第一〇話 私の名前はライラ・ドーリン
作者は100ポイントを超えた喜びのあまり死んだ。
脆弱な精神が耐えられなかったのだ。
やがて季節は冬となり、春がきた。
咲いた桜の木の下には作者が埋まっている。
読んでくれてありがとおおおおおお!!!
私の名前はライラ・ドーリン。
ガーランド大陸対魔連合ミネリア王国支部所属の調査員です。
半年ほど前に、私たちの支部があるミネリア王国のブロンス伯爵領において、新たに魔窟が発見されました。
私たちはそこに第六調査隊として派遣され、只今絶賛魔窟調査中です。
一緒に調査を行っているのは、訓練学校で私たちの教官として指導してくださったグレース隊長と、ナタリアさん。それに、いつも軽い調子だけどとても頼りになるフレンさん。
そして、幼馴染で学校でも一緒だったロットとメルメルです。
みんなそれぞれの得意分野を生かして大活躍中です。
尤も、私の得意技である土魔法について、実は私はあまり気に入っていません。
お爺ちゃんから受け継いだ資質であるこの土魔法は、この世界を構成する四大元素である『火』、『水』、『風』、『土』の内の一つで、働きかけられる範囲も広く優秀な属性です。
私がこの資質を持っていると分かった時のお爺ちゃんの喜びようと言ったら、とんでもないものでした。
でも私はこの魔法を得た事を、実はちっとも喜べませんでした。
本当は、もう一つ持っている資質である回復魔法がもっと高い適正だったらな、と思っています。
だって土魔法って、女の子が使うには実に似合わない魔法だと思いませんか?
扱う物といったら、石だとか、土だとか、鉄だとか、それに泥だったりするんです。
乙女要素ゼロです。
普段から物凄く役に立っていますし、今の自分がいるのも土魔法のおかげですので絶対に口に出したりはしませんけれど。
それはもう決して。
「ライラ、ぼけーっとしてんなよ。ユニークなんたらはこの階層にいるかもしれねーんだからな」
前方を行くロットの呼びかけに、思わずはっとしてしまいます。至極真っ当な意見なのですが、普段は人一倍気の抜けているロットにそう言われると、釈然としない気持ちが沸き上がってきます。
彼がうろ覚えだった名称が『ユニークモンスター』であることを告げ、私は気を引き締めなおしました。
ロットは私がせっかく教えてあげた名称を覚えるつもりはないようで、もう面倒だからゴーレムでいいじゃんとか言っています。まったく。
ふと、隊の中央にいるメルメルと目が合います。
彼女はその眠たげな瞳でじっとこちらを見ると、意味ありげな笑みをうかべた後に視線を自身の持つ本から出ている地図に戻しました。
「ロットはバカだな」
その一言に抗議の言葉を発したロットでしたが、流石に隊長に諫められると任務に集中を戻しました。
メルメルの意見には同意する部分もありますが、彼は充分に前衛としての役割を果たしていると思えます。
彼が幼いころから母親に鍛えられ、今も鍛錬を重ねている槍術は、熟練冒険者にも引けを取るものでないとのお墨付きを学生の時分から受けています。
糸で吊るした極小さな紙の的を連続で貫く訓練を行い、見事貫いているのを見た時は驚きました。彼の母親や隊長にはまだまだだと言われていましたけれど。
それでも、彼の母親が冒険者時代に愛用していた槍を手直しして与えられているのだから、やっぱりロットの才能は周囲も認める程なのでしょう。
そして才能といえば、目の前を歩くメルメルこそ、百年に一人とも言える天才なのです。
彼女の使用する『知識魔法』は数百年前の勇者時代にはそれ程珍しくもない魔法系統でした。
けれども彼らがこの世界を去り、その後知識魔法という概念自体が薄れていくと共にその使い手はめっきりと減ってしまった魔法なのです。
それをメルメルは独力で習得したのです。それも、英雄譚や勇者物語などの本を読んで真似をしてみるという方法で。
私も同じ本を読んで育ったはずなのですが……。
今一つ、知識魔法は理解できない概念です。
彼女の使用する知識魔法の発動をサポートするのは、その手に抱える程の大きさの本。一級遺物である『世界の小さな窓』です。
私やナタリアさんのように杖を用いて発動させることも可能なようですが、魔力効率が大幅に落ちてしまうようです。
本の頁一枚一枚がメルメルの魔力によって編まれており、見た目よりは軽いものの、身体の小さなメルメルには扱い辛そうな遺物なのですが、彼女は手帳型の遺物と比べてみてこちらを選んだそうです。
因みに手帳型の遺物はその名も『叡智の林檎』と言うそうで、メルメルが言うには『窓』派と『林檎』派は古の時代に戦争を引き起こすほどに対立したとかなんとか。
嘗ては派閥ができる程に存在した遺物は、所有することがステータスシンボルになるほどに現在では失われてしまっています。
そんな中、実はロットが持つ槍の穂先も遺物で作られていて、彼が槍に魔力を込めることで緋色の輝きと共にその鋭さを増す能力があります。
彼の持つ槍の穂先は、お爺ちゃんでも何の金属であるかは全く分からず、恐らく何かしらの合金であるという事でしたが、ドワーフの孫であっても鍛冶なんてさっぱり分からない私にはもっと分からないのでした。
土魔法使いとしては、もっと勉強するべきなのでしょうけど。鍛冶なんて、乙女じゃないなあ。
幼馴染が二人とも遺物を持っていることもあって、こっそりとお爺ちゃんに相談という名のおねだりをしてみたこともあった私ですが、その際、返事は脳天へ拳骨を頂きました。
代わりに、お爺ちゃんは自分が大昔に使っていたブーツを手直しして渡してくれました。
流石お爺ちゃん。優しい。
このブーツは、水巨人という魔物の革で作られており、かなりの優れ物なのです。
柔軟性を持っていて、かつ衝撃に強く、むしろ与えられたそれを接地面へと逃がす効力があります。
また撥水性にも優れており、沼地も水辺も楽々で、手入れも簡単です。
そんなお気に入りのブーツで意気揚々と進む私は、途中何度かあった魔物の襲撃を仲間と共に難なく乗り越え、次の階層へと近づいて行きます。
「ん、ながめのいっぽんみち。このさきが、かいだん」
そしていよいよ、階段前の少し長めの一本道まで辿り着いたのでした。