけど。
「いや、リアタイ勢じゃないですけど! 当時未だにロック〇ンが好きな人がいて――!」
無視しよ。
それから私は後ろでGN、GNと五月蠅いふぇに子を無視しながら数匹の火蜥蜴を狩った。
その甲斐もあり、取りあえずは目的の皮を手に入れることが出来た。
専門的な知識がある訳ではないが、触ってみた感じ『裏打ち』と呼ばれる皮に付いた脂肪や肉片を取り除く作業が完了した状態の様だ。
私は試しにふぇに子にそれを被せる。
大分テンションが高い状態だというのに、背中の羽に触れても焦げなどは見られない。
どうやら使えそうだ。
こら、蜥蜴の皮を被ったまま喋り続けるなよ。
私は不思議な生き物度が高まったふぇに子を連れて直通の階段を戻る。
さっきからずっと声優の話しかしていないふぇに子は、今度は長い階段に文句を言う事も無かった。
今度から階段の時は、エロい声の持ち主がどうとかの話をずっと聞く羽目になるのかも知れない。
私の好きな声優?
中田のジョー〇。
そうして何時の間にか、私達は冒険者ギルドまで戻って来ていた。
私は良い加減ふぇに子から火蜥蜴の皮を外そうとして、中身が二つの意味で白熱しているのを見てそっと元に戻す。
他の人間から好奇の目線を受けるのを覚悟で歩を進めると、何故か冒険者ギルド内部に殆ど人がいないことに気付いた。
私は空いている受付の中でジギーさんの姿を見つけると話を伺うためにそちらへ向かう。
「おや、お帰りなさいませ。ふぇに子さん、不思議な格好をしていますね」
「あっ! あばあばば……」
何かに気付いたようにハッとしたふぇに子は、先程までの調子が嘘の様に鎮火してしまった。
ふぇに子は、時々そういう事が有る。まあ、我に返ってくれて何よりだが。
「妙に人がいないようだが、この時間は何時もそうなのだろうか」
ふぇに子から皮を回収しながらそう尋ねると、ジギーさんは天井へと目線を向ける。
何もない筈の虚空であるはずのそちらへ思わず目線を向けるが、やはりそこには何も無い。
いや、不自然な程に大きな魔力の波動を感じる。
外だ。
良く分かっていないふぇに子を連れて、私はジギーさんに別れを告げるとギルドの外へと出る。
そして先程の視線の先、塔に隣接する空を見上げ――
「ひ、飛行船だー!」
塔の外壁中程、そこに佇む大型の飛行船を見つける事になった。