第九話 一週間後
一番始末が悪いのは、誰も悪くないという。
勘違い王子は、仕方ない。単に誤解している上に、責任感と正義感が無駄に強い。良いことなんだけどな。
国王陛下は寝耳に水、板挟み。
貴族たちは誤解王子に巻き込まれただけの被害者に過ぎない。
決め手となった王妃様に至っては、大事な王子の幸せを願って田舎貴族の娘に彼を託したに違いない。
どうしてこうなった。
――その日――王国の歴史に名を轟かせるであろう女狐の誕生日から一週間が経過してしまった。
流石に王子様の結婚相手に田舎貴族では色々と都合が悪かろうと、宰相によって私は徹底的礼儀作法や宮廷マナーについてみっちりと叩き込まれてきた。
まさに地獄の一週間。
――郷に入れば郷に従え。その現状に文句や愚痴の一つもこぼさずに、ひたすら耐え忍び――……
――脱走してやる。
耐えられるか、こんな息苦しい生活。フォークやナイフの動かし方、座り方、歩き方、服の選び方まで小言言われるなんて。
私を見くびるな、と言いたいものですね。
この一週間、隙を窺い、城の内部構造と通路、侍女たちや使用人、衛兵、見張りの大まかな勤務時間、訪問する貴族たちや要職のスケジュールを把握し、着々と脱走の準備を進めてきた。
計画を実行し、今日で自由への一歩を踏み出そう。
広々とした廊下に、ギイと扉の軋む音が響く。
その開かれた両開きの扉から、ひょこっと廊下の様子を窺うようにして一つの頭が出ている。
今や王子妃として王国に名が知れ渡っているメーフィリア――私である。
誰もいないわね。計算通り。
ウールリアライナ領で数え切れないほど脱走してきたのは伊達ではありませんわ。今こそ私の真価を見せる時。
ソロリ、ソロリと音を立てないように、けれど素早く歩を進める。
歩きながら窓の外に目を向ける。一週間も経てばすっかり見慣れた風景に心の中でため息をつく。
地上からは高く、とても飛び降りられそうにない高さがそこにはあった。
この背中が今でも翼が生えれば、どんなにいいことなのだろうか。
だがなければ自分で翼を作ればいい、と。この高さは無理でも、下に行けばいつもの時と変わらない。
そう、此処からならば――
「GREAT ESCAPE!!!!」
開け放たれた二階の窓から、宙に身を踊ろせた影が一つ。
緑溢れた人気のない庭に着地する。
身を包んだ服はひらひらの高貴なドレスではなく、侍女たちの給仕用の制服。その下には本命の質素な軽装。
この日のために、寝る間を惜しんで夜なべをしてまでせっせと針を動かした甲斐があったわ。
何を隠そう、今着ている変装用の服はすべて手作りである。
衛兵の配置を思い出しながら、見つからずに見張りを掻い潜り、城を後にした。
脱走に関してはいつも全身全霊全力です。