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第一〇一話 ママとパパと

 そうやって暫く会話を楽しみながらの飲みは続き、地球とは趣の違う月が西の空に落ちる頃、昨日よりは酒の量をセーブしていたスピネが店の外に涼みに出ると言い出した。


 彼女は手の動きで私を誘っていた。


「フレン、ちょっと出て来る。金はお前に預けておくから」


 因みにふぇに子は、他のメイドの膝に顎を乗せるような形でうつ伏せに寝ていた。


 寝ている間に他の子に髪やらなんやらを弄繰り回されているが、起きる気配が無い。


 私は店のオーナーである女性に軽く会釈をしてから、スピネを追って外に出た。


「どうした」


 彼女は店の入り口から少し離れたところでタバコを吹かしていた。


 細く長い息と共に、吸い込んだ紫煙が夜の空気に混じる。


 やがて短くなったタバコを見やると、懐から分厚い小さな革袋を取り出し、吸い殻を其処へと仕舞い込んだ。


「いや、息子の件でな。助言を少しな」


 私は彼女の隣に立つ、店の入り口から出る他の客が居たとしても、スピネへ向かう視線を切れるような位置だ。


「上手く話せなかったか。まあ、分かるな。私もこう見えて既婚者だからな。子供も、い――た」


 私の発言にスピネは驚きを見せなかった。


 私の前世に関する内容は、覚えている範囲での身の上等、ごく基本的な部分は特に隠していない。


「アダムは、あしらいが上手いよな。子供の」


 スピネは、魔法で生み出した指先の炎を別の手で風よけしながら、新しいタバコに火を付ける。


「槍を教えるのは、あいつ才能あったから簡単だったよ。楽しかったしさ」


 そうだろうな、と私は思った。


 ロットともに訓練をすれば分かるが、あの子は吸収速度が兎に角速い。


 感覚派と思いきや、理論立って説明した事柄もきちんと理解している。馬鹿だと言われているが、自頭は悪くない。


 ただ、実戦というか、何事も自分で実際に経験しないと納得はしない性質(たち)だ。


 だがら毎回私達に地面に転がされている。


 そういう性格だから、相手の事も風聞に捉われず自分の価値観で見定めようとする。


 リヨコなんかは、それで好意を抱くようになった様だった。


 そして、自分と近い価値観を持つライラを好きになった所以でもあるのだろう。


「そうだな」


 同意を行ってスピネの言葉を待つが、彼女の唇からは立ち上る紫煙の他には何も生まれなかった。


 仕方が無い。


「今のままの君で良い。ロットは君を好いている。君もロットを好いている。何も問題は無い」


 少なくとも、ロットに不満は無い。


 彼は、自分の親がそういう人間(・・・・・・)だと理解している。


 家庭ではなく、闘争に身を置く人間なのだと。


 納得は、完全にはしていないだろうが、完璧にわかり合っている親子関係等、前世も含めて何処にも存在しないだろう。 


 自分に対する言い訳も含めたその言葉を、私は心の中で唱えた。


「……いや、問題はそこなんだよ。私も、それで良いと思っちまってる」


 スピネは口からタバコを外し、指で挟んだままそれを下に降ろした。


「ロットは、父親の分からん子だ。生んだのは後悔してないが、時折面倒だと感じちまう」


 スピネはまだ三十代初めだ。


 その彼女が今十五歳のロットの母親と言うのは、この世界の常識から考えても少し若い母親だっただろう。


「親が、子に甘えるのはどうなんだって話よ。物わかりの良い、出来の良い息子をほったらかしにして、好きなことをやる母親ってどうなんよ」


 随分と、思い切って突き込んだ話をする。


 なるほど、槍のような女性という、彼女に対するナタリアの評を私は思い返した。


「少し、私の話になるが、私の場合子供が生まれた時、感想とはしては『どうしよう』だったよ」


 スピネが特に普段と変わらない眼差しをこちらに向ける。


「授かり婚。子供が出来たことに対する責任としての結婚だったのだが、私もそれに後悔は無い。妻を愛していたからな。だが子供となると、嬉しい反面、心の準備がどうしても出来なかった」


 私は自分の右手を眺める。


 昔は朧気だった感触の記憶も、今はもうはっきりと思い出せる。


「この手で抱いても、変わらなかった。父親になったのに、父親になる準備が出来ていないまま時が来てしまった。おくびにも出さなかったが、妻には見破られていたかもしれない。いや、絶対に気付いていたな」


 スピネは下げていたタバコをもう一度口に咥えると、ゆっくりと煙を吸い、それを同じ様にゆっくり吐いた。


「あんたはそれでどうしたんだ」


「やるべき、と思った事をやった。父親らしい、らしいとされる事を」


 そして、それを続けている内に、私は私という父親になっていったように思う。


 結局、親子というのは何処まで行っても『関係』なのだ。


 双方向性の関係。


 感情を向けるべき相手が居なければ生まれない、関係性。


 今は、それを向けるべき相手を失ってしまったからこそ、強く求め続けてる。


 私やゼラと比べて随分自由なふぇに子を眺めていると、(むし)ろそんな関係も記憶も無かった方が良いのではと思える時がある。


 だが、それがあるからこその自分だ。しがみ付いた記憶が有るからこそ、土くれの私が人間をやれているのだと思いたい。


「ふぇに子は出来る限り私が預かるから、君も、やるべきと思った事に力を込めるといい」


 それを聞いたスピネはタバコを咥えたまま、ふっと表情を緩めた。


「じゃあ、娘を頼んだ。パパさん」


「ママは息子にかまってやれ」


 何時の間にか随分と短くなっていた二本目のタバコをスピネが携帯灰皿に仕舞おうとした時だった。


「ちょっと二人とも! なんで外にいるんですか! わたしの事置いてく気ですかー!」


 五月蠅い娘が扉を開けて飛び出してきた。


 酔っぱらって寝てたからか、起き抜けがうざい。まだ酔ってるし。


 ふぇに子がスピネの手にある吸い殻に目をやる。


「ポイ捨て厳禁ですー!」


「やんねえよ。そうだ。この革みたいなやつで服作ればいいんだよ。クソ(たけ)えけど、それなら問題ないだろ」


「か、革パンツ……! やだー!」


 私は自分が身に着けている耐火性のローブを手で引っ張った。


 これも随分値段が張る筈だ。


 だが、私達が居るのは英傑都ヴァルカント。


 そういう素材で安い物も、探せば見つかるかもしれない。


「明日からも頑張ろうな。まあ、頑張りすぎると着れるものがどんどん少なくなって、肌面積が増えていくかもしれないが」


「やだー!!」


 騒ぐ不死鳥娘の手を取りながら、私達は店の中に戻るのだった。


ブクマ、評価、如何なる感想でもお待ちしております。


何れも土の下にいる作者に良く効きます

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