続・街角探偵は語らない
この作品をすべてのマナー講師に捧ぐ。
1.
「じゃあ、俺は昼寝するからちゃんと宿題するように」
「昼寝? 探偵はニートか?」
「違う。探偵は個人事業主だ」
今日も今日とて、美羽の両親に変わって子守をしている。
しかし、今日の俺は眠気が限界だった。
近頃、浮気調査や人捜しなど探偵らしい仕事が多かったのだ。
珍しいことに。
といわけで、事務所のソファで昼寝することにする。
「ん? 誰か来た・・・」
しかし、意識が落ちる寸前に事務所ビルの階段を上る足音を聞きつけた。
「この足音・・・刑事さん」
俺のちょっとした特技、足音で相手の特徴をつかむ。
音のリズム、大きさ、踊り場でペースが変わるかどうかなどで、相手の体格年齢を推測する小技。
この足音は非情に規則正しかった。
「お? ちょうど暇みたいだな」
「残念だが、事務所が開いてても瞼が開いてないんじゃ依頼は受けられない」
「社会人が寝る時間じゃないぞ。ニート探偵」
「誰がニート探偵だ。ドクペ飲むぞ」
「上等だ。麺抜きラーメン出前してやるよ」
「ニートニート」
美羽が騒ぎ出した。
「幼女うるさい」
「幼女を黙らせるには、ニートは必要な手順を踏んでいないが」
「チュッパチャプス(プリン)をやろう」
「わーい」
「さて、幼女が黙ったところで今日の相談だが・・・」
刑事さんは冷蔵庫の缶コーヒーを勝手に持ち出して、ソファに座り込んだ。
「おい。まだ、受けるとは言ってないぞ」
「繁華街の居酒屋で毒殺事件が起きた」
「おーい」
刑事さんは事件の概要を語り出した。
知られてはいけないことを知らせて強引に関係者にしてしまおうという腹だ。
知らんぷりしよう。
「幼女が聞こう」
「幼女は宿題してなさい」
チュッパチャプス二本目投入。
「登場人物は三人だ」
地元ではそこそこ知られたとある企業の部長。
その直属の部下、中年男性。
さらに、その部署に所属する若いOL。
犠牲者は部長。
容疑者はその他二人。
「瓶ビールを注文して、それぞれのグラスにつぎ乾杯をした」
そして、一杯目を飲み干した部長が急に苦しみだして死んだ。
他の二人も一杯目を飲む干しているが、特になにも起きていない。
「それはグラスを配ったやつが怪しいのでは?」
「ところが、そうじゃない。店員がグラスをテーブルに置いてから、それぞれにOLが配る様子が撮影されていたのだがそれらしい動作がない」
「撮影? 監視カメラでも?」
「いや。その部長がパワハラ、セクハラの常習犯だったとかで、OLが証拠動画を撮ろうとしてたんだ」
なるほど。
セクハラだけでなく、パワハラという言葉が出るなら、中年男性にもOLにも動機ができる。
「とりあえず、その動画を見てみようか」
最初に目に入ったのは三つのグラスだった。
グラスが一番手前、三人は画像の奥の方。
「ビール瓶は画面外か・・・」
OLがグラスを二人に配っている様子が映った。
例えば、グラスの内側を触るとか、上からつかんで手の平がグラスの口を包むような持ち方をすれば毒を仕込む余地があるだろう。
しかし、OLはグラスの腹をつかんでいた。
確かに、配膳のときに毒を仕込んだ様子はない。
その後、中年男性が画面から消える。
戻って来たときにはビール瓶を持っていた。
そして、自分とOLのグラスにビールを注いだ。
「ん? こういうときは上司から先につぐのでは?」
「まあ、普通はそうだろうが・・・」
次の画面でビール瓶はOLの手に渡っていた。
「わざわざ女子に注がせると・・・さすがセクハラ親父」
それならこういう順番にもなるか。
そして、注がれたビールを飲んだら部長だけが死んだ。
「な? 誰も不自然な動作をしてないだろ?」
さて、毒はいつ仕込まれたのか。
というのが、刑事さんの相談だ。
相談なのだが・・・。
「いや、ちょっと待て。今、露骨に怪しい動きをしてたやつがいるだろ?」
「は? 誰が?」
「明らかに変だろ・・・これまさか、クソつまんないオチじゃないだろうな・・・」
2.
結論、クソつまんないオチでした。
「で、誰の動作が不自然なんだ?」
「OLに決まってるだろ。なんでこいつ・・・」
“ビールを注ぐ前に瓶を回転させているんだ?”
「は? それは普通だろ?」
「???」
「上司に注ぐときはラベルを上にする。常識的なマナーだろ」
「聞いたこともないが?」
「これだからニートは・・・」
「誰がニートか」
え? ホントにマナーなの?
ラベルを上にするのが?
なんでそれがマナーなの?
ラベルが下だとなにが失礼なの?
由来は?
「ひょっとして、世の中にはビールの銘柄にこだわる厄介オタクだらけなのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「まあ、いいや。とにかく、これは社会じ・・・組織人にとっては不自然な動作ではないんだな?」
そして、刑事さんの相談のキモは事件が起きた瞬間に誰も不自然な動作をしていないので、毒をいつ仕込んだかわからないだ。
だが、社会じ・・・組織人ではない俺からみると、明らかに不自然な動作をしているやつがいる。
「じゃあ、犯人はOL?]
「いや、口に触れず毒を仕込むのは無理だ」
恐らく、画面外に出た中年男性が毒を仕込んだ。
ラベルを上にしたときに、下になるほうにだけ毒を塗った。
自分たちに注ぐときはラベルを下。
上司に注ぐときは、それをやるのが自分でなくてもラベルが上になる。
よって、上司だけに毒を飲ませることができた。
普通に考えれば、コップを配って、ビールを注いだOLが疑われる。
OLが飲み会の様子を撮影していたのは計算外だったのだろう。
つまり、これは上司にビールを注ぐときはラベルを上にするというマナーを利用した巧妙な殺人トリック!!!
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・俺も少し昼寝したほうが良さそうだな」
「・・・だな。探偵が忙しいんだ。刑事も忙しいだろ」
毒物反応とかを精査すれば、普通にわかると思う。
「署に戻る」
「はい。お疲れ様」
「おわたか?」
「おわたよ。幼女は宿題おわたか?」
「おわっとらん」
「もう1本上げるからがんばれ」
コーラ。
「実はそいつには毒を仕込んである」
「なっ。一番メジャーのに仕込むとは、これは無差別殺人」
「はい。解毒剤」
歯磨き粉。
「幼女は辛いの無理だが」
「毒は無理じゃないのか?」
「むぐぐ・・・」
うむ。完璧な子守だ。
さて、仕事もこなしたことだし個人事業主最大の特権を生かすとしよう。
すなわち、昼寝だ。
end