チョコレートとコーヒー
チョコレートの甘さが口の中に広がる。
生クリーム入りのそれは、ビターな甘さを溶かし"まろやか"に仕立てあげていた。
「私は、普通のブラックチョコレートの方が好きだけど」
「ブラックは普通じゃねぇよ」
対面に座る彼女が、飲んでいたコーヒーを置いてそう呟いた。
夕暮れ時の喫茶店。地平線のよく見える良い立地にポツンとあるその店に、客は2人だけ。
「苦いのって…ヤじゃない?」
「ヤじゃないね」
男、既に成人後数年経過しても、コーヒーの苦味の良さなど知らず。
女、つい最近苦味の良さを知るも、生粋の苦味中毒者として振る舞う。
勝手に持ち込んだ、冷凍庫にぶち込み凍らせたチョコレートの封をまた一つ開ける。
自分の中に黒色の甘味を取り込む。
毒々しい見た目。脂肪の原因。ストレス解消用の薬。
この甘さが、疲れとかイライラとかを数秒の間だけ忘れさせてくれる。
何個も何個も封を開けて、体の中が黒く染まる。
甘い。
甘い。
美味しい。
…のどが渇く。
「…美味しい?」
「ああ、美味しい」
冷たい水を流し込む。のどの渇きは薄れ、そしてまた、封を開ける。
「それ、ブラックだよ?」
口の中に放り込み、言われた意味と共にチョコレートを噛み締め…急に襲ってきた、予想外の苦味に眉をひそめる。
先程と同じ真っ黒な薬。甘くない。美味しくない。のどがとっても渇く。
水を改めて飲み直し、チョコレートの袋を見る。
『チョコレート(ブラック)20個入り』
思い直し、そんなわけあるか、と袋の中を漁るが、全部が全部、同じチョコレート。甘くない、黒い塊。何がいいのか分からない、苦いだけの毒。
甘かった筈の毒の効果は切れ、現実に引き戻される。
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夕焼けは沈み、星も無い、街灯だけが照らす世界。
公園のベンチで目を覚ます、副流煙とシワが染み付いた、スーツを着た三十路の男。
月日の流れはあっという間で、手に持った150mlの缶コーヒーも、残りは1/3程度。
音の無い世界に、ずっと響く耳鳴り。
自分の中にあるノイズ。それだけに浸り、空を見上げる。
『目を閉じろ』
思い出の中は輝いていて…眩しくて、瞼を閉じることを許してくれない。
右手に収まった小さな容器。
その中にある黒いスープ。
あと少しだけのそれを…感慨も躊躇いもなく飲み干して。
灰色の雲が覆う、私の世界から目を覚ます。