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第八話 謁見、歴史に名を残す




 馬車に揺られ数十時間。

 ウールリアライナ領から離れ、途中の色々んな領地を転々としながら約半月にも及ぶ長旅の末に、ようやく王都が見えてきた。……こんなところに嫁いだら実家に満足に帰れないではないか。


 馬車の窓から覗く風景はどこか整然とした郊外が広がっており、整備された道が城下町へと続く。同じ自然でも、たくましく野性味と生命力溢れるウールリアライナ領と違い、首都に近付くに連れ、洗練された印象を受けることが多々ある。


 また、中心に位置する有力貴族たちの領地で大層な繁栄ぶりを見る度に改めてウールリアライナ領は凄く辺境だということを思い知らされる。


 緑が途切れ、荘厳な作りの門を潜り、王都に馬車が足を踏み入れた瞬間、予想を遥かに超える光景に驚かされ、思わず目が見開く。これまで見てきたどの貴族領地も及ばないほどの繁栄が此処に有った。


 滝のような流れる人達、世界中の食べ物を全て此処に揃えたと思えるほど賑わっている市場、空に挑まんとばかりの建物の高さ。キラキラと満天に煌く星星すら匹敵してしまうと思わせる衣装の装飾、それを身に纏う人々。


 そして、馬車の向かう先に見えてきたのは、聳え立つ白亜の王宮だった。






 右も左も分からないまま、王宮の一室に通された。気分はさながら誘拐された人質のようだ。はあ、どうしてこうなったのかな。


 途中どこをどう通ったのか、さっぱり分からない。記憶に残っているのは、長い階段、ただただ徒広い広間に、果てしない長い入り組んだ通路に、見上げなければならないほど高い天井。足元には上質な赤い絨毯が敷き詰められ、窓に目を向ければ、精巧なガラス細工。


 田舎の辺境貴族の娘には、場違い感が半端ない。



 部屋の中でしばらく待っていると、コンコン、扉がノックされた。


「失礼します、メーフィリア様」


 扉を開け入室してきた侍女は頭を下げて、敬々しく一礼をした。


「ルークレオラ王子殿下と国王様、王妃様がお待ちしております」


 王都に来るまで色々想定した。誰も傷付かない結末、その中の一つが、謁見。

 領地にいた時着たこともない高貴なドレスを纏い、侍女に付いていく。



 王座の間の前に辿り着いた侍女が歩を止め、その場に静かに佇む。荘厳な扉がゆっくりと開いていき、眩い光が中から溢れた。



 此処が最初の関門。

 国王なら、貴族の格を考慮し、婚約の話はなしということも十分あり得る。

 この場合、誰も傷付かないだろう。


 王子殿下には悪いが、国王の命令ならば従うはずだ。ウールリアライナ家もお咎めなし、めでたしめでたし。この話は王子殿下が発端であり、私及びウールリアライナ家は完全に巻き込まれた形。


 ――広い空間は白に満たされ、高い天井から差し込む陽の光は明るく全体を照らしている。真紅の絨毯は長く、奥の王座へと続いていく。


 絨毯の両側に面識のない貴族たちがずらりと一列に並ぶ。

 奥の王座に初老の男性が一人座っており、隣には穏やかな笑みを湛えている女性が一人。

 二人の前、王座へと続く階段の下に見慣れたくもなく、知り合いたくもない元凶が傅いている。


『ウールリアライナ……どこの貴族なんだ?』

『聞いたことのない名前ですね』

『色仕掛けなんて使った噂も流れていますな』


 一歩進む度に絨毯の両側からヒソヒソと小声が聞こえてくる。あらぬ噂は風の如く瞬く間に国中に広まったようだ。


 国王陛下の前に辿り着き、王子殿下の隣に倣うように頭を垂れ、跪いた。

 ――勝負。どうかこの縁談はなかったことになりますように。


「メーフィリア・ウールリアライナと申します。陛下、ご機嫌麗しゅう」

「うむ、苦しゅうない。面をあげよ」


 そう告げられて、数秒経てから静かに顔を上げる。

 陛下の隣りにいる王妃は、私に柔らかい笑顔を向けてくる。


「して、此度の件だが、そなたを王宮まで招いた理由は分かっておるな?」


 頭を小さく傾け、頷く。

 国王陛下相手に安易な口は利いてはならぬ。それくらいの礼儀作法は、流石のウールリアライナ家の私でも重々承知している。


「それならば話が早い。そなたには悪いがこの話は考え改めさせ――」


 ――婚約破棄来た。流石陛下です。高名な英断、恐れ入ります。ロンレル王国にふさわしい名君であり、我がウールリアライナ家が忠誠を誓うにふさわしい主君である。

 どうぞやっちゃってください。


「――待ってくだされ父上よ」


 王子様が突如謁見の間に響き渡るような大声を張り上げ、待ったをかけた。ちょっ、何してんの陛下、横槍入れないでくれる?


 貴族たちが王子様突然の行動にざわつく。


「何事よ、ルークレオラ」

「俺はメーフィリアを娶ると決めたんです。悪いが譲れませぬ」


 思いの外押しがすごく強い王子。というか今しれっと下の名前を呼んだな。許しませんわよ、誰の許しを得て軽々しく私の名前を。陛下、負けるな、押し返せ、陛下の側に付きます。此処では私には発言権などありませんから、心の中で応援します。ファイト。


 国王陛下は少し悩む様子を見せて、


「ルークレオラ、婚約相手として、公爵や候爵の息女たちでは不満か」

「そういう話ではありませぬ。身分に貴賤などありませぬ。それに父上は、ロンレルの家訓をお忘れですか」


 国王相手に一歩も引かぬ王子様、すごく頼もしいですけど頼むからこういう時は弱気でいてほしいです。


「忘れたわけではないが、納得できぬ奴らもおろう」


 そうだそうだ、もっと言ってやれ陛下。格というものを教えてやってください。


「ならば、はっきりと言わせてもらおう。傷物にした上に身篭った女性に対して責任を取らぬなど、このルークレオラが到底できぬ」


 ――ざわついている貴族たちだけではなく、今度は国王も顔色を変えた。

 謁見の間はどよめく。


『噂は本当だったのか』

『王子様を誑かしおったな』

『辺鄙な田舎貴族の品性が知れるわ。王国の恥』


 あああ、もう色々メチャクチャだ。

 責任を取ろうとしている所悪いんだけど、元々勘違いから始まる騒動。前提が間違っている以上、事態は悪化の一途しか辿らない。


 誤解は誤解を生む。王子、どう責任取ってくれるんだ。見事に誤解されて謂れのない誹りを受けている。


 しかも、此処で単なる王子様の勘違いということを正せないのがなんとももどかしい。貴族たちの誤解は解けるかもしれないが陛下の御前で王子様に恥をかかせることになる。問答無用で死刑。


「……し、しかしな…ウールリアライナ家なぞと婚約を……ううむ…」


 有力貴族たちへの配慮なのだろうか、なおもなんとか王子を説得しようとしている国王陛下。


 実際、貴族たちの視線を背中越しにひしひしと感じる。ちらっと見ただけでも中の何人かにすごく睨まれている。序列の低い辺境貴族ということで既に王国の有力貴族たちに快く思われていない上に、直前の爆弾発言がさらに火に油を注ぐような形になり、貴族たちはヒートアップしていく。


 決意を示し一歩も引かぬ第一王子、困り顔の国王陛下。

 ざわつく貴族たち。唯一真実を知りながら発言権がない私。場は混沌の坩堝へと化し――


「――メーフィリア、ルークレオラをよろしく頼みます」


 それまで静観していた王妃が、口を開いた。




 王妃様の一言が場を収めた。

 納得しかねている国王を宥め、ざわつく貴族たちは有無を言わせぬ空気に押され、黙らされる。


 この日、

 私、メーフィリアは王子を誑かし、婚約の座を勝ち取った田舎貴族の女狐として貴族たちに認識された。




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