第一話 プロローグ
暇なときに書いていたら、ちょっと溜まったので我慢できなくなり投稿。
人は死ねばみな土に還る。
それが当然のことであるし、自然の摂理に沿った現象である。
結論から言えば私はその摂理に則り、死後、土くれと成った。
だが、まだ生きている。
死が意識の断絶であると言うならば、それは正しく我が身に起こったのは確実である。
何があってそうなったのかは私の記憶が不明瞭であるため定かではないが、幸いにしてと言うべきか、自分が死んだという事実だけはハッキリと自覚している。
それ故に現在の自分の姿が理解できない。
おぼろげな視界に映るのは、湿り気を含んだ茶色の土で形作られた己の両手らしき物。
それはあまりにも不格好で歪な巨腕だった。指らしきものは僅かに3本しか無い。
その腕を辿れば、やはり同じように土で作られた身体にたどり着き、果てにはずんぐりとした両脚らしきものが待ち構えている。
今の私の全身を客観的に確認する方法が見当たらないため、明言するには情報が足りない。
だが、自分がそんな存在になっているのを理解し、真っ先に私の脳裏に思い浮かんだのは次の言葉だった。
ゴーレム。
ゲームや漫画の世界に登場する、土で出来た人形。
生前の自分であるならば一笑に付すであろう仮説だ。
だが、霞んだ視界の中で動き回る異形の者たちがそれは事実であると否応無しに突き付けてくる。
カタカタと歯を鳴らす骨格標本。
這いまわる半透明の粘体生物。
幼児ほどの大きさの緑色の小鬼。
彼らは皆、本来空想上にしか存在しえないはずの「魔物」と呼ばれる存在だった。
そういった異形の存在を認識すると同時に、一向に良くならない視界とは裏腹に、私の意識には様々な情報が駆け巡っていった。
私がいるこの場所が、生前過ごした地球とは全く別の「異世界」であるということ。
そして自分は今、魔窟と呼ばれる場所で新たに生まれた存在だということ。
他の存在を打倒することで、自身の力が強まるということ。
そして何より、私という存在がやはりゴーレムであるということ。
多種多様なそれらの情報は私の中に、まるで自明の理であるかの様に浸透していった。
いっそ不可思議なほど、ストンと、腑に落ちた感覚だった。
そして与えられた知識が定着していくと同時に、私は身の内から湧き上がる強い衝動を自覚することになった。
『強くなりたい』
この衝動こそが、今の私にとっての「本能」という事なのだろうか。
知識と、本能を与えられ、私はようやく現状と向き合うことになった。
自分の名前も、生前の姿も、家族も、友達のこともほとんど思い出せない。
風化した写真のような思い出と、何故か無駄に覚えている漫画やアニメなどのサブカルチャーの知識。
今の自分に残っている物は、そんなささやかな残滓だけだが、少なくとも、私は私であると自覚していた。
だが、今の自分は魔物であり、その存在は嘗て自分がそうであったはずの「人間」にとって危険な物であるらしい。
『強くなりたい』
本能は訴えかける。
他の者と争い、勝利し、生き残れと。
だが、私は私だ。
まずは一人になれる場所を探して、思い切り落ち込みたい。
だってそうだろう?
死んだという事実自体が酷くショックな出来事だというのに、その後に待ち受けていたのが安らかな天国なんて物では無く、むしろ戦いを強要されるような修羅の世界なのだ。
しかも、今の自分ときたら、土で出来た、3メートルほどの不格好な人形に成り果てている。
ああ、そうだ。
私は死に、そして土くれと成った。
一体どうしてこうなった。
残ってる記憶から判断する限り、私は別にこんな目に合う程の悪事を働いた事は無いはずだ。
認めたところで気は晴れず、私は短い脚と、長い腕を使ってまるでゴリラの様に身体を動かす。
早く部屋の隅で、体育座りでもしたい気分なのだ。
こうして私こと、生まれたてのゴーレムは、私を警戒している周りの魔物を尻目に、魔窟の奥へと進むのだった。
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