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第六十四話 FIN




 ――あれから七年。


 もはやどうしてこうなったと言いたくなるほど、見るも無残なまでに発展を遂げた王国の辺境領地――ウールリアライナ。

 ――その領地の中にある質素な屋敷の庭には、夏を匂わせる新緑色が小さな庭を満たしていた。


 耳を澄ませば、風に運ばれて子供の笑い声が聞こえてくる。

 その昼下がりののどかな空気に身を委ねていると、


「ねえ、お母様?」


 タッタッタッと、小さな足音と共に、私を呼ぶ声がした。


「ん、ルクレイヤ?どうしたの?」


 目を開けると、目の前に七歳の男の子が立っていた。


「お母様とお父様の昔話を、聞かせて」

「あー、ずるいです、またルクレイヤ兄様だけ?」


 不満に思ったらしく、庭で遊んでいた六歳の女の子が慌てて駆け寄ってくる。その様子を微笑ましく見守りながら、私は優しく尋ねる。


「ティルフィナも聞きたいの?」

「うん、だってせっかくお母様の故郷に来たんだもの」


 六歳のティルフィナは元気良く頷く。

 それがまた微笑ましく、私は笑い、視線を隣りに座っているルークへと向けた。


「――だって」

「なんで俺に聞くんだ」


 当然、彼は困った顔で苦笑をした。

 それがまた面白くて、私はクスクスと笑う。


「いや、だってね?この人、好きと伝えたくて、夜中に未経験淑女の寝室に忍び込むのよ?」

「手は一切出さなかっただろ」


「あのときはね。それにいまだから言えるけど、たまに思うんだ。名目上もう婚約者なのに手出してこないということは、自分はそんなに魅力ないんだってね」

「告白と誤解を解く前だから、出したらそれこそ駄目だろ。好きだから手が出せない。それに違うぞ。魅力がないじゃなく、魅力がありすぎて困っていたよ、常に」


「ほら、こんな恥ずかしいセリフを、平気で言っちゃう人だもの」


 私はクスクス笑いながら、彼をからかう。そう言われて、ルークは参ったなと困った表情を浮かべる。


 本当、困った人ね。私につられて、ルクレイヤとティルフィナも一緒に笑っている。


「お母様」


 ティルフィナが催促し、一緒に遊んでほしいと。


「はいはい、わかってるわ。負けたときは泣かないでね。これでも辺境随一の俊足として若い頃名を馳せていたのよ」

「お母様、本当足早いんだもんな」


 ルクレイヤが溜息を零した。

 獲物を狩るときは常に全力です。走りに関して私、妥協とか手加減しませんわ。


 遠くでエリンは木陰の下で本を読み、くつろいでいる。


 当たり前になりつつあるこの風景の中で、いつも思うんだ。ああ、幸せだな、と。





 あれから七年。


 ロンレルはフィンガルアインと停戦条約を締結し、正式に貿易を始めた。

 蛮族と停戦なんて言語道断、貿易なんてもってのほかと反対する人も大勢いたが、根気よく説得の末に折れてくれた。


 その後貿易開始に伴い、ラルア商会はフィンガルアインに進出し、ディランたちと新たな物流ルートを開拓。

 結果、今まで手に入れられなかった商品は大量にフィンガルアインで流通し、そちらの特産も王国に販売され、両国民の生活は潤った。


 それで物資不足が解消されたフィンガルアインのラオリック王は軍備の増強を目指し、国の領土拡大計画を進めている。あの人はいつかやると思っていた。


 特にこの間も、『何だ、まだ二人か。負けてんな。俺とヘリミティアなんてもうすぐ五人目が生まれるぞ』と煽ってきたり、仲が良くて実によろしい。というか五人って盛りすぎでしょう。


 ヘリミティアの方は、思いの外フィンガルアインという国と相性が良くて、もともと気が強い彼女が打ち出した政策はことごとく大当たり、結果的にフィンガルアインの生活水準は向上した。今じゃフィンガルアイン国民の間では強欲の女帝と呼ばれている。本人も気に入り、喜んでいる様子なのだが、それは褒め言葉なの?と密かにツッコむ私。





 王国後世の歴史学者はこう述べる。


 メーフィリア王妃様とルークレオラ国王様が在位した三十年は様々な改革が行われ、民の生活は大きく改善された。

 何より二人の一番大きな功績は隣国と停戦条約を結ぶことに成功し、積極的他の大陸や別の国と貿易を行う。

 後にそれが大きく影響し、王国に二百年以上の平和をもたらしたと言われる。


 そして民はこう言っていた。

 メーフィリア王妃様は優しいお方で、身分関係なく分け隔てなく接していた。メーフィリア王妃は、いつも柔らかく笑っていた、と。




残り番外編一話で完結。

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